表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PeTItionS~峡間の二重ノンブル~  作者: 知疏
第二章
24/30

第24話 選択

 金髪は言った。

 アーチェなんとかは最悪の申し子だ、と。

 金髪は言った。

 アーチェなんとかはカルラとい偽名を使っている、と。

 話の主役を打ち身すると、彼女は灯火のように儚い緑眼をただ静かに覗かせていた。 


「どうです? 興味ありませんか?」

「ありません」


 カルラさんは虚偽をついている。

 そんくらい知っとるわ。

 嘘をついているのは少しショックだったけど予想してなかったわけではないし、全裸で昏倒してるやつに隠し事をするのも当たり前だ。俺だってそんな変人に全てを話したくない。

 何より俺たちは互いに理解して接してきた。

 今更どうこうする問題ではない。

 もう一度カルラさんに目をやると、すでの金髪の方を向いてしまっていた。


「もしかしたら彼女に誑かされている可能性もありますよ? 一聞する価値は充分にあると思われますが」


 しつこいな。

 戦場では籠絡される危険性があるから相手と取り合わない。常識だ。

 それに新情が入る余地など、俺の要領には空いていない。

 現状を把握することでオーバーヒート中だ。 


「そうですか……」


 金髪は俺が黙っているのを返答と捉えたらしく、やれやれと首を振っている。


「実に……実に残念です」


 言葉とは裏腹に実に愉快そうにニヤケながら、ゆっくりゆっくり、コッ、コッ、と焦らすように近づいてくる。

 人質なんてどうでもいいんだな。

 何もするなと言われたが、自然と弩に手をかけ身構える。


「ところで……」


 空気を読まない青髪に、一同が注目する。

 とうの青髪は不敵に嗤いながら、手に持っていた扇でこちらを指す。


「その醜い獣と下僕はどういたしますの?」


 金髪はわざとらしく鼻で嗤うと、卑しい表情で振り返る。


「さぁ? その時の気分にまかせましょう」

 

 俺とエルドさんは、こいつらの目的に関係がないらしい。


「決まっていないのね。なら私が頂戴してもよろしくて?」 

「よろしいですよ。ただし、生きていればの話になりますがね」

「えぇ。よろしくってよ」


 青髪は扇で顔を隠しながら、満足そうに体を縦に揺らす。

 

「とまぁ、お二人の処遇について決まりましたが、どうしますか?」

 

 これは俺とエルドさんにではなく、カルラさんへの質問だ。


「……え?」


 だがカルラさんは金髪なんぞお構いなしに振り返る。

 ヘンはすでに意気消沈。顔面蒼白とはこのことか。 


「逃げましょう」

「え?」


 カルラさんはいつも通りの、数歩手前で止まった金髪に完全に聞こえるような声で言った。

「いいのか娘」

「え?」


 え? もう?

 じゃなくて、良い悪い以前に敵目の前に居ますけど!

 バレバレですけど!

 それに何の情報も引き出せてませんけど!


「惜しいですが仕方がありません。今は分が悪すぎます」

「ふむ……承知した。乗れ」

「させませんよ」


 玄関の外、俺たちの直ぐ後ろにどこからか飛んできた矢が地面に刺さる。


「言いましたよね。私たちの目的は貴方をとらえることだと」


 金髪が携えていた剣を背筋が凍るような音を鳴らしながら鞘から抜くと、それを皮切りに残りの六人も剣を構え金髪の後ろに着く。


「さぁ選べアーチェ・エカミリス! 貴様一人を犠牲にすれば後ろの二人は見逃してやる! だが拒めば総勢二十七もの荒くれ共が襲いかかり、その尊い命を目の前で落とすはめになるだろう!」


 地面に剣を刺した金髪の高々とした宣言が教会内に反響する。

 自分を犠牲にするか、自陣の十倍の数から逃亡するという無謀な賭けにでるか。

 人質の価値がないとわかった今、交渉の余地は皆無。

 

 空気が静まり、一層の緊張が走る。

 カルラさんが選んだ答えは―――


「娘よ早く乗れ」


 エルドさんが代弁しました。

 じゃなくてエルドさん!?

 なに言ってんだよって、え?

 カルラさんはエルドさんにノータイムで従い、ヘンを金髪に突き飛ばして俺の後ろに乗ってきた。

 そして同じくノータイムで、外から矢の雨が飛んでくるのきた。


「うおっ!」


 警戒はしていたものの、反射的に目を逸らし体勢を崩してしまう。

 落馬まであと一歩の所でカルラさんに支えられ、エルドさんが体を反転させることでなんとか元に戻る。


「あっ、ありがとうござわぅ―――」

「喋るな!舌を噛むぞ!」


 エルドさんは地面に落ちた大量の矢を蹴飛ばしながら、破竹の勢いで教会を飛び出した。

 


 ―――



「次、右です」


 カルラさんの指示に従い、エルドさんが縦横無尽に家屋の隙間を駆け巡る。

 急激に傾く重心をギリギリで保ち、振り落とされないよう全身全霊を捧げる。

 エルドさんの全速力は放たれた銃弾のように速いが、不思議と風圧による息苦しさは感じない。カルラさんの声も普通に聞こえる。


「左の後二つ先の家を右に迂回してください」


 壁を蹴り、農業用運搬車を飛び越え、積まれた木箱を体を捩ることで躱す。

 エルドさんは馬とは思えないほど、まるで人間と同じような身軽さで進む。


「止まってください!」


 エルドさんが急ブレーキをかけ後ろに飛び退くと、数歩の先の地面に矢が刺さる。

 村と言うこともあってか、一軒一軒の敷地が広く遮蔽物が少なく、狭い路地を選んでいても直ぐにひらけてしまう。

 

「チッ、面倒な」


 敵の数が二十九人とは思えないほど絶え間なく飛んでくる矢をカルラさん洞察力とエルドさんの瞬発力で掻い潜る。

 

「伏せてください!」


 狭い路地に進入した途端、カルラさんに半ば強引に頭を押さえられる。


「アッっ!」


 直後、頭上に深紅の炎が迸り、熱風に見舞われる。

 なんだなんだなんなんだ今のは! 火炎放射器か?

 路地を抜けると何もなかったように熱風が収まる。

 出所の方向を向いてみると、人が一人と焼け落ちた外壁。


「とうとうやってきたか」 

「カルラさん今のは……?」


 焼き後から目が離れず唖然としたまま、自然と疑問がこぼれる。


「魔法です」


 魔法? は? 

 え、魔法? え?

 嘘だろ……魔法ってこんな強力なのかよ。

 もっとこう、武器に炎を纏わせたり、水を少し出したりするみたいな奴じゃないなかったのかよ。

 なんだよ……媒体が必要とか、生身じゃ使えないとか、空気を操ることは出来ないとか……そんなしょぼいのばっかりじゃなかったのかよ。


「エルドさん、西に向かってください」

「……了解した」


 想像と違う現実に打ちひしがれていても、戦況は留まることをしらない。

 四方八方から絶え間なく迫りくる炎弾と弓矢の正確性は時間が経つにつれて精度がましていき、止まる屈むといった動作では避けられなくなってきた。

 

「右に避けてください!」


 それに伴いカルラさんの声も荒らくなり始める。

 グルグルとうるさく喚き続ける思考と戦いながら、顔が上げられないほどの激甚と化したエルドさんの首筋に必至にしがみつく。


「右の家を……ッ」


 カルラさんが示した家が目の前で火の手を上げるが、エルドさんが機転を利かし直撃を免れる。 


「次の指示をよこせ!」


 エルドさんの喝で、カルラさんが次の道を探す。


「……そこの路地に入ってください!」


 その後も度々先回りされながら、着実に教会から離れていく。

 通り過ぎた建物は大半が黒い煙を上げており、引き返せなくなっていた。


「この路地を抜けたら、赤い屋根の家の左の路地を進んでください」

 

 路地を抜けると、カルラさんの言ったとおりこの村ではワンランク上の赤い屋根の豪邸が出現する。

 

「直進して突き当たりを左に」


 指示通り赤い屋根の路地を進んでいると、またしても後ろから火の塊が顔面めがけて迫り来る。

 このまま一直線に走り続ければ直撃は確実。

 だが両脇は家で塞がれており、脇道はない。

 


 土を抉り、立てかけられていた農具を吹き飛ばしながら風を切る。

 だが突き当たりの壁に衝突する程の速さとなる。

 エルドさんは加速しすぎた勢いを跳ねるようなストライドで和らげ、路地と突き当たりの壁を走るように蹴ることで無理矢理左に曲がる。

 魔法を無事に回避し一命を取り留める、はずだった。

 

「……っ」


 その光景に一同が見開く。

 曲がった先は行き止まり。

 家によって道は途絶えていた。

 抜け道は見当たらなく、五メートルはあるであろう壁に取り囲まれ袋小路状態。  


「やられた」


 エルドさんは硬直し、カルラさんまでもが焦燥の籠もった声音になっている。


「やっと追い込まれてくれたか。手間かけさせやがって」


 声に反応したエルドさんが瞬時に反転すると、路地からぞろぞろと敵が登場してくる。

 数は……十二。先頭には金髪の姿。

 こいつらも全身をフルメタルプレートで固めている。


「ちょこまかと逃げ回るせいで中々に大変だったぞ」


 教会にいた高貴な金髪が嘘のように圧迫感のある雰囲気へ変貌しており、口調も野蛮になっている。


「家を焼き払うようなまねはしたくなかったんだがなぁ。村人が可哀想だとおもわないか?」


 心にもないことを。

 炎をまき散らし、範囲を狭くしていく。 

 おそらくだが俺たちはこいつらに誘導されていた。

  

「さぁ再度問うぞアーチェ・エカミリス。己の身を差しだせ!」


 鬼気迫る迫力に背筋が凍る。

 全身に力を込めていたせいもあってか、せわしない呼吸が耳まで届く。 


「安心してください」


 俺の右手にそっとカルラさんの両手が添えられる。

 カルラさんは今までにないほど、穏やかで、優しい表情をしている。

 右手に温もりを感じながら、なんとも言えない感情に言葉が出なかった。

 だが、名残をとどまることなく離れてしまう。

 カルラさんはエルドさんから降りると、二人の顔が交差するわずかな時間で、エルドさんに目配せをしたようにみえた。


「ほぅ……」


 目の前まで来た少女を見つめ、金髪は感嘆の声をこぼす。

 

「降伏するつもりは、微塵もないらしいな」


 仕方がないと言った様子で金髪は鞘から獲物を抜きさる。

 金髪の手には剣。カルラさんの手には短刀。二人が相対する。

 漂う緊迫感にあてられ、生唾のない口で喉をならす。

 他の戦士たちも空気を察したのか、剣を鞘に収めると数歩後ろに下がると、エルドさんも同じく壁際まで後退する。 


「小僧、死ぬ気で掴まっていろ」


 ん? 掴まっていろ?

 エルドさんの砂利音混じりの言葉を理解できぬまま従う。

 路地を吹き荒れる遠吠えのような風音が、強く激しく鳴り続け、上空を覆う黒い屋根が二人を埋め尽くす。

 

「―――死ね」


 金髪の声を脳が認識した刹那、エルドさんはすで飛び出し、カルラさんはおろか敵兵までも跳び越え、鳴り響く剣戟を風のように置き去りにした。

三連休中にもう一話更新したいなぁ(無理)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ