第22話 質問
「到着だ」
村の郊外、人目のつかない場所にひっそりと佇む一つ小屋。
壁にはツタが張り巡らされ、周囲には雑草が生い茂っている。
廃墟も同然。人の気配を感じさせない。
「随分と廃れた場所ですね」
「もう何年も手入れされていませんから、仕方がありません」
カルラさんはエルドさんから降りると、雑草が踏みつぶされた獣道のような場所を進んでいく。
俺もエルドさんから降りて追随する。
「獣道、でしょうか? 野生の動物でも住みついているですかね?」
「これは我が踏み正した道だな」
エルドさんも俺の後ろをついてくる。
「あ、なるほど。確かに蹄の後がありますね」
「ここまで平すのがどれほどの苦行だったことか、当時の光景をみせてやりたい」
「あはは、結構です」
しみじみ顔で語ったエルドさんを一蹴。
今度はガーンと擬音がなりそうなくらい驚愕している。
おもしろいなぁ。
面白いから無視しよう。
「仲介人はすでに到着してるんですよね?」
「約束通り行動してくれているのならそのはずです」
もうじき噂の仲介人君とご対面か。
早くご尊顔を拝めてやりたいぜ。
小屋の入り口まで来たところでカルラさんが振り返る。
「お二人はここで待っていてください」
「承知した」
「分かりました」
カルラさんが扉を開けて小屋の中に入っていく。
カルラさんだけの理由は、奇襲を防ぐためだ。
全員が屋内にいるのと外に見張りがいるのでは情報量が断然違う。
奇襲を防ぐならもっと隠密に行動すべきだが、エルドさんによれば「我と娘を負かせる敵など存在しない」だとさ。
大層な自信だこと。
どこから湧いてくるのやら。
「大丈夫ですかね」
「何がだ?」
「カルラさん一人で行かせたことですよ。中に罠や伏兵が潜んでいて、縛り上げられてないと良いんですが」
エルドさんがきょとんとしている。
何のこっちゃっていう顔だ。
「愚問だな。娘の実力は理解しているだろう?」
「なんとなく凄いのは分かりますけど、カルラさんが戦っているとこを見たことないので」
「憂慮することはない。娘は我より強いぞ」
エルドさんより強いって言われてもなぁ。
エルドさんが弱いわけじゃないけど、馬だしなぁ。
やっぱり不安は残るよなぁ。
「ところで小僧」
「はいはい」
「お前は人を殺したことがあるのか?」
エルドさんはいつになく真剣な表情で尋ねてきた。
「なんでそんな質問を?」
「いやな、小僧は“死”に対して妙に激甚というか不寛容というか……。もちろん我だって殺生が褒められる行為だと思ってはいない」
「はぁ」
「ただなぁ。小僧のそれは人並みではない。気づいているか? お前は狩猟で獲物を狩ったときでさえ、贖うような瞳をしているぞ」
そうだったんだ。
俺的には自分で殺めた獲物を最後まで見届けようとしてるだけなんだけど。
「肉だって魚だって文句言わずに、寧ろ快く食らうお前が、死に直面したときだけそうなる。即ち生命よりも“死”そのものに思うところがあると推察した」
「なるほど。それで俺が過去に何かやらかしたんじゃないかと」
「左様だ」
お前過去に人殺したことあんの? もしかして前科持ち? とか普通訊きますかね。
デリカシーってもんが欠けてますよエルドさん。
「まぁそうですね。直接的ではないですけど、死に至らしめる要因にはなってしまったとは思います」
「やはりな。それがトラウマになっているのやもしれん」
トラウマか……。
「そうかもしれません」
トラウマと呼びたくないが、これがトラウマなんだろうな。
親友の死を捨て去るなんて絶対に出来ない。一生引きずって生きていくんだ。
「ふむ。今からお前に酷な話をするぞ」
「なんでしょうか」
エルドさんは数秒視線を宙に彷徨わせてから、俺に向き合った。
「この世界に確率した安寧秩序など存在しない」
ドスがきいているが、確かな温情が含まれているのがくみ取れる声音。
「強奪、簒奪、拉致、監禁、種族差別に、応酬するクズどもの謀略。権衡の保たれてない世界で、小僧のような脆弱なガキは掻き攫われ、脳味噌から足の爪まで解体されて売り払われるのがオチだ」
だから俺は何も答えず、真摯に受け止める。
「ましてやお前は普通のガキではない。亡者で源理能力者、つまりは異常者だ。特別ではなく異常だ。民衆から白い目で見られるのは必至だろう」
特別と異常。意味としては同じはずなのに、ニュアンスは真逆だ。
「そんな不条理な世の中を渡り歩くのであれば腹をくくっておけ。例えそれが娘と供に歩む道を選んだとしてもだ。是非の許されない、地獄のような瞬間は必ず訪れる」
この諭しをどう受け止めようか。
多少の誇張は含まれていると思うが、エルドさんの話は真実だろう。
前にカルラさんもこんな話してたし。
「先にも言ったが殺生を良しとするな。殺しになれてしまったらお前は人としての矜持を欠如し、卑賤以下へ堕落してしまう」
エルドさんは俺に焦点を合わせているが、もっと遠くを見ているようだ。
「……俺は多分、死に対して恐怖しているんだと思います。だから、だからってわけじゃないですけど、もしエルドさんの言うようなやむ終えない状況に陥れば……殺すと思います。確証はありませんけど、俺は世界で一番自分が好きなので、死にたくはないです」
殺すと思います、か。
あぁ、嫌だ。
歯が浮くような感じがして、強く歯を擦り合わせる。
「それでいいんだ」
エルドさんは得心がいったのか、無言で頷くと視線を遠くに向けた。
「だからな、もし娘が過ちを犯しても、許してやってほしい」
「許すも何も俺は……」
俺はカルラさんの、カルラさんにとっての、何物でもない。
「小僧よ。お前は命を賭してでも守りたい存在に出会ったことはあるか?」
「齢十四の人生であると思いますか?」
「あったら気持ち悪いな」
「ですよね」
ぎこちないが、少し笑えた。
「だがなぁ、娘にはいるんだ、そんな存在が。人ってのはな、意地でも得たいと願った時、意地を捨てるのだ。そのことを理解してやってほしい」
カルラさんにとっての意地。
分かっているさ、そんくらい。
その一言を境に会話がなくなった。
---
カルラさんが小屋から出てきたのは、ものの数分もしない内だった。
「どうかしたんですか?」
開口一番の言葉。
珍しくだんまりなエルドさんか、はたまた空気そのものにか。
なんにせよカルラさんの目には異様な雰囲気が映っているようだ。
「特になにもありませんよ。周囲を警戒していただけです」
普段通りのテンションで返す。
カルラさんは俺とエルドさんを交互に見渡してから、
「無理はしないでくださいよ」
と俺に告げた。
「うおぅっ! こりゃ珍妙な一行だ!」
カルラさんの後ろから姿を現した、やせ細った男が素っ頓狂な声を上げるのも仕方がない。 全身布ずくめが二人に紅い一角獣が一匹だからな。
「この方は?」
「仲介人のヘンさんです」
「へへっ。紹介に預かりやしたヘン・ドインと申しやす。どうぞご贔屓に」
コイツが仲介人か。
頭部は残念なことに禿げ上がっており服は所々ほつれているが、なぜだろう。
黒ずんだ肌と完璧にマッチしている。
噂に違わぬみすぼらしさだ。
頭が切れるとか冗談だろ。
「それにしても深紅の一角獣とは恐れ入った。この白く輝く角も立派なもんだ」
うわぁ、わざとらしいベタ褒め。
「二千モンドで捕獲場所なんてどうでしょうか?」
おお、商人らしい言い回し。
二万モンドか。リンゴ一個が十モンドだから、悪くないどころか破格の商談なんじゃ―――
「お断りします」
知ってた。
「へへっ、手厳しいですなぁ」
「与太話は結構ですので、話を進めてください」
「へへっ、わかりやした」
へんさんは咳払いを一つすると、流暢に話し始めた。
「今から皆さんをこの街の教会にお連れいたしやす。旦那様はそこでお待ちしておりやすゆえ」
出てきましたよ教会。
異世界+宗教=諸悪の権化
もう予習済みの範囲だ。
「へへっ、そんな猜疑的な顔しないでくだせえ」
コイツ、目元しか見えていないのに俺の心を読み取りやがったぞ。
「話は私が先に聞きましたから安心してください」
カルラさんがそう言うなら大丈夫だな。
カルラさんの言うことは絶対なのだ。
「分かりました」
「聞き分けが良いようで助かりやす。では早速移動しやしょう」
ヘンさんは気色悪い笑いを浮かべながら移動を始める。
その後ろにカルラさん、最後尾に俺とエルドさんが並行している。
「教会は街中にありやすので、暫し行歩にお付き合いくやさい。へへっ」
本当に気持ち悪いなコイツ。
謙った態度をとってるし、腰を低くして胡麻でも摺ってりゃ完璧だな。
なんて失礼な事を考えながら、あぜ道を進むこと数分。
弾む会話なんぞ皆無のまま村まで到着。
「へへっ、直に付きやすぜ」
他の建物と被さっているため全体像は目視できないが、少し先に協会らしき建造物が確認できる。
ヘンさんは猶々下卑た笑みを浮かべながら、意気揚々と前進しようとする。
が、カルラさんに肩を掴まれ―――え?
俺が完全に認知した頃には、ヘンさんの首筋に短剣が添えられていた。
「へへっへ。お客さん。こいつは何の冗談だ?」
ヘンさんの声は小刻みに震えながらも、ヘラヘラとした口調で問うた。
「抵抗はしない方が身のためです」
息を呑むほどの殺気。
直接向けられていない俺でさえ、畏縮してしまう。
「あなたには、人質になって貰います」
カルラさんは今までに聞いたことのない、悲壮で冷淡な声で告げた。
少し期間が空いてしまい申し訳ありません。
次回もまた空いてしまうと思うので、予告だけさせていただきます。
次回「やっとまともな戦闘シーン」
また見てくれよな!