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PeTItionS~峡間の二重ノンブル~  作者: 知疏
第二章
21/30

第21話 一時

 午前七時。

 下露に獣たちが起こされる昧爽時、俺はリビングの椅子に腰掛け一向に光の差さない密林を眺めながら、これから陥る可能性がある事態について思考していた。

 実は昨日からこの状態だ。

 昨夕までは普通に生活できていたのだが、布団に臥せて眠りにつこうとすると様々なことを思い見てしまう。

 今日の予定に始まり、過去のこと、将来のこと、現在の状況や実力。

 のめり込めばのめりこむほどネガティブな事ばかり浮かんできて、結局寝付けなかった。コンディションは最悪。

 今になって睡魔さんがスパートをかけやがった。

 初仕事を前にしてなんて有様だ。

 戦場に赴く日の前夜は、栄養と睡眠をしっかりとり万全の状態にしておく。

 戦士として当たり前のことが出来なかった。

 一体俺は何歳児なんだ。

 まぁ俺は兵士になるつもりはなかったから、今回はノーカンにして次回から気を付ければ良いだろう。うん。

 

「大丈夫ですか?」


 台所で洗い物をしていたカルラさんが、俺の対面に座る。

 

「結構だいじょばないかもしれません」

「すみません。そこまで思い詰めていたのに気づかなくて」

「違います違います。思い詰めていたわけじゃないです」

「ですが表情がすぐれていません。青ざめてます」


 そこまでひどいのか。


「ただの寝不足ですから、問題なしです」

「寝不足は十分問題だと思います」

「ごもっともです」

「無理だけはしないでよ」

「分かってます」

「出発までまだ時間がありますから、休んでください」

「そうさせて貰います」


 重い腰を持ち上げ、ふらつきながら自室へと向かった。



 ---



「―――てください。起きてください佳楠さん」


 カルラさんに体をさすられて目を覚ます。

 萎む目を擦りながら起き上がる。

 目と喉が渇ききり、口の中が気持ち悪い。

 

「もう出発の時間です。玄関で待ってます」

「わかりました」 


 とめどないないあくびを手で隠しつつ、半開きの視界で支度をする。

 服装はカルラさんと同じ、足先から頭のてっぺんまで全身くまなく袖無しの外套で覆い、口元に布を巻いている。

 目元しか露出していないから若干の息苦しさもあるが、蒸れることもないし思ったよりは着心地が良い。

 素材は分からないが、重量を感じない。

 装備は肩にかけた弩弓を背中に、ベルトには右腰に矢、左腰に筆。

 心許ない気もするが、これ以上は動きに支障が出るのでNG。

 後は樽にある水を水筒に入れて、筆の横に装着。

 

「っん~はぁ~。よし行くか」


 最後に軽くストレッチをして玄関に向かう。

 リビングの窓からカルラさんとエルドさんが外で待機している姿が目に映り、早足で移動する。


「すみません遅くなりました!」


 遅れたと思っていないが、玄関を開けると同時に一応謝罪。


「遅いぞ小僧」


 怒られました。


「体調の方はいかがですか?」

「寝れたしスッキリしました。これで万全です」


 眠い時には数十分だけ寝るのが効果的だと言うが、本当だったんだな。

 体の軽快さが段違いだ。


「無理だけは絶対にしないでくださいよ」

「しませんよ」


 心配性だなぁ。


「それでは出発しましょう」

「はい」


 目的地まではエルドさんに乗って移動する。

 人二人分プラス装備品の重量。

 相当な負担になると思うが、エルドさんは蚊ほどにも気にならないと言い張る。

 先生、蚊は気になると思います。


「さっさと乗れ」


 カルラさんが前方、俺が後方に座る。


「ゆくぞ、しっかり掴まっていろ!」


 威勢の良いかけ声とは裏腹に、エルドさんはゆっくりと進み始める。

 やっぱり重いんじゃん。


「目的地にはどのくらい掛かるんですか?」

「大体二時間程度です」


 二時間か、結構長いな。

 

「仲介人ってどんな人なんですか?」

「我も会ったことないな」

「エルドさんもないんですか」

「あぁ。我は置いてある小包を運ぶだけだからな。顔を合わせたことはない」

「用心深い方なんですね」

「私がそうするように仕向けました」


 結局お前かい!


「それでどんな方なんですか?」

「頭の切れる人です」

「ほぉ」


 それだけじゃよう分からん。


「それだけでは分からん」


 エルドさんナイス代弁!


「他に特徴はないんですか? 背が高いとか堀が深いとか男気溢れるとかスレンダーとかカルラさんのタイプとか」

「なぜ男前提で話しているのだ?」

「なんとなくです」

「そうですね……外見の特徴を挙げるとすれば、みすぼらしいですね」


 ざまぁ!

 みすぼらしいとか言われてやんの。

 もう安心安全、完全に脈なしだ。

 いや待てよ、そういえばカルラさんが買い物を頼むくらい信用されてる人だったな。

 油断出来んな。男だったら許すまじ。

 今ここで聞き出してもいいが、それだと味気ない。

 会ってからの楽しみにとっておこう。


「佳楠さん、邪なことを考えてますよね」


 しまった、カルラさんに見られてしまった。


「邪だなんてどんでもない。会うのが楽しみなだけですよ」

「なんで楽しみなんですか?」

「え、なっでって、それはですね、えー……」

「何を想像しようと佳楠さんの勝手ですが、変な気は起こさないでくださいよ」

「もちのろんです。俺がそんなことするわけないじゃないですか」


 釘を刺されてしまった。

 カルラさんの前では心を悟られないようにしなくては。

 

 その後も魔物に襲われるようなアクシデントもなく他愛ない会話をしながら進んでいると、前方から光光が差し込んできた。風の小話はどうやら盛況のようで、木々たちの拍手が聞こえてくる。 


「そろそろ森を抜けるな」


 もうそんなに経ったのか。思ったよりもあっという間だったな。


「俺、森を出るの久しぶりです」

「そうでしたね。前に出たのは半年ほど前でしょうか?」

「そんくらいですね。なんか地獄から娑婆に生還するみたいですね」

「クルクス森林は魔の森と呼ばれているから、あながち間違いではないかもな」


 そんな二つ名があったとは。

 魔の森か。魔物自体は言うほど強くなかった気もするけどな。

 俺が強いだけかもしれん。

 

「出るぞ」


 その一言で、薄気味の悪い森から風景が一変した。


「……すげぇ」

 

 上には蒼穹まで届かんとする荘厳な山脈。下には緩やかに起伏した大地をどこか懐かしさを感じさせるような緑が覆っている。前の世界では目にすることが不可能なほどの雄大な情景と、久しぶりの温かい空気に感極まる。

 絵画のように屹立した山々の先まで広がり続ける空は、この世界には際限がないと胸を張って主張しているみたいだ。

 そんな自然に守られるようにして、遠方に村が一つ。

 

「あれがメモル村ですか?」

「そうです」

 

 村って言うよりは町くらいのサイズはある。

 周辺に見える白い点々は、羊かなんかか?

 広大な土地を使って、放牧でもしているのだろう。


「それにしても、いい景色ですね」

「えぇ、とても綺麗です」


 俺と同じように、カルラさんも心を奪われているようだ。

 まさかカルラさんも初めて……なわけないか。

 良い景色は何回見たっていいもんだからね。


「ここで少し休憩しませんか?」


 俺の提案に二人が顔を見合わせる。


「それもそうですね」

「さすがの我も休息は必要だ」

「んじゃ決まりですね」


 エルドさんから降りて、その場に腰を下ろす。

 風に揺れる芝が、おちょくるように手に触ってきてくすぐったい。

 

「なんかこうしてると、冒険してるみたいな気持ちになりますね」

「小僧の世界には冒険者が存在していないのだったな」

「旅をすることすら難しかったですからね」

「窮屈な世界だな」

「まったくです」


 それに引き替えこの世界はなんと壮大で爽快なことか。


「佳楠さんは、元の世界に戻りたいですか?」

「そうですね……」


 どうなんだろう。

 この世界に来た頃は帰りたいと思っていた時期もあったけど、今では考えなくなったな。 諦めがついたんだろう。

 割り切りの出来る性格だからな。

 でも、


「もしも帰れる方法があるなら、帰りたいですね」


 家族や友人のことを思い出さなかった日はない。


「それに帰れるって事は、この世界にもまた来れるって事ですよね。だったらハッピーエンドじゃないですか」

「……そうだといいですね」

「ほんとですよ」


 本当、そうなってくれれば良いんだけどな。


「そのうちカルラさんにも紹介したいです。排気くさくてごちゃごちゃしてて息苦しいけど、この世界とは違った面白さがあります」

「……私も行ってみたいです」


 カルラさんが風音にかき消されそうな声で、ポツンと虚空に呟いた。

 顔が覆われているせいで表情をうかがえないが、物悲しさは伝わってくる。


「来たら驚愕すること必至ですよ。この世界にないような娯楽がたくさんあります。俺のオススメの本も貸しますよ。周りが詳しくないジャンルのせいで話せる人が少なかったんですよね。絶対ハマりますから是非読んでください」

「ふふ、楽しみに待ってます」


 漸くカルラさんがこっちを向いてくれた。


「それとアニメって言うのもありまして……」


 普段は口に出すことのない儚い願いも、吹き抜ける風がさらってくれるせいで抑えることが出来なかった。

ブワーっていう景色を見てみたい(語彙力)

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