第20話 ジレンマ
「これの重要性はあなただって分かっていますよね」
「しかしなぁ……娘を一人で行かせるのも……」
今日は珍しいイベントが起きていた。
なんとカルラさんとエルドさんが玄関前で言い合っているのだ。
玄関前でも男女の言い争い。
文字だけ見れば、痴話喧嘩だな。
たった今弩弓の練習から帰ってきたところだから、何があったのか俺には分からない。
「どうかしたんですか?」
二人が同時にこちらを向く。
「おぉ、帰ってきたか小僧。いやなに些細な事よ」
「ならいいんですが」
エルドさんはいつも通りだが、カルラさんは顔を背けた。
後ろめたいことでもあるのか?
話してくれないなら訊かないけど。
二人を通り越し家の中に入る。
樽に入った水をコップに注ぎ、椅子に座って一息つく。
外では二人が言い争っている姿が見える。
カルラさんもエルドさんも声を荒げてないから、言い争っていると言うよりも相談しているのか?
それにしてはカルラさんの顔が怖いな。
無表情って言うか、淡泊って言うか……あれ? それっていつも通りじゃね?
いつも通りはひどすぎるか。
最近は笑ってくれるようになってきたし。
それって、俺とカルラさんの関係が進展してるって事だよな。
男女二人が一つ屋根の下で暮らしているんだ。
そういう関係になってしまうの時間の問題だな。
今までは知らぬうちに周りがカップルだらけになっていて、置いてきぼりの俺はうざったい男どもとしか絡んでこれなかったが、カルラさんに限って彼氏がいる可能性はないだろう。 街中であんなにかわいい子がいたら、手を出す輩は絶対に現れる。
だがうちの娘の格好はあれだ。
あれに話しかける猛者はいない。
カルラさんはあれを目立たない格好だと思っているのだろうか。
もっと繕った方が良いと思うんだけど。
まさかの天然属性?
なーんて、カルラさんに限ってそんなことあるわけないか。
……いつまで話し合ってるんだ。
わしゃ暇だぞ。
はようこっちに来い。
俺よりも大事な話なん?
気になってくるじゃないか。
でも自分から訊くのもなんだしなー。
あ、決着着いた。
カルラさんが家の中に入ってくる。
「佳楠さん、大事な話があります。すこし来てもらえますか
「あ、はい。行きます行きます」
水を飲み干し、外へ移動。
カルラさんもエルドさんも表情が浮かない。
「それで話ってなんですか?」
俺の投げかけに二人は答えない。
これまた珍しい。二人がだんまりとは。
暫くしてからエルドさんが沈黙を破った。
「娘よ。お前の口から言うのだ」
「……そう、ですね」
カルラさんは俺をじっと見つめてから、意を決したように話し始めた。
「これからとある場所に向かいます。仕事関係の場所です」
「仕事関係ですか。それってとうとう俺にも例の仕事を手伝わせてくれるってことですか?」
「……」
カルラさんの表情が更にかげる。
あれ? 違うの?
やっと本格的に協力できると思ったんだけど。
「佳楠さんは……」
「はい」
「佳楠さんは、どんなことがあっても私に協力してくれるのですか?」
「なんですかその言い方。不穏なんですけど」
茶化しながら言って見るも、カルラさんはピクリとも反応しない。
普段は感じられない、ただならぬ雰囲気。
危ない危ない。まさかインチキ鑑定してたんですか、なんて冗談でも言わなくて良かった。 これは俺もまじめにならなきゃいけない空気だ。
「カルラさんが何をしているか分かりませんけど、俺は協力します。それがこの世界での俺の生きる道です」
……やべぇ、何言ってんだ俺。遠回しに告白してんじゃん。
ヤバいヤバい、動悸がヤバい。
マジで何言っちゃってんだよ俺!
セーブ、セーブはしてたか!
なぜしてないのだ!
女性と話す前にセーブは基本だろ!
直立硬直しどろもどろしている俺とは違い、カルラさんは動揺している素振りを一切見せない。
なんか、興味はございませんって言われてるみたいで悲しい。
「もし、もしも……もしも人を……人を殺す事になっても、それでも私の側にいてくれますか」
息を呑んだ。
そういう事をしているんじゃないかと薄々はと気づいていたが、実際にカルラさんの口から真実を言われるとショックが大きかった。
そうか、カルラさんは……。
だけど俺の意思はもう決まっている。
「俺は人を殺すことは良くないことだと思っています。平和的に解決できるならそうして欲しいです」
カルラさんの視線はぶれない。
「でも、正当防衛という言葉もあります。カルラさんが危機に瀕したのなら、抵抗はしてほしいです。ただ、出来ることなら、殺しは……しないでください。追い詰められ、逃げる手段がなくなったときは、仕方がないかと思いますけど、それでもやっぱり……」
エゴだ。
俺はカルラさんのことを考えず、エゴを言っている。
カルラさんの状況も、心境も、なにも知らないのに、指図しているんだ。
「偉そうかもしれませんけど、殺して欲しくないです。カルラさが殺すなんて言葉、使って欲しくない。カルラさんには、そんなこと……してほしくないです」
段々と頭が重くなる。
カルラさんの顔を見ることが出来ない。
「……わかりました」
返答は意外にもあっさりとしていた。
いつも通りの、抑揚のない言葉。
再び沈黙した。
カルラさんは黙り込み、エルドさんは目を閉じている。
俺も俯いたまま、何も言い出せない。
嫌な空気だ。
険悪なわけでも、嫌忌しているわけでもないのに、よどんでいる。
「では、予定について話します」
はっと顔を上げる。
「明朝、私たち三人でメモル村に向かい、鑑定の仕事において私と契約をしている仲介人に会います」
カルラさんの淡々とした説明が始まり、俺は胸をなで下ろした。
よかった、いつも通りのカルラさんだ。
「―――説明は以上です。分からない点ありましたか?」
「いえ、ないです」
大体の事情は分かった。
送られてきた依頼品のなかに気になる物があったから仲介人に詳細を教えてもらいに行くけど、もしかしたら罠かもしれないから注意しようねっ、ってことか。
まさか本当に鑑定士の仕事だったとは。
研究の方を期待していたのに。
しかし罠とか不穏なワードも出ているし、二人があれほど警戒しているんだ。
ただ事ではないのは分かる。
多少なりとはカルラさんの研究とやらも絡んでいるだろう。
今回の件で真相に近づくことが出来るかもしれない。
それに俺の初仕事でもある。
絶対に成功させたいが、張り切りすぎて迷惑をかけてはいけない。
それに、万が一カルラさんが人を殺めなければならない状況になったとしたら……。
気を引き締めていこう。
なんだか暗くなってばかりですね。