第19話 初めての魔物狩り
月日は流れ、俺の実力もそこそこマシになってきた。
月日は流れと言ったが、体感で、だ。
常世の一日は長く、実際はそこまで日が昇っているわけではない。
日がな一日好きに時間を費やせる俺の成長が早いのも、当然のことだ。
そんな俺の成長具合はといいますと、使える魔術が数種類増えた。以上。
想像干渉は相も変わらず滞っております。
カルラさんお手製のヤバい薬を服用しないとうんともすんとも言ってくれない。
一応ノーマル状態でも飛蚊症のような物は出現するが、特に意味はない。
弩弓の方は元々扱えるので特に成長はない。
強いて言えば、射程範囲が広がったかな?
といっても腕だけでコッキングが出来るタイプなので、有効射程は十五メートルくらいだけど。
さて、結果としてみれば魔術が数種類使用できるようになっただけだが、弩弓という飛び道具が手に入ったのは大躍進だ。
武器を召喚する魔術もあるのだが、あれはコントロールが難しい上に現状呼び出せる種類が少ない。
もちろん魔術も練習はしているが、使いどころがな……。
そんなわけで狩猟においては完全に魔術を封印しました。
普通に弓で仕留めた方が確実だし手っ取り早いし。
そんな私めの射撃の手腕にスポットを当ててくれて馬がいます。
はい、エルドさんです。
主に何をしてくれたかというと、何もしてくれてません。
今から教えてくれるそうです。
魔物狩りを。
俺とエルドさんの前にいるのは、この森では馴染みのある魔物「ゲイシーミャ」
あの一つ目猿。
彼を草木の間から観察しながら、エルドさんの魔物狩り指南が始まった。
「魔物の弱点がどこだか分かるか」
「普通に考えると心臓と頭ですか?」
「確かにそうだが、それは動物の弱点だ。魔物には植物型の奴もいる。そいつらを殺すにはどうしたら良いと思う」
「燃やします」
「そうではなくてだな」
「植物なら燃やせば良いじゃないですか」
「それ以外でだ。燃やせない植物が出現したらどうする」
「逃げます」
「お前なぁ……」
エルドさんが呆れたように首を振る。
人間なら頭でも押さえてそうだ。
「よし分かった、帰るぞ」
「ちょちょ、ちょっと待ってください」
いきなり踵を返そうとするエルドさん。
急いで尻尾を掴み制止させる。
「なんだ?」
「なんだ? じゃありませんよ。俺に魔物の狩りかた教えてくれるんでしょ」
眉をひそめて見つめてくるエルドさん。
もしかして怒ってる? おこなの?
顔が厳つすぎてもはや馬ってより龍だよ。
「あ、機嫌を損ねさせてしまったら謝罪しますよ」
恐る恐る尋ねてみるも龍は顕在。
「もうエルドさんったらそん怖い顔しちゃって、おでこに皺が出来ちゃいますよ!」
流れを変えようとチアフルに接してみたが効果なし。
心なしかさらに皺が深まってる気がする。
どうする。
これマジで怒ってる奴だ。
「くくっ、くははははは!」
えっとおっとと狼狽していると、何かが切れたようにエルドさんが盛大に笑い出した。
どうした、魔法にでも掛かったか?
「くはぁ、はぁはぁ……いやすまん。お前がおちょくってくるから意趣返ししてやろうと思ったのだが、はぁ想像以上に慌てふためくもんでな」
息が上がるほど面白かったですか良かったですね。
俺は面白くありませんけど。
「結構マジであせったんですよ」
「悪い悪い」
エルドさんはケラケラと笑いながら謝罪した。
「気を取り直して魔物狩り講座といこう。確か魔物の弱点だったか?」
「そうです」
「お前の答えは頭と心臓部だったな」
「はい、でも違うんですよね」
「ああ。小僧、魔物とはなんだ」
口に握り拳をあて黙考する。
「魔物は……魔力の持っている生き物、でしたっけ?」
「その魔力を生成するために必要な器官がある。分かるか?」
「マナですね」
これは即答。
「そうだ。そのマナこそが我々魔物にとって最大の弱点。魔法により自身を強化している魔物が多い。そいつらはマナを穢すことで行動不応にすることが可能だ」
魔法で行動しているから、マナを壊せば良いと。
マナを壊さないと死なない魔物とかもいるのかな?
「それでマナってどの位置にあるんですか?」
「魔物の種族によって異なるが大体は首の根元、そうだなぁ……人で言えば頚窩と呼ばれる鎖骨と鎖骨の間のにあるくぼんでいる部分だ」
「ここ、ですか」
そうであろう部位を軽く押してみる。
苦しい。
これマナの有無に関わらず普通に弱点だろ。のど元だし。
「首のある魔物と対峙した時はそこを狙えばいい」
「分かりました」
「よし、では実戦だ。ゲイミーシャのマナに矢をぶち込んで見ろ」
「ぶち込めって」
物騒な物言いだな。
「……あれ?」
さっきまでと光景が違うことに気づき、辺りを見渡す。
「どうかしたか?」
「ゲイミーシャがいません」
「なぬ!」
エルドさんも首をふって周囲を確認する。
「……いないな」
「どっか行っちゃいましたね」
「小僧が騒ぐから逃げてしまったのだ」
「んなっ、エルドさんが大声で笑うから」
「我のせいではない。その時にはもう逃げておったわ」
なんて見苦しい。
「絶対気づいてなかったでしょ。なぬって言ってましたよね!」
声のボリュームが一段階上がる。
「お前が気づくか試しておったのだ」
「じゃああの“なぬ”は何だったんですか!」
「あの“なぬ”には“やはり”という意味が―――」
「ないでしょ」
急激な低音ツッコミに、エルドさんも一度落ち着く。
「……ないな」
どこからか聞こえてくる鳥の囀りが過ぎさるほど時間が経ってから、二人同時に嘆息する。
「また探すか」
「そうですね」
肩を落としながらトボトボと歩き始めた。
ーーー
「見つかりませんね」
こんなことを呟いてしまう、即ち話題が尽きてしまうくらい時間が経過した。
会話もまばらになり、空白の間が心地悪い。俺に非がある自覚をしているぶん余計に。
喉を潤すために、持参した水筒を取り出す。
蓋を開け口に運ぼうとしたところで、エルドさんの屈強なヒップにぶつかり飲み口が歯茎に!
「いって」
この展開、身に覚えがあるぞ。
「見つかったんですか?」
口を押さえながら静止しているエルドさんに耳打ちすると、エルドさんの身の毛がよだつ。
「耳元でしゃべるな気持ち悪い」
「すみません……」
言うほど近くもなかったのにこの反応。
さてはエルドさん耳が敏感だな。
今度執拗に撫で回してやろう。
馬の耳に悪魔の手だ。
「それで、いたんですか?」
「ああ、そこの木の上だ」
三メートルほど先の木の枝の上でセルフ腕枕をして寝っ転がっているゲイミーシャがいた。
「よし、やってみろ」
「何か注意点は?」
「必要なことは教えた。あとは実戦で身につけろ」
「……了解」
「ただし、変なことはするな。お前の脳は浅慮で拙い」
なんとは失礼な。
ちゃんと考えて行動しておるわい。
ミッションを完遂して、目に物見せてやる。
ゲイミーシャはこちらに背を向けた状態。
マナに直接ヒットさせることが出来ない。
寝返りを待つわけにもいかないので、正面に回り込む。
丁度ゲイミーシャの真下に来たところで、起きているという可能性が頭をよぎる。
そーっと顔を覗くと、ゲイミーシャの一つ目は閉じられていた。
安堵の息をつきつつ、発見した位置と同じくらい歩を進める。
よし、この位置なら。
コッキングを行い矢を装填。
のど元めがけて狙い撃ちたいのだが、この角度は駄目だ。
顎が邪魔で直撃ルートしない。
良い角度はないかと弩弓を構えながらうろちょろしていると、大きな一つ目が開かれた。
寝起きのゲイミーシャが目元を擦りながら一番最初に捕らえたのは、弩弓を構えている俺。 合ってるよ、バッチリ目が合ってるよ。
しばし流れる沈黙。
俺が敵かどうか探っているようだが、俺は単純に硬直している。
敵じゃありませんよー。同じ猿人ですよー。
とにかく離れようと、目線を合わせたまま後ずさりをする。
が、ゲイミーシャは唐突に飛びかかってきた。
「うおっ」
とっさの判断で顔を引き金を引く。
放たれた矢は顔面から飛び込んできたゲイミーシャの一つ目に直撃する。
撃ち落とされたゲイミーシャは断末魔をあげながら悶えている。
「マナを撃ち抜け」
エルドさんは、いつの間にかゲイミーシャの側まで移動していた。
プチパニックを起こしている俺は、言われるがままにゲイミーシャにとどめを刺す。
断末魔はピタリと止み、今までとは違う沈黙が漂う。
腕に着いた血から溢れる、言いようのない虚無感。
生き物を殺したときは、いつもこうなる。
「お前に一つ教えてやろう」
返答はせず顔だけ向くける。
「マナは狙いづらい位置にある。下手に狙うならほかの部分を攻撃した方がいい」
こうして、今日の教えの意味を問いたくなる言葉で魔物狩り指南は締めくくられた。
ペットボトルとか水筒の飲み口が歯茎にぶつかるのはよくあることだけど、ファーストキスで歯と歯がぶつかるって実際あるのかな?