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PeTItionS~峡間の二重ノンブル~  作者: 知疏
第二章
18/30

第18話 魔術なしでの狩り

 翌日。

 無事試験に合格できた俺は、望み通りカルラさんから弓を教わっていた。

 

「そこで引き金を引いてください」

 

 バシュッと短く射出音が鳴り、五メートル先の的に矢が刺さる。


「では、一からやってみてください」


 弦を張り矢を装填し射出する。手慣れた動作。

 矢の放たれた音と、的に刺さる音が同時に響く。

 

「お見事」

「ありがとうございます……じゃなく! なんですかこれ」

 

 手に持っている武器を掲げて抗議する。


「なにって、弓の練習です」

「これ弓じゃ無くてクロスボウですよね」

「そうです。この付近では弩弓と呼ばれてます」

「呼び方なんてどうでもいいんです。なんでこれなんですか? エルフとかが使ってるようなのを想像してたんですけど」


 身振り手振りして説明する。


「長弓や短弓は会得するまでに時間が掛かります。弩弓は練習時間がそこまで掛かりませんし、命中率も安定しています。装填に時間は掛かりますが、狩猟には打って付けの武器です」

「ちゃんと考えてくれてたんですね」

「当たり前です」


 すぐ使えるに越したことは無いし、まいっか。


「それにしても上手ですね」

「日本にいる時、似たようなのを練習しましたから」

「佳楠さんのいた国は戦時中でしたね」

「国どころか世界中が争ってましたよ。授業の一環として戦闘訓練とかするほどに」


 カルラさんが悲しくも呆れたような顔になった。


「時代が変わっても世界が変わっても人は変わらないのですね」

「そんなもんですよ」


 カルラさんの表情がさらに暗くなる。

 これはいけない。空気を変えなければ。


「もうクロスボウ……じゃなくて弩弓か。使い熟せますし、狩りに行ってもいいですか?」

「ええ大丈夫です」

「じゃ、腕試しと行きますか」


 こうして弓の練習が幕を閉じ、お次は狩猟の時間。

 狙うはもちろん鹿。リベンジマッチだ。

 前回は下手をしてしまったが、今回はこいつがある。

 一発必中の腕前を見せてやろう。

 久々に触れた引き金に胸踊らせながら歩を進める。


「そうだ、魔物にも弓って効くんですか?」


 重要な質問。

 魔法しか通用しません、とか知らずに死んでいくのは避けたい。

 先行していたカルラさんの顔が現れる。

 

「もちろん打撃は有効です」


 そらそうか。

 肉体があるのに物理無効とかありえんな。

 

「魔法が使えなくても、剣の腕だけで戦える魔物もいます」

「へぇ、魔法を使わない剣士って居るんですか?」

「居ません」

「ですよね」


 剣一本で魔法の雨をかいくぐり、的をなぎ倒していく。

 そんな超人的剣士の存在を妄想したこともあるが、現実は厳しいそうで。


「ただ、魔法不可の純粋な実力を競う大会などもありますし、それで生計を立ててる人もいます」

「そんなのあるんですね」


 日本におけるスポーツのような物だろう。


「私は余り芳しい興業だと思ってません」

「なんでですか?」

「争いごとが嫌いだからです」

「……カルラさんらしいですね」

「そうでしょうか」

「そうですよ」


 カルラさんは優しいからな。


「でも競技って命の保証はされてるんですよね」

「当たり前です」

「なら娯楽だと思って見ましょうよ」

「傷つく姿は見たくありません」

「鍛錬に修練を重ねた末に繰り出される誇りと誇りのぶつかり合い。感動するじゃないですか」

「人ではなく標的を設ければ良いと思います」


 この人ボクシングとか相撲すら見れなさそう。


「そんなに争いごとが嫌いなのに、俺のことは転ばすんですね」

 

 昨日の勝負、俺が最後に転んだのはカルラさんが地面を隆起させたせいだと、後になってエルドさんから教えて貰った。


「あれは違います」

 

 俺的には仕返しをしたつもりだが、カルラさんは狼狽することなく答えた。

 ポーカーフェイスが上手いなぁ。


「どう違うって言うんですか?」


 なんとか追い詰めようとする。


「あれは不可抗力です」

「不可抗力? そんな犯罪者の言い訳みたいな言葉聞きたくありません。あなたは確信犯です」

「勝手に仕立て上げないでください」

「犯人は皆そう言うんだ」


 野太い声で返す。


「誰をまねているんですか」

「ドラマとかでよく聞く台詞です」

「無罪の人を犯人扱いとは、ひどいドラマですね」

「無罪の人とは限りませんよ」

「有罪とも限りません」

「そうですけど」

 

 人を疑う事が出来ないだろうか。

 

「犯人は嘘をつきますから、念に入りに調べないと駄目なんじゃないですか? 知りませんけど」

「確実な証拠を出せば済む話です」

「それが出来たら尋問なんてしませんよ」

「見ただけで分かる私には、無縁な行為です」


 そっか、カルラさん一目で何が起きたのか分かるのか。

 カルラさんの源理能力チート過ぎません?


「そうだ、昨日の対決で思い出したんですけど、俺負けましたよね? 合格で良いんですか?」

「今更ですか」

「今更です」

「昨日は佳楠さんがどれだけ己の力を扱えるかに焦点を置きました。佳楠さんは魔術、発想、身体能力、源理能力と自身の持てる全てを発揮してくれました」

「だから合格ですか」

「そうです」


 なんか腑に落ちない。

 最初から合格させるつもりだったんじゃないか?

 出来レースは良くないぞ。

 カルラさんの足が突然止まり、手で動くなと命令してくる。


「どうかしたんですか?」


 小声で問いかける。

 カルラさんは無言で視線の先を指さす。

 騒然と生い茂る芝生の上で寝息を立てている鹿がいた。

 木漏れ日でもあれば絵画の完成だ。

 題名は風光明媚なんてどうだろう。

 

「チャンスです」


 カルラさんは冷徹だなぁ。

 なんて考えつつも、行動に移す。

 カルラさんを通り越し、鹿が起きないよう抜き足差し足で近づく。

 距離にして十メートル、くらい。

 肩にかけていたショルダーベルトを外し、弩弓を手に取る。

 コッキングを行い、腰につけた矢筒から矢を取り出し装填する。

 弦を張るのにそこまで力を使わないタイプだが、この距離なら仕留められると思う。

 ふぅー、と深く息をはき、鹿の首元に照準を合わせる。

 水平で届くよな、多分。

 ……よし。

 一気に引き金を絞ると、かすれた射出音の直後に短く甲高い悲鳴が響く。

 首に矢を刺した鹿は空中で足をばたつかせながら起き上がると、一目散に逃げていく。


「カルラさん」


 目配せをすると、カルラさんが草陰から飛び出した。


「追いかけましょう」


 急ぎ足で鹿の足取りを辿る。

 まだ乾いていない血が、致命傷を与えたことを教えてくれる。

 歩くこと約二十メートル。

 首から血を流した鹿が倒れていた。

 すでに息はしていない。


「混乱して木に頭をぶつけたのでしょう。血抜きをして解体します」

 

 カルラさんは頭が下になるよう鹿を岩に傾け矢を抜くと、ナイフを刺し傷口を広げる。

 血が大量に飛び出し鹿の体がみるみるうちに紅で染まっていく様を茫然と見つめながら、言い様のない虚無感に見舞われる。

 

「カルラさん」

 

 カルラさんがこちらを向く。 


「なんでしょうか」

「生き物って、簡単に死にますね」


 カルラさんの顔も見ずに独り言のように呟やく。

 そうですねと返事をすると、カルラさんは鹿に視線を戻した。

 ……ごめんな、怖かったよな、痛かったよな、死にたくなかったよな。

 淡々と解体される鹿に、心の中で弔う。


「カルラさん」

「なんでしょう」


 今度はこちらを向かずに返事をする。


「思ったんですけど、魔術って必要ですか」


 カルラさんは黙考すると、はっきりと告げた。


「必須ではないです」


 そうだよね。


「ただ……」


 二の句を継ごうとするカルラさんの方へ顔を向ける。


「探索や建築においては確実に有用性があります」


 有用性がある、か。

 ふっと鼻で笑う。


「鹿肉って食べたことないんですけど、おいしいんですか?」


 いつもの調子に戻った俺に、カルラさんは安堵した。


「食べてからのお楽しみです」

「責任を持って全部食べますよ。なんて言ったって俺の獲物ですから」

「では急いで家に帰りましょう。内臓を取り出す必要があります」


 カルラさん、よく平気でいられるな。

 その後は二人がかりで家まで運び、予告通り内臓を取り出す作業をした。

 鹿が腹を裂かれる様はなんとも嫌悪感を齎す。

 食欲が地に埋もれいたが、その日の夕飯と晩飯に提供された鹿料理のフルコースにより回復した。

 カルラさんが腕を振るう料理はなんでもうまい。

 日に日にこの人が超人に見えてくるのは、必然と言うほかない。

鹿肉っておいしいのかな。

食べる機会がないなぁ。

人肉は食べたくないなぁ。

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