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PeTItionS~峡間の二重ノンブル~  作者: 知疏
第二章
17/30

第17話 初めての実戦 後編

 さて、どうしたものか。

 原理は分からんが、檻に近づくと気持ち悪くなる。

 カルラさんが何かを仕掛けているのは間違いないだろう。

 それを解き明かさない限り、俺に勝ち目はない。

 

 回復してきたところで、もう一度挑戦してみる。

 檻から約一メートル。

 この時点で、急激に気分が悪くなる。

 しかし、少し下がれば不快感は消えていく。

 これで範囲は分かった。

 もう少し踏み込んでみよう。

 再び近づき、檻に手をかける。

 当然のように、不快感も再び襲ってくる。

 喉がつかえるような気持ち悪さと、それ以上に頭を殴られるような感覚。

 まるで、何者かに体を蝕まれているような。


 一端距離を置き、息を整えながら思索する。

 はたして俺には、あの状態で自分よりも高い壁を登りきれるだろうか?

 答えは、否。

 考えるまでも無く否。

 ということで、別の策を考えよう。

 

 ぱっと思いつくのは、石とかを投げ入れる作戦。

 こんな安直すぎる作戦じゃ、カルラさんは落とせない。

 そんくらいは分かる。

 とはいえ、それ以外の策が思いつくわけでも無い。

 物は試しだ。一回だけやってみよう。

 そこら辺から、石ころや折れた木の枝を山積みにしていく。

 無理だ無理だと言ってはいるが、雨のように降らせてやれば、さすがのカルラさんも避けることは出来まい。

 怪我の心配はあるが、カルラさんの事だ、大丈夫だろう。

 取りあえず一球。

 石ころが放物線を描いて、檻の中に消えていき、地面に落ちる重い音。

 ……カルラさんからの反応なし。

 一応エルさんに確認。


「当たりましたか?」

「いや、当たっていない」


 どうやって判定しているのか知りませんが、審判がそういうなら仕方が無い。

 今度は、絶え間なく連投してみる。 

 ボトッ、ボトッと、リズム良く聞こえてくる重い音。

 ……案の定、カルラさんからの反応なし。

 

「今のは?」

「ハズレだ」


 今のが駄目なら、もうこの手しか無い。

 残りの全て両手いっぱいに掻き集める。

 石や枝だけでは無く、砂利も一緒に集める。

 これもだめなら、もうお手上げ。


「せいや」


 ギリギリまで檻に近づき、一気に投げ入れる。

 枝同士がぶつかる、細い音。

 ……カルラさんからの反応なし。


「どうですか?」

「ハズレだ」


 どうやらカルラさんは、人間をやめてしまったそうです。

 って、いやいやいや。

 今のは避けられんよ。

 砂利まで混ざってたんだよ。

 カルラさんは気体なんですか?


「小僧よ、周囲の変化は常に捕らえろ」

「周囲の変化?」


 首を振って見ても、特に変わった点は無い。

 強いて言うなら、エルさんが俺のことを哀れむような目を向けてるくらい。


「前々から思っていたのだが、お前馬鹿だな」


 ば、馬鹿とはなんですか、馬鹿とは。

 まぁ正解だけど。


「首を回して確認できる範囲は、異変があれば気がつける。意識を向けるのさらに外。見えない所にまで気を配れ」

「見えない所、ですか」

「そうだ」


 見えない所、つまり死角か。

 ……あ、まさか。

 檻の周りをぐるり進み、死角となって見えていなかった場所に辿り着く。

 

「……まじですか」


 居たのだ、そこに彼女が。

 

「ばれましたか」

「どうやって……」

「燃やしたんです」

 

 燃やした?

 檻を確認すると、人一人通れる程の穴が開いている。


「本当に燃やしたんですか?」

「はい」

「でも煙なんて見てませんよ」

「見つからないように行動しましたから」


 この人の言っていることが分からない、俺が変なんだろうか。

 混乱している俺に、エルさんの声が届く。


「あと一分だ」


 その一言で、冷静さを取り戻す。

 落ち込んでいても仕方が無い。

 今は合格することだけを考えろ。 

 カルラさんがどんなに化物でも、単純な追いかけっこなら勝てるはず。

 

 不意を突いての接近を試みるも、予測していたのかカルラさんはすでに俺から距離をとっていた。

 だが、そんなこと関係ない。

 距離などお構いなしに突っ込んでいく俺に対し、カルラさんは一歩も動くことが無い。

 何か仕掛けてあるのか?

 罠の可能性を考えるも逡巡するも、考えてもどうせ分からんと開き直り、即座に走りを再開する。

 あと少しで手が届く距離まで近づくと、やっと危機感を覚えたのかカルラさんが数歩後ろに下がったが、もう遅い。

 走っている俺が追いつけないわけが無く、今度こそ届いたと確信したその時、盛大に転んだ。

 どれだけ盛大かというと、エルさんが大爆笑するくらい。

 きついっすわ、エルさんマジできついっすわ。

 痛みと羞恥心で固まっている俺に、カルラさんは言った。


「まだ時間はありますよ」


 その言葉に、俺の中の何かがざわついた。

 首飾りの小瓶から薬を一粒取り出すと、躊躇うこと無くに運ぶ。

 木々のざわめきも、魔物の唸り声も聞こえない。

 音の無い世界、俺だけの時間。

 落ちている枝や石を集め、カルラさんにぶつける。

 こうして勝利が確定した、はずだった。

 幾らカルラさんにぶつけようとしても、寸の所で軌道に変わる。

 まるでカルラさんを避けているような、不自然な軌道。

 石も、枝も、砂利も砂も、全て避けていく。

 何が起こっているのか分からないまま、いつしか三秒が経過していた。


「終了!」


 エルさんの明瞭な声が響く。

 俺はショックで立ち上がれなかった。

 まだ使い熟せていないとは言え、この力を信じていた。

 何者にも負まけない、世界を改変することが出来る力。

 過剰かもしれないが、そう思っていた。

 それが、カルラさんには一切通用しなかった。

 さすがの俺も、ひどく落ち込んでしまう。


「惜しかったですね」


 カルラさんは満足気に微笑んだ。


「どこがですか?」

 

 吐き出すように返答に、カルラさんは困った顔をしている。

 俺が悪いと分かってはいるが、態度を改める気は無い。

 

「全力を出して、源理能力まで使って、でも効かなくて、そして負けた。どこが惜しいって言うんですか。俺の惨敗ですよ。ま、怪物に勝てると期待した俺が馬鹿でしたね」


 カルラさんに対して嫌味を言ったつもりが、俺の方が話しているうちにダメージを受けた。 

「かい……ぶつ……」


 カルラさんの表情が、不安で満ちていく。

 あのカルラさんが、泣きそうな表情をしている。

 ヤバい、地雷踏んだ。

 瞬時に立ち上がり、頭を下げる。


「その……すみませんでした」


 どうすれば良いか分からないので、ひたすらに謝罪を繰り返す。

 

「小僧、お前は愚行ばかりするが、脳は入っていると思っていた。なのになんだこの空気は」


 仰る通りでございます。

 女性に対して怪物だなんて、クズも大概。

 誰か俺を殴って欲しい。


「いいですよ。私は気にしてません。それよりも、怪物を追い込んだ自分を賞賛してあげてください」

「本当にすみません、俺が悪かったです。自分の力を過信して、カルラさんに八つ当たりしてました。お願いですからいつものカルラさんに戻ってください」


 何回も何回も頭を下げる。

 脳震盪でも起こしそうだ。

 

「ふふっ、もう良いですよ佳楠さん。家に帰りましょう。弓の訓練は明日から始めます」

「……っありがとうございます」


 どうやら許されたようだ。

 一つ屋根の下で暮らしているのに、禍根や軋轢とかある生活を送らずに済んでよかった。

 何はともあれ、合格できたらしい。

 これからは絶対にカルラさんに当たらない。絶対にだ。

主人公頭悪いな。

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