第16話 初めての実戦 前編
今日の天気はなんだろう。
雨が降っているのか否か、それしか分からない闇に包まれた樹海を仰ぎながら考える。
この森にとって晴れか曇りかは誤差でしかない。
太陽の日が根元まで届かないのに、ここの木々達はよく立派に育ったもんだ。
こいつらを使って、今から試験が行われる。
そうです。とうとうやって参りました、植物を『アマヅラシ』の試験です。
会場はここ、いつもの少し開けけた空地で行われます。
いやー、結構早かったね。
もう少し時間が掛かるもんだと思ってたけど、案外早く来たね。
いつも通り魔術の練習してたら、エルさんが突然「もう十分じゃ無いか」とか言ってくるんだもん。
出来てるって実感はあんまり無いけど、エルドさんが言うなら出来ているのだろう。
ま、日々の努力が報われたって言うか、才能があったみたいな。
魔術に才能とか無いんだけどね。
魔方陣覚えるだけだし。
何はともあれ、事が早く進むに越したことは無い。
これで俺も次のステップへ踏み出すことが出来る。
出来るよね?
「それで試験って何をやるんですか?」
「佳楠さんは、固定時間と始動時間を何分まで覚えましたか?」
これも評価されんのかな。
どうする、盛るか?
いや持ってもばれるだろ。
「固定が二十七分まで、始動が十五分まで覚えました」
本当は固定時間をたくさん覚えたほうが良いんだろうけど、性格上まんべんなく覚えてしまった。
カルラさん的にはどう思ってんだろ。
「分かりました。では試験内容を説明します」
特に何の反応も示さなかった。
「はい」
どうなんだろ、及第点なのかな。
まぁいい、試験は受けさせてくれるらしいし気にしなくていいだろう。
さぁ、どんな壁が俺に立ちはだかる。
「試験内容は鬼ごっこです」
「え、鬼ごっこですか?」
予想外過ぎて声が裏返ってしまった。
試験内容も意外だが、超真顔のカルラさんが鬼ごっこという単語を口にしてるのが、意外というかなんか可笑しい。
「そうです。場所はこの空地限定。制限時間は二十分。佳楠さんが鬼で私が逃げます。私に触れる、もしくは何かを当てれば佳楠さんの勝ちです」
「カルラさんに触れるか、何かを当てる」
「当てる物は何でも構いません。その辺に落ちている石や棒きれ、砂利や砂でも構いません。とにかく制限時間内に、佳楠さんが干渉したものを私に触れさせてみてください」
うーん、どうなんだろ。
カルラさんに物を当てるのは簡単だけど、魔術の試験だしな……。
「範囲はこの空地のみとします」
空地のみ、範囲は結構狭いな。
幅的には二十メートルくらいか。
でも空地が範囲っていうことは、木が一本も生えてないから俺の魔術使えなくね?
「俺は範囲外に出ても良いですか?」
「構いません。そうしないとアマヅラシを使用できませんから。それと、使用する魔術はアマヅラシだけじゃ無くても構いません。私の許可無しに誰かが教えている事くらい知っています」
視線を向けられたエルドさんは、明後日の方向にキリッとした視線を送っている。
我関せず、とでも言いげな表情だ。
因みにエルドさんはただの見物客としてきている。
「ははっ。さすがですね」
あ、ちょっとうれしそう。
この人、褒められるのに弱いよな。
まさかチョロイン系だった?
最初は冷たかったし、どちらかと言えばツンデレか?
でもツンっていう程ツン度がないし、素っ気ないって感じなんだよな。
塩対応だし、シオデレ?
いや、普通にクールビューティか。
「それと、想像干渉を使っても構いません」
「え? でもこれって魔術の試験なんじゃないんですか?」
「佳楠さんがどれだけ成長したのか、総合的に確かめようと思ってます」
成長したって言われても、想像干渉の方は全然成長してませんけど。
いつも付き添ってくれてるから知ってるのくせに、意地悪だなこの人は。
「ではこれをどうぞ」
差し出されたのは、小瓶が着いた首飾り。
小瓶には装飾が施されており、中が見えなくなっている。
蓋を開けると、例のの白い薬が幾つか入っている。
「これは……?」
「佳楠さんに差し上げます。いつでも使える方が都合がいいと思いますので。でも一日一粒はちゃんと守ってくださいよ。脳を急激に活性化させるのは危険なんですから」
おぉ、思いがけないサプライズ。
いつもはカルラさんが厳重に管理してるのに。
「分かりました。ありがとうございます」
早速首にぶら下げてみる。
普段ネックレスなんて身に着けないから違和感が凄い。
てか普通に便がでかいな。
どうなんだろうこの見た目。
似合ってますか、なんて男が聞くのは気持ち悪いだろうから訊かないけど。
あとで確認しとこ。
「似合ってますよ」
思考を読んでいるかのような、的確な台詞。
どうせ読んでいるんだろうけど、それでもやっぱうれしい。
「カルラさんのセンスが良いんですよ。どこで買ったんですか?」
「この間出掛けたときに拾いました」
「ひろ……」
俺のために作ったわけでも、買いに行ってくれたわけでも無く、ただ拾っただけ。
ありがたいですよ。ありがたいですけど、ちょっとショック。
いや、落ち込んでは駄目だ。
俺が勝手に期待していたのが悪いんだ。
責めるなら、自分を責めろ。
「ただ、装飾を施したのは私です」
落ち込んでいるを読み取ったのか、すかさずフォローしてくれた。
ええ子や、あんたええ子やで。
カルラさんは小さく咳払いすると、脱線した会話を元に戻した。
「では今から五分間目を閉じてますので、好きなように準備してください」
「え? そんなハンデもらって良いんですか?」
「構いませんよ。あ、でも最初から触れているのはやめてください」
「そんなことしません」
俺ってカルラさんからそんな事するようなせこい男に見えてたのか。
「エルドさん、立会人をお願いします」
「承った」
エルドさんも参加するのね。
了解了解。
「では、五分たったら合図してください」
「うむ」
エルドさんの返事を聞くと、カルラさんはその場で目を閉じた。
エルドさんも、三、四、五、と小声で秒を数えている。
あ、これってもうスタートしてる感じ?
スタートの合図は無いのね。
そうですかそうですか。
ふーんと不機嫌になった心を、うし! と手を叩いて切り替える。
「やりますか」
開始したと分かったら、即座にカルラさんの正面にある木へ向かい、魔法陣を描いて行く。
タイムロスしたが、落ち着いていけ。
魔方陣が完成すると木の根元が不自然に曲がり、カルラさんの近くに勢いよく倒れた。
当たらないように調整したけど、結構怖いな。
でも時間がないから速度まで調節している暇はない。次だ。
すぐさまカルラさんの右側にある木に向かう。
作戦は鹿を狩猟しようとした時と同じで、周りに木を重ねて檻を作る。
こうして予め囲んでおけば、カルラさんは身動きを取ることが出来ない。
なぜならカルラさんを囲む木は俺が干渉した木なのだからな。
俺もあの時より魔法陣を描くスピードが上がっている。
五分しかないが、あの時と同じくらいには高くできるはず。
さすがのカルラさんでも、鹿みたいに飛び越えることは出来んだろう。
ズドンズドンと砂埃を上げながら、カルラさんの周りに木を重ねていく。
「残り十秒」
エルドさんが両者に聞こえる声でカウントダウンを始めた。
最後の一本に魔法陣を描き、手を止める。
よし、高さも十分。
カルラさんの姿が見えなくなるほど厳重に囲ってやった。
あとは降参するのを待っていれば良い。
万が一カルラさんが降参せずに時間が過ぎるのを待ったとしても、木に触れる俺が中に入って直接触れればそれで終了。
反則と言われても押し切ってやる。
カルラさんには悪いが、この勝負貰った。
どんな反応をするのか楽しみだ。
カルラさんの心境を想像して、ほくそ笑む。
「三、ニ、一、始め!」
戦いの火ぶたは切って落とされた。
カルラさんのリアクションはない。
さぁ、どうだ。
戸惑っているか? 狼狽えているか?
早くリアクションを示してくれ。
ほくそ笑みながら待つこと数分。
カルラさんからの反応は無い。
お手上げ状態だけど、降参するのは嫌なのか?
カルラさんはプライドのお高い人でしか、そうでしたか。
普段からお高くとまっていらっしゃいますものね。
ふふふふふ。
そんな風に下衆く相手を貶し続けること数分。
一向にカルラさんが動く気配が無いので、こちらから動くことにした。
「おーい、カルラさーん。動けますかー。出てきても良いんですよー」
我ながら小物感が溢れている台詞だと思う。
これ調子に乗って相手を挑発し続けてたら、本気を出した相手にあしらわれるタイプの小物だな。
台詞変えたいけど、実際こういう状況になったら思いつかないもんだな。
どうせ俺は小物ですよ。
適当にしゃがみ、地面に落ちていた枝を折る。
カルラさんが小物の挑発になることはなく、また数分が経過した。
「エルドさん、あと何分ですか?」
「十二分だ」
十二分か。
もう動いても良いだろう。
痺れを切らし、乗り込むことを決意。
「カールーラーさん。あーそびーましょ」
茶化すように呼びかけながら近づき、木の檻に手をかける。
「やっと来ましたか」
檻の中から、いつも通りのカルラさんの声が聞こえてきた。
やっと?
なんだその余裕は。
もう為す術ないはずだ。
そう思い、折り重なった木を登ろうと足に力を込める。
が、迫りくる不快感。
なんだ? 力が入らない。
吐き気、よりは頭痛に近いな。
眼も痺れてきた。
身に覚えのある気持ち悪さだ。
登るのを中断し、檻から距離を置く。
落ち着いて考えろ。
カルラさんは、杖のような武器の類いを持っていない。
つまり魔法は使えないはずだ。
それなのに、俺の体に何かが起きている。
ただ単純に、気持ちが悪くなっただけか?
それにしては唐突すぎる。
となれば、やはりカルラさんの魔法しかない。
でも気分を害する魔法なんて、普通はあり得ない。
ましてや、武器なしでなんて……武器なし?
武器がいらないと言うことは、媒体を必要としない魔法。
……まさか。
「原聖魔法か」
選ばれし者しか使えない魔法。
そういえば、カルラさんも使えるって言ってたな。
原聖魔法を使えるカルラさんと、種を見破れた俺に拍手を二回送る。
さすがはカルラさん、一筋縄ではいかせてくれない。
急に苦しくなった時って、厨二的思考になりますね。
とうとう俺にもきたか、覚醒の時が……。
みたいな。