第15話 雨降って地固まる
この世界に来て、初めて雨が降った。
雨が降る森は気味の悪さが倍プッシュし、湿気が多く動く気力を害する。
外に出て魔術の修行も出来ないので、家でのんびり過ごしている。
魔術の修行は順調に進んでいた。
俺が使用できる魔術は二つ。
一つ目『アマヅラシ』
植物に動きを与える魔術。
あと少しで全種覚えられそう。
二つ目『テンクション』
武器を召喚する魔術。
召喚される武器は様々。
この前の狩りで鹿に放たれた槍も、この魔術を使用したものだ。
こう並べてみると、『アマヅラシ』と命名した人の扇子のなさが伺える。
魔方陣を覚え立ての頃は組み込まなければならない情報の多さや魔法陣の複雑な形に苦戦していたが、今ではもう十秒もあれば描けるようなった。
魔術の方は順当に会得できているのだが、問題は想像干渉。
はっきり言おう、全く成長していない。
未だにドーピングをしないと、正常に発動してくれない。
正確に言えば、精密な想像が出来ない。
薬を使っているときと同じ要領で想像しても、反映される気配が微塵も無い。
思ったんだが、一日に1粒しか飲めないあの薬になれる体にしほうが、手っ取り早い気がする。
あの粒を粉状にして、食事の前に飲んで、体を慣らして行くみたいな。
そうすれば、常時服用できる最強の脳に……。
「何を考えているのか知りませんが、変なことはしないでくださいよ」
一人不気味に笑っていると、カルラさんがコーヒーを持ってきてくれた。
さすがのカルラさんでも、雨の日は外出しないらしい。
午前中から、こうして俺と一緒にごろごろしている。
「しませんよ。そんなことする度胸も行動力も持ち合わせてません」
「つまり”そんなこと”を考えていたのは本当なんですね」
「カルラさんに嘘を言っても仕方が無いですからね」
「学習しましたね」
「俺は馬鹿ですけど、馬や鹿ではなく人間ですからね」
「……にんげん、ですか」
なんか怪訝な表情になったんだけど。
まさか俺のこと、人間として見ていない?
確かに馬に護衛して貰ったり、鹿に逃げられたりしてるけど、俺は歴とした人間です。
「佳楠さんにとって、人間ってなんですか?」
これまた哲学的な。
「そうですね……自身のことしか考えられない弱い生き物だと思います」
なんだこれ、ハズカシー。
「どういうことでしょうか?」
掘り下げんのかよ!
「えっっと、あれですよ。人類のことしか考えてなくて自分たちの領土を広げるためだとかその、資源を調達するためだとかで自然破壊をしているとことかがそうかなって」
考えが纏まらなくてめっちゃ早口になってしまったけど、おおよそは伝わったと願いたい。
……いや無理だな。
「なるほど」
何がなるほどなんでしょうか。
俺の話から何かを掴めたなら、多分あなたは天才だ。
「では、人間と人の違いはなんです?」
「人間と人ですか。そうですね……違いなんてありますか?」
あったとしても、せいぜい文字が違うくらいし思い浮かばん。
「……いえ、十分です。変なことお伺いして済みません」
「あぁいえ、お役に立てたなら光栄です」
にしても珍しいな。
カルラさんが質問をするなんて。
対象解析を持ってるのもあるだろうけど、何でも一人で熟せますって感じがするんだけどな。
しかも質問内容が、“人間とは何か”ときたじゃありませんか。
そりゃ雨が降るわけだ。
カルラさんは原初魔法使いだな。
ん? 原聖魔法で、あってるよな?
「天候を操る魔法って、原聖魔法ですよね」
「そうです」
「カルラさんって色んな魔法使えますけど、原聖魔法も使えたりするんですか?」
「……ちょっとだけなら」
「使えるんですか!」
「そんな大したものではありませんけど」
使えるのか、ほんと何もんだよこの人。
完全無欠のクールビューティーしかもワケありとか、つけいる隙が全くないな。
そりゃ国から狙われるわ。
もしかしたら、どっかのお偉いさんが嫁に欲しくて追いかけ回してる可能性もある。
そういうやつに限って、大勢の女を侍らす変態が多い。
女性は人類の宝だって事を理解できていないらしい。
たくさんの女性と触れ合いたいって、気持ちは分からんでもないが。
あ、特別な力と言えば、
「カルラさんの源理能力ってどんな感じなんですか?」
「どんな感じとは?」
「その、あれですよ。確か『対象解析』って言いましたよね。それってどんな感じで相手の情報が分かるのかな~と思いまして」
「なるほど、そういうことですか」
正直めっちゃ気になってた。
アニメとか見ても空飛んだり気を飛ばしてる人とかいたけど、実際どんな感覚なのか知りたい。
「そうですね……」
カルラさんは思案するような素振りをしてから、右手の人差し指だけを立てた。
「これは何指ですか?」
「人差し指です」
「正解です」
なにを当たり前なことを。
「ではこれは何ですか?」
そう言いながら目の前にある木のテーブルをコンコンと叩く。
「テーブルですけど」
「そうですよね」
またしても誰でも分かるような問題。
これで何を示したいのだろうか?
「今佳楠さんは、人差し指を見たら人差し指と。テーブルを見たらテーブルと理解できていましたよね」
「そりゃそうですよ」
「私の能力と一緒です。対象を見るとこれはこれ、この人はこういう人だと脳が勝手に理解してくれるんです」
「はぁ……」
つまり見るだけで理解が出来ると。
うーん……
「そんなもんなんですか」
「そんなもんです」
そうだったのか。
てっきりバーチャルゲームみたいに、視界にたくさん情報が表示されてるのかと思ってた。
「でもその原理で行くと、森羅万象世界の全てを元から知ってるみたいですね」
森羅万象ってなんとなくかっこつけてみたけど使い方あってるのかな?
「……そうだとよかったんですけどね」
はにかみながら紅茶をすするカルラさんと雨音が、この雰囲気が相まっていて見惚れてしまう。
ここがジャズでも流れている喫茶店なら、きっとそれはハリウッド映画の様に魅惑的だったかもしれい。
「ところで佳楠さんは、雨はお好きですか?」
「え、雨ですか? うーん、そうですね。好きか嫌いかで言ったら、嫌いですかね」
「そうなんですか。私は結構好きなんですよ」
そう言いながら外を見つめるカルラさんの表情は、どこか物憂げに思えた。
雨が好きなんじゃなく、もっと他のことを考えているような、そんな表情。
「もしかして、カルラさんって農業してますか?」
「いえ、してませんけど」
「あら残念。雨が好きって言うから、てっきり農業でも営んでいるのかと」
「ふふ、安直すぎます」
よし、笑った。
雨が降っているからと言って、空気まで湿っぽくなるのは良くない。
ましてや俺は、まだ力になってあげられないんだ。
今は平常運転で行くしか無い。
「農業と言えば、常世の野菜って戻月の野菜と似てますね。似てるって言うか、もはや同じなんですけど」
「そうなんですか……珍しいですね」
「ですよね。世界が違うのに、食材が一緒だなんて」
「……」
考える人モードになってしまった。
世界絡みになると、一言一言に反応するんだよな。
俺が戻月から来た初めての亡者ってこともあるんだろけど、会話中にだんまりは相手に失礼ですよ。
いや失礼ではないか。
軽率な発言のほうが失礼になりなすし。
だけど今は俺がつまらないから会話に引き戻そう。
「そういえば、食材ってどうやって仕入れてるんですか?」
「……はい、食材ですか」
「自給自足だったり?」
「さすがにそんなことしません。ちゃんと街で仕入れてますよ」
「街って、カルラさん街に行くの嫌いじゃなかったでしかっけ?」
「街には出向いていません。鑑定の仕事の関係者と取引をしてるんです」
カルラさんに、買い物というプライベートに関わる仕事を任されてるなんて、相当信頼されているんだなそいつ。
ちょっとジェラシー。
「おつかいくらいなら俺が引き受けますよ」
「駄目です」
即答ですか。
「あんなにも人気の多い場所で、佳楠さんを野放しにするわけにはいきません」
俺に対する信頼はゼロのようです。
確かに、迷子になる可能性は高いが。
「尋常じゃ無いくらい混雑してましたね」
「人口密度が、世界でも五位以内に入るほど高いです街なんです」
「そんなに多いんですか。そんなに人が多いのに、よくあの街に出かけようと思いましたね」
「佳楠さんが泣きついてきたんですよ」
「泣きついてはいませんけど」
「あれくらい人が多い方が、かえって目立たないんです」
なるほど。
大通りをわざわざ通っていたのもそれが理由か。
木を隠すなら森って言葉もあるし。
じゃあ不審者みたいな格好しない方が、もっと目立たないのに。
でも、あの格好でも目立ってなかったな。
みんな自分が騒ぐことに集中してて、気がついていないのかも。
本当に騒がしい街だったからな。
喫茶店が混み合うって、何事だよ。
スター○ックスじゃあるまい。
閑散としてるよりは、よっぽどマシだけど。
……そういえばこの世界って、
「確か常世って崩壊してるんですよね」
「そうです」
「なんで皆、普通に暮らしてるんですか?」
「それはですね、らないんです」
「なにがですか?」
「世界が崩壊しているって事です」
「誰がですか?」
「一般人がです」
「……?」
「世界が崩壊している、という声明が出されていないんです」
ちょっとまてそれはおかしい。
だって世界が崩壊してるんだよ。
それを知らせないって、死ぬまでのうのうと暮らせと言っているようなものじゃん。
あんな天変地異みたいな所、見つからないわけが無い。
もしかしたら、各国のお偉いさんが結託して隠しているとか。
やっぱり国のトップってのは頭がおかしい奴の集まり……待てよ。
よく考えてみれば、世界が崩壊してる言う確証がまだ無いのかも。
余計な混乱を避けるために、あえて公言していな。
きっとそうだ。
でなければマジで馬鹿だぞ。馬や鹿に失礼なくらい。
「ていうか、なんでカルラさんは知ってるんですか?」
「私、知らないことの方が少ないんです」
それは知ってる。
知ってることが少ない俺でも、それくらいは知ってる。
「そうじゃなくて、どうやって知ったんですか?」
「私独自の研究です」
あ、これははぐらかされる奴だ。
自分については、何にも教えてくれないんだからこの人は。
なら別に良いか。
どうせ俺が騒いだところで、耳を傾けてくれる人はいないし、そもそも吹聴する気も無い
知ったって、どうすることも出来ないんだろうし。
「せめて死ぬまでに、想像干渉を使えるようにしよう」
「気がついたら死んでた、なんて可能性もありますけどね」
「ちょっと、マジトーンで言わないでくださいよ。カルラさんが言うと、全部起こりそうな気がする」
「そんなに心配なら、さっさと練習を始めたらどうですか?」
なんかいつにも増して辛辣だな。
「じゃあ早く薬をくださいよ。あれが無いと頭がおかしくなりそうなんです」
「懸念していた副作用が、ついに働き始めてしまったのですね」
「え? 懸念していたってどういうことですか? あの、カルラさん? 入ったことの無い部屋に行くのやめてくださーい」
一日の半分がちょっと違った、いつもの日常。
俺は少しだけ、雨の日が好きになっていた。
雨は自転車大好き田舎者にとって、敵でしかない。
でも農作大好き田舎者にとっては、味方である。