第13話 魔術での狩り
今日も今日とて、森の中で魔術の練習に勤しんでいる。
何日か練習したが、未だに『アマヅラシ』しか使えない。
正確に言えば、カルラさんが他の魔術を教えてくれない。
というのも、『アマヅラシ』という魔術一つとっても、種類が山ほどあるのだ。
どう動かすのか、どのくらいの時間動かすのか。
その程度だろうと思っていた時期が僕にもありました。
いやー、違った。そんな曖昧なもんじゃ無かった。
魔法陣というのは一つの魔法円に、意味を持つ文字や紋様を複数敷き詰めることによって構成されている。
魔法円には魔術そのものの効果が記してあり、当然魔術ごとに柄が違う。
そして魔法円には必ず組み込まれる紋様が二つある。
それが固定時間と始動時間の紋様だ。
固定時間というのは魔術が発動してから切れるまでの時間、始動時間は魔方陣を書き終えてから魔術が発動するまでの時間のことをさす。
だからこの二つがないと魔術が発動しない。
銃に引き金がないようなものだ。
両方とも一分単位で刻まれているから、使い勝手はそれなりに良い。
あとは魔術ごとにある細かい設定を決められる特殊な文様を描くこと必要がある。
例として『アマヅラシ』で木を一本傾けてみるとしよう。
まずは植物を操る意味を持つ魔法円を描く。そのあと対象である植物の動く速度とどこからどこまで動かすか、撓らせるのか直角に曲げるのかを書きいれ、それらの紋様の位置によって傾く角度が決まってくる。
最後に固定時間と始動時間を描けば完成だ。
複数の意味を合わせ持った紋様もあるみたいだが、そこまではさすがに覚えていない。
ただし覚えられることが出来たら。他の魔術師よりも魔法陣を描くスピードに明確な差が生まれるのあ絶対だ。今の時代俺意外に魔術師がいるとは思えないけど。
カルラさんに、そのうち試験するからそれまでに『アマヅラシ』のバリエーションを増やしとけって言われたけど、ずっと木を曲げてても飽きてくるから、たまーに本で読んだ他の魔術の練習をカルラさんにばれないようにしてたりもする。
エルドさんが近くにいるが、とくに否定はされない。
むしろ一つのことしか出来ないのはつまらないだろう、とのことだ。
全く、悪い兄貴分だぜ。一角獣にしておくのがもったいない。
そんな兄貴がふと、ある提案をした。
「小僧もそれなりに魔術を習得したんだ。そろそろ獲物の一匹や二匹狩ってみたらどうだ」
狩りか。それも良いな。
俺の魔術がどれくらい通用するのか見てみたい気もする。
ただなぁ、罪の無い生き物を殺めるのはさすがに心苦しい。
かといって襲ってくる魔物を仕留めるとなると、俺の魔術じゃ返り討ちにされそうだし。
「俺の魔術じゃ、まだ無理だと思いますよ」
「それは小僧の工夫次第だ。我なら小僧と同じ条件でも、鹿や猿なんか簡単に仕留められるぞ」
おうおう随分と大口叩いてくれるじゃ無いねぇか。
そこまで言われちゃ男が黙ってねぇ。
いっちょ派手にやってやろうじゃぁねぇの。
「じゃあ、頑張ってみたいと思います」
「うむ、やってみろ」
息まく俺にエルドさんは満足気に頷いた。
うれしそうでなによりです。
さて、やると決まったら気を引き締めてくぞ。
まずは準備運動からだ。
突然動いて、体を壊したくないからな。
おいっちに、おいっちに。
エルドさんが、何してんだこいつ見たいな眼差しをしているけど気にすんな。
いっちに、さんっしっと。
「まだ続きそうか?」
「あ、もう大丈夫っす」
予想以上に凄みのある声。
中止中止、準備ちゅうしー。
兄貴飽きてまっせ。
「では標的を探しましょうか」
「何を仕留めるのだ?」
「……やっぱり仕留めなきゃだめですか? 食べるわけでもないし、仕留めなくてもいいんじゃないかなって」
「それは小僧の好きにすればよい。ただ、獲物を殺せるようにはしといた方がいいぞ」
「なんでですか?」
「小僧はこの先のことを考えていないのか?」
この先のこと?
魔術を完璧に習得できた後の事だろうか。
「特に何も」
「では死ぬまで娘のそばに居るのか?」
「それはさすがに」
置いてもらえるなら置いてほしいけど、せっかくの異世界だ。もっと満喫したい。
「なら狩りは出来るようにしておけ。狩りができるだけで、この世界では生き残る可能性が格段に上がる」
確かにいつまでもカルラさんのお世話になるわけにもいかないし、そのうちこの家を離れる日が必ず来る。
カルラさんだって好きで俺の面倒見ているわけじゃないだろうし、研究とやらがすんだら用済みとして投げ出されるかもしれない。
そうなったら自力で生活するしかなくなる。
情勢とか歴史についての勉強は全然してないし、保証人もいなければ出身地さえ意味不明な俺を雇ってくれる所なんてないだろう。
この世界には冒険者って職業があるくらいだからホームレスでも不思議ではないんだろうけど、それ狩猟が出来なきゃ生きていけない。
「まぁ、なんだ。やるのは小僧だから、好きにすれば良い。そこまで重く考えるな。まだ時間はあるんだ」
「いえ、やります」
エルドさんは驚いたような表情をしたが、すぐさま笑みを浮かべた。
「そうかそうか。うむ、よく言った。それでこそ男だ」
「ありがたきお言葉」
「それで? 何を仕留めるんだ?」
「そうですね……」
森に生息していて、凶暴じゃない動物と言ったら……
「鹿にしようかなと」
エルドさんは俺の考えに共感するようにうんうんと頷いた。
「鹿か。毛皮や角は売れるし、肉は食うことが出来る無駄の無い獲物だ。だが、この森の鹿はすばしっこい上に鹿は耳がいい。仕留めるのは容易ではないぞ」
「多分いけると思います」
「ほう、自信があるのだな」
「はい」
根拠はないけどね。
「面白い。しかと見とどけよう」
え、今のは鹿をかけのか?
触れた方が良いのかな?
でも全然面白くなかったし、エルドさんが素で言っているだけで俺が滑ったみたいになるのも嫌だな。
うん、早く鹿を探しにいこう。
この森には、結構な数の鹿が生息している。
一時間に一匹は遭遇してるから割とすぐに見使うだろう。
問題の仕留め方だが、どうしたもんか。
やっぱ頑張って練習したんし、魔術を組み込みたよな。
どう仕留めるか考えながら探していると、顔に粘ついたものが引っ付く。
うわ最悪だ。
蜘蛛の巣に引っかかっちまった。 。
うげー、中々取れないからめんどくさいんだよな。
特に毛先でまとまったやつとか全然取れない。
髪を毟る様に引っ付いた蜘蛛の巣をとっていく
このように蜘蛛の巣に引っかかることも割とある。
一時間に一回はある。
「小僧、右の木を見てみろ」
ん、なんですか、ってえ!
え、キモ、デカ! え、デカ!
絶対毒持ってるよコイツ。
木の幹にくっついていたのは五十センチはありそうな巨大な蜘蛛。
きっとこいつが蜘蛛の巣の主だろうな。
なんかもうあまりにもでかすぎるから、気持ち悪さを通り越してちょっと観察してみたい。
「ほれ」
食い入るように見つめていると、エルドさんが胴体で背中を押してきた。
目の前まで迫った蜘蛛は毛の一本まで判然に見ることができ、寒気が走るほど気持ち悪さに磨きがかかっている。
「うぅぅ、やめてくださいよ」
いやすまんすまんと、エルドさんは微塵も悪びれない調子で謝った。
ちくしょうめ、いつかお返ししてやろう。
密かに復唱を誓うと、髪と蜘蛛の糸を落としながら鹿探索を再開する。
特に何のイベントも起きないまま歩き続けること三十分くらい。
「あ、いた。いましたよエルドさん」
体長1メートルほどの鹿を見つけることが出来た。
獲物は食事に夢中のようだ。
やるなら今しか無い。
作戦は決まっている。
後は実践するだけ。
「小僧、用意は良いか?」
「問題ありません」
「では行ってこい」
作戦開始。
まずは鹿の周り木に魔法陣を描いて行く。
基本的に対象に直接魔方陣を描かなければならない魔術だが、これが非常にやっかい。紙に綺麗な陣を描くことは出来るのだが、歪な形をした立体系になるとうまくいかない。木の表面なんか最悪だ。
そういうのに対しては、カルラさんからもらった筆を使う。
なんでも古代の魔術師たちがこぞって愛用していたものらしい。
筆には収納用の鞘のような物がついており、鞘に納めると毛の部分に墨が補充される仕組みになっている。
柔軟性があり石や木に対してはペンよりも描きやすいが、線の太さがすぐに変わってしまうのが難点。力加減が実に難しい。
最近になってやっと慣れてきたところだ。
それを使い、鹿にばれないように注意を払いながら魔法陣を描く。
手元がおぼつかなくなり何度か陣を描くのに失敗するも、スペースがある限り描き直す。
制限時間は十分だぞ、急げよ。
早まる鼓動を抑えつつ、順調に作業する。
こうして四方八方の十本の木に魔法陣を描き終えた後は、鹿からあまり離れない草葉に身を隠し、紙にある魔術の魔法陣を途中まで描いておく。
これで準備完了。
後は時が来るのを待つだけ。
予定より時間が掛かってしまったな。
許容範囲ならいいんだけど。
不安に思いながらその時を待っていると、パキッパキッと木の折れる音が聞こえ始める。
始まったか。
音に反応した鹿が顔を上げ、警戒している。
音が段々と大きくなり、鹿がその場を離れようとしたとき、幾つも枝が檻を形成するように変形し始めた。
よし、ちょっとズレてるのもあるけど、ほぼ同時に発動してる。
鹿が逃げようとすると、妨げてくる枝の群れ。
束になった枝は、ちょっとやそっとじゃ破壊することが出来ない。
よし、檻は完成した。これで逃げ道はない。
中途半端に描いておいた魔方陣を完成させ、予め確保しておいた枝の隙間から、陣を鹿に向け照準を合わせる。
あとはこれをぶち込むだけだ。
3、2、1、ファイア。
魔方陣から勢いよく放たれた槍が標的めがけて飛んでいき、木の壁に突き刺さった。
……あら?
鹿さんはどこへ?
周囲を見回しても、檻の中を見ても何もいない。
まさか神隠しにでもあったのか?
混乱している俺の後ろから、赤い馬が姿を見せた。
「残念だったな。鹿は枝を飛び越え逃げていったぞ」
飛び越えた?
え、飛び越えたの?
二メートルはあるこの檻を飛び超えちゃったの?
まじかよ、鹿すげぇな。
驚愕の出来事に感嘆の声を漏らす。
「まさか周囲の木をすべて操り鹿を囲うという発想は良かった」
どこかに隠れていたエルドさんが、ガサガサっと俺の背後に登場した。
「飛び越えられましたけどね」
「そうだ。お前は鹿の跳躍力を見誤っていたのだ」
「はい」
「狩において獲物を観察するのは基本であり最も肝要なことでもある」
「はい」
「お前は鹿の能力を自分の裁量で図っていた。それが失敗へとつながった」
エルドさんの言葉に、俯きながら頷く事しかできない。
「他にも問題点がある。分かるか?」
「……仕留めかた、攻撃の仕方でしょうか?」
「それも正解だ。あんな陳腐なではわざわわざ囲った意味が無いし、そもそも時間がかかりすぎてい今回はたまたま獲物が気づかなかったから成功したが、本来なら陣を描いている間に獲物が移動してしまう可能性が高い」
「……はい、ごもっともです」
「それに獲物があれほど油断しているのなら、最初から矢を放ったほうが仕留められただろうに」
きつい、きついっすエルドさん。
変に魔術を使用してすみません。
実践と聞いて、ちょっと舞い上がってました。
無駄が多すぎたのは分かってますから、もうここいらで勘弁しくだせえ。
そんな俺の心をくみ取ったのか、エルドさんはフォローをしてくれた。
「……そう落ち込むな。確かにお前は状況判断を誤り、無駄な事をして獲物を逃した。だが自分に出来ることを最大限活用した点は評価できる。今回はそれが狩りに向いてなかっただけの話だ」
エルドさん、あんまりフォローになってないっす。
「失敗を恥じることは無い。失敗をするというのは、挑戦したということだ。そんな自分を誇りに思え」
「……はい!」
かっけぇ、かっこいいっす兄貴。
一本角がめっちゃ輝いて見えるっす。
一生付いてきます。
「分かったらさっさと帰って、一人で反省会でもしていろ」
「うぃっす!」
こうして初めての実践は敢え無く失敗に終わり、俺たちはその場を後にした。
檻はいつの間にか姿を消し、木々は元の姿に戻っている。
刺さっていた槍は、跡形も無く消えていており、思い出の地となることはなかった。
一回でいいから狩猟をしてみたい。
でも実際に動物を目の前にしたら、普通にビビりそう。