表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PeTItionS~峡間の二重ノンブル~  作者: 知疏
第二章
12/30

第12話 新たな生活

 俺が死んだ後に辿り着いた異世界『常世』での生活は、ある程度規則的になっていた。

 

 起床時間は朝の五時。

 日の当たらない森の朝は酷く寒く、体の末端が動かなくなる。

 冷えた耳たぶをいじりながらうす暗い廊下を渡ってリビングへ向かうと、獣の呻き声が聞こえない暗い森をのんびりと眺める。

 なぜこんなに早起きなのかというと、常世は前の世界『戻月』と違って一日が二十四時間では無い。なんと午前十八時間、午後十八時間の合計三十六時間で構成されて入れている。

 それなのに一年は三百六十五日らしい。宇宙は広いね。

 戻月と同じ習慣で生活をしていると、どうしても遅寝早起きになってしまう。

 活動時間が伸びた分睡眠時間も伸びたので、それほどストレスではない。

 むしろ良い眠りにつける。


 空の色が安定し始めた頃、樽に汲まれた水を皿に注ぎ顔を洗う。

 水道が通っていないこの家では、こういった新たな習慣を身に着けなければならない。

 顔を拭いて席に戻ると、ちょうどカルラさんが用意してくれた朝食をとる。

 主にパンとスープ、そして新鮮な野菜が出される。

 朝から重い物を食べれない俺にとっては、ちょうど良い朝食だ。

 この世界には米もあるらしいが、物価が高く手間もかかるため、主食はパンという家庭が多いらしい。


 朝食を終えると、カルラさんは『壊落地』へ赴く。

 残された俺はカルラさんの書庫で本を読み耽ったり、家の周囲を探索したりする。

 ただ、探索するときは必ずエルドさんと一緒だ。

 そうしないとカルラさんから外出許可がおりない。

 俺たちの暮らすクルクス森林には、俺たち以外の人間は住んでいない。その代わり、危険な生物が多数生息している。

 そのなかでも特に危険なのが『魔物』だ。

 魔物とはマナを持ってる生物のことで、マナを好んで食すと言われている。

 本来なら人も魔物に分類されるが、自分のことを魔物だと言い張る人はいない。

 ではどんな生物が魔物だと言われているのだろうか?

 たぶん前両足が体の比率に合わないくらい成長した一つ目の猿とかじゃないかな。

 俺はそうだと確信している。

 だって目の前にいるんだもん。

 前足がゴリッゴリに成長した一つ目お猿さんが。

 何こいつこわっ。

 体のバランス悪すぎだろ。

 瞳孔もえぐいくらい開いてるしめっちゃ充血してんぞ。

 まばたきぐらいすればいいのに。

 こんな気持ちの悪い、もとい危ない存在である魔物から俺を守るためにエルドさんは同行してくれる。

 エルドさんは見た目こそ一角獣ユニコーンであるが、その実力は凄まじく襲ってくる魔物を蹴りだけで蹴散らしてくれる。 

 もし俺が剣を持って立ち向かえと言われても勝てる気が全くしない。 その分パーティーメンバーに居るならこの上なく頼りになる存在だ。

 出会った当初はお堅い方なのかしら? と思っていたけど、実際に接してみると結構軽口をたたいてくれる。

 悪い兄貴分っていう感じのお仁だ。人じゃないけど。

 例にもれず、お猿さんもエルドさんによって撤退を強いられた。

 流石っす兄貴。

 さて、ではなぜ俺がそんな危険の伴う野外を歩き回るのかというと、魔術の修行のためだ。

 家の中で行い何かあっても責任を負えないので、外で練習をする。

 魔術は主に、何かを生み出すまたは何かを呼び出す『召喚』と、既存の対象の状態を変化させる『錬成』に分類される。

 俺が練習している魔術は『アマヅラシ』という『錬成』に分類される魔術で、対象である植物に直接魔方陣を描くことで発動する魔術だ。効果は対象の植物を曲げることができる。用途はよく分からん。

 魔法陣を描くのには時間がかかるので、その間はエルドさんがボディーガードとして魔物を寄せ付けないで居てくれる。

 流石っす兄貴。


 こうして午前を終え家に帰宅すると、カルラさんが昼食を用意して待っていてくれる。

 食事の時間になると、エルドさんはどこかに消えてしまい、一緒に食事をとることはない。

 なぜかと聞いたことがあるが、「食事をするとこを人に見られたくない」と仰っていた。

 一角獣ユニコーンのしきたりか何かなのだろう。

 本人が避けているようなので、俺も踏み込むことはない。

 

 昼食を終えると、俺は専業主夫へと転職する。

 朝食と昼食で発生した皿を洗い、前日のたまった洗濯物を手洗いし、家を汚す埃をくまなく掃っていく。

 一日が長いせいで手持無沙汰になることがよくある。時間を持て余すのも申し訳ないし、家事を引き受けると言った結果がこれだ。

 いいんですけね別に。住まわせてもらってる身ですし、暇な時間おおいですし、カルラさんの衣服に触れますし、役に立ってる感ありますし、感謝もされますし、それはそれでうれしいし。

 ……あれ? 本当に別によくね?

 ストレスフリーじゃないですかやだ~。


 家事を一通り終えると、今度はカルラさんに教鞭を執ってもらう。

 午前中にあった出来事をふまえながら、この世界について丁寧に教えてくれる。

 なんでこの人は、こんなにも色々と知っているんだろう?

 前々から思ってたけど、もしかしてカルラさんってやばい人?

 実際に国から追われてるみたいなこと言ってたし、街ではあんな格好してるし、実は大悪人だったりして。

 仮にそうだったとしても、カルラさんについて行くだろうな。

 国が勝手に悪人と決めても、俺がそう思わないから。

 だってこんなに綺麗で優しい人が、悪女な分けないじゃ無いですか。

 冷酷な時だってあるけど、美しい花には棘があるって言うけど!


「佳楠さん、聞いていますか?」


 俺が上の空のことに感づいたのか、カルラさんに指摘されてしまった。

 あちゃー、カルラさんの顔見つめてるだけで何も聞いてなかったのばれてたか。


「聞いてなかったんですね」


 いやーと笑ってごまかしていると、勝手に決めつけられてしまった。

 弁解しなければ。正解だけど。


「そんなわけ無いじゃ――――――」

「私に隠し事は無意味です」

 

 食い気味に否定されてしまう。

 そうだった。カルラには『対象解析』があるんだった。

 まったく、便利な能力だよ。


「ちゃんと聞いてください」


 カルラさんが怒ることは無いが、相変わらず素っ気ない。

 それでも、前よりは軽妙になった気がする。

 俺に心を開いてくれたってことか?

 まさか、脈あり?

 ……うん、ないな。

 女子と本格的に接したことの無い男の身勝手な妄想だ。

 こういう過剰な期待は自らの身を亡ぼす可能性が多分に含まれてるから、早急に排除しなければ。

 褐色さんはガンガンいこうぜとか言ってたけど、絶対相手にされる気がしない。それどころか幻滅されるまである。

 紳士だ。もてない男は紳士を取り繕い、相手がアタックしてくれるのを待つしかないのだ。

 早とちりするなよ。


 などと、なんやかんやでカルラさんとの空間を楽しんでる間に時間は経過しており、夜の帳が下される頃夕食をとる。

 夕食は朝食となんら変わりは無い。

 朝食で余ったおかずに一品付け加えるくらい。

 夕食にしては味気ないと思うかもしれないが、なんとこの世界ではこれが最後の食事ではない。

 

 夕飯を取り終えた後は薬漬けの時間、ではなく俺の源理能力である『想像干渉』の訓練が始まる。

 訓練と言っても、大したことはしない。

 カルラさんお手製の怪しい白い粒を飲み、脳を活性化させる。

 そうすることによって、通常時よりも頭の回転が早くなり世界が鮮明に彩られる。

 途轍もない即効性だ。

 視界に映るものすべてがスローモーションに見え、そのすべてがどこにどんな状況にあるのかが一瞬で理解できる。

 この状態で想像を行う。

 普段は曇りがかった不安定な想像が、まるで目の前の光景を筆で彩るかのような感覚。

 明晰夢を見ることが出来たら、こんな感じなんだろうか。

 そんな夢の時間はすぐに終わり、また現実が正常に動き出す。

 だが、俺の想像はしっかりと反映されたまま。

 白い粒を使えば、能力を使いこなすことが出来る。

 しかし、白い粒を飲むのは一日に一粒という決まりがある。

 カルラさんによれば、一日に二粒以上飲むと副作用が発生する危険があるらしい。

 だから薬の効果がきれても、感覚が残っているうちに普通の状態でも能力を使えるように努力する。

 この訓練も日課にはしているのだが、魔術ほど進みが良いわけではない。

 初めてこの薬を服用した日から何も変わっていない。

 はっきり言って成長できる兆しは全く見えていないが、「それでも能力を使うことが出来たという事実がある限り努力を怠りたくない。

 やっと掴めたチャンスだ、逃すなんて馬鹿なまねは絶対にしない。

 因みにこの薬の名前を尋ねたところ、まだ決めていないと答えられた。

 そういうとこに拘らないのがカルラさんらしい。


 源理能力の練習が終わると、入浴タイムに突入。

 この家は水道が通っていないので、魔法によって風呂を沸かす。

 風呂底に魔方陣が描いてあり、カルラさんが魔力を注ぎ込むことでお湯がでるシステムになっている。

 魔法陣を使用しているが、これは魔術ではなく『陣容魔法』という魔法の類らしい。もうわけがわからないよ。

 魔術は一度きりに対し、陣容魔法は魔法陣を消さない魔力を注げば限り何度でも使用できる。

 魔力を使用するから魔法らしいが、じゃあもう魔術の存在意義って……。

 それでもワタクシは、魔術を極めようと思います、サー!


 風呂を上がると本日最後の食事、夜食が待っている。

 夜食はひと味違う。

 一品二品しか出ないが、フレンチレストランのメインディッシュに出るような料理が出てくる。

 戻月でも食べたことがないよな豪華な料理に、舌鼓を打つ事が出来る。

 驚きだ、本当に驚きだ。

 多種多様な料理をつくっているカルラさんに驚きだ。

 この人は超人か何かか?

 

 夜食を終えるた後は、カルラさんのお仕事タイムが始まる。

 中身はカルラさんの鑑定品。

 俺はカルラさんの仕事に付き添うことが多い。

 紋章の掘られた石、宝石の埋め込まれた首飾り、達筆という名の汚い字が書かれた掛け軸、動物の頭蓋骨などなど、色々なものがひっきりなしに届くから飽きることも無いし、カルラさんの辛辣な査定も面白い。

 値段がつかないのもあったりする。

 なんちゃら鑑定団が続くわけだ。


 カルラさんの仕事が終わると、自室でまた想像干渉の練習を始める。

 これは誰にも教えていない秘密の特訓だ。

 ボールを動かしてみたり、複製する練習をしている。

 ない物を生み出すより、ある物をどうにかする方が想像しやすい。

 想像しやすいが、相変わらず成果は出ない。

 傍目から見たら、物凄く目力でボールを見つめている人という認識になるのだろう。

 集中すればそうなっちゃうの。

 魔術を体得した方がが現実的な気もするが、やっぱり想像干渉の方が思い入れが強いから練習時間はこっちの方が多い。


 こうして長い長い、本当に長い一日が終わる。

 学校もなければ部活もない。

 カルラさんとエルドさん以外の知り合いもいない。

 代わり映えのない毎日ではあるが、それでも時間がすぎるのは早かった。

ちょっとしたまとめ回です。

いやー、エルドさん登場するの久々ですね。

忘れてたわけじゃないんですけどね。本当ですよ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ