第11話 本心
お外でのお勉強会の成果を確認しよう。
魔法というのは、大きく分けて2つに分類される。
一つ目が『媒介魔法』
媒体に自分の魔力を繋げることによって、魔力を増大させる魔法。
そこから派生し、媒体をつかうすべての魔法の総称となった。
二つに『原聖魔法』
媒介魔法と違い媒体を必要とせず、丸腰でも行使することが出来る。
その代わり、莫大な魔力を要するため鍛錬や修行でなんとかなるものではなく、生まれ持った才能が大きく関わってくると言われている。
天候を操る、大地を変形させるといった魔法が該当される。
簡単に説明すると、媒介魔法は道具を用いるのに対し、原聖魔法は道具を必要としない。
俺がこれから習うのは、このどちらにも当てはまらない『魔術』というものだ。
魔術とは、魔法陣を描くことによって発動できる。
効力的には魔法と大差ないらしいが、魔力を必要としないという決定的な差異があるため一般的に魔法と別物として分類されている。
カルラさんから新たに教わったことはこれくらい。
正直完全には理解できてないし、そもそも魔法についてすらよくわかっていない。
それでも俺はもう後に引けないんだ。
きばってくぞー!
「ここまでの話を聞いて、まだ魔術を習いたいと思いますか?」
一人で高ぶっている俺とは違い、冷静な意見が飛んでくる。
カルラさんの言いたいことはなんとなくわかる。
魔術は媒介魔法のように普段使いが良いわけではなさそうだし、日常的に使用することなんてほとんど無いだろう。
攻撃的な魔法も旅人や傭兵などの職に就かない限り縁はないし、その戦闘や狩りにおいても時間がかかる魔術は不利にしかならない。
つまりは実用性が皆無、覚える意味が全く無いのだ。
そんなことわかってるけどさ、だけどそれでも魔法ってのは覚えたいだろ。
くやしいんだよ。これ以上俺だけ何も出来ないのは。
下位互換でもなんでもいい。
同じ土俵に立つことが出来るなら、もうなんでもいいんだ。
「源理能力を使えるようにする、というのはどうでしょうか」
「それは無理です」
即答した。
「カルラさんだって俺の話を聞いて、俺が能力を使えないことくらいわかってますよね」
カルラさんが申し訳なさそうに視線を落とす。
俺たちは今までいろんな会話をした。
その中には、俺の能力である『想像干渉』についてもあった。
そして、この能力が使えないと言うことについても話した。
俺は前の世界かいである戻月にいたときから、この能力を持っていることは知っていた。
だが本格的に使うことが出来ない。
この能力は、使い手の想像を世界に干渉、わかりやすく言えば想像を具現化させるという能力。
説明だけ聞いたらチート能力だと思えるかもしれないが、人の想像というのはあまりに不安定で完全に象ったもの想像することは出来ない。
故にこの力を十分に発揮することは出来ず、黒い靄が現れる程度にとどまる。
それをカルラさんの前で実践したこともあった。
「私は佳楠さんが能力を使えないとは思えません」
なんでそんなことが言えるんだ。
「……根拠はあるんですか?」
「前に私の前で、実際に能力を使ってくれたことがありました。その時の結果が何よりの根拠です」
カルラさんの言いたいことを察し、イラつき始める。
「あの時も俺の想像は正常に発動されなかった」
「でも佳楠さんの想像は、黒い靄という形で反映されてました」
屁理屈だ。
実際に俺が想像していたものとは違うものが生み出されたんだ。
「つまり佳楠さんの力が足らなかっただけで、能力は発動していたんです」
「何が言いたいんですか」
どんどん焦りが出てくる。
まるで今までの俺が否定されているような、笑われているような気がして。
「だから、想像力を鍛えれば良いと考えました」
あまりにも安直な考えすぎて呆れてしまう。
カルラさんともあろうお方が、何を言い出すかと思えば。
想像力を鍛える?
前の世界で俺がどれだけそのことについて考えたと思っているんだ。
毎晩毎晩夜も寝ずに考えても、結局答えは出なかった。
発想が良くなるだけじゃ意味ないんだよこの能力は。
明確な想像をする方法なんて無いんだ。
「方法を教えましょうか?」
優しい、母のように優しい声音。
カルラさんは微笑んでいた。
今まで笑った姿をあまり見せてこなかったカルラさんが、微笑んでいた。
その笑みは、決して見下すような穢れを感じさせない。
まるで救いの手を指し述べてくれる女神のように美しく見えた。
さっきまであんなこと考えていた自分が情けない。
「その方法を使えば、能力を使えるようになるんですか?」
「それは佳楠さんの努力次第です」
カルラさんなら、本当になんとかしてくれる気がした。
ただカルラさんに縋りたいだけなのかもしれない。擦り付けたいだけなのかもしれない。苦悩をしって挫折してほしいだけなのかもしれない。
そんな汚い思惑が、俺の中には絶対ある。
だがそれでも、悩み、落ち込み、苛まれ、卑屈になり、能力という存在から逃げていた今までのすべてを本当に助けてくれる、そんな気がした。
「方法を……教えてください」
「わかりました。では善は急げです。家に戻りましょう」
カルラさんは安心したように肩の力を落とすと、荷物を持って家へ向かい始めた。
「家で行うんですか?」
「ある物を使う必要があります」
ある物? 道具でも使うのか?
想像力を鍛えるために道具?
俺では考えられなかった方法を早速披露してくれるというカルラさんに、俺は期待せざるを得なかった。
足早に帰宅すると、カルラさんは廊下へ消えていき、俺はリビングで待たされること数分。
この家にもう何日も済んでいるが、未だに自室と風呂場とこのリビングと、あとトイレか。
それくらいしか入ったことないな。
他の部屋にも入ってみたいけど、あんまり踏み込み過ぎるのも危ないよな。
「お待たせしました」
部屋に戻ってきたカルラさんの手には、小指の長さほどの一つの小瓶が握られていた。
「佳楠さんにはこれを飲んでもらおうと思います」
差し出された小瓶を手に取ると、まじまじと中を見つめる。
中には白い粒がいくつか入っている。
うーん、これどっからどう見てもあれだよな。やばい薬だよな。
これを飲めってことは何かしらの効能があるってことだろうけど、想像力を鍛えるための効能ってなんだ?
中々薬を取り出さない俺に、カルラさんは説明をする。
「その粒には脳を通常の何倍にも活性化させる働きがあります」
「脳を活性化って、危なくないんですか?」
「確かに危険ではありますが、効果時間は3秒と短いですから脳に異常をきたすほどではありません」
えー、三秒って結構長いよ。
変な生き物とか見え始めたら嫌なんだけど。
「それに私特性の薬ですので、安心してください」
カルラさん特性か……なんか逆に怖いな。
いまだに何やってるかわからないし、俺についても知りたいみたいだし、もしかしたら解剖される可能性があるわけないだろうけど。
「私のこと、まだ信用できませんか?」
え?
意外な言葉だった。
まさかカルラさんがそんなことを言うとは夢にも考えなかった。
俺の事なんて観察対象としか見ていないんだと思っていた。
感情を表に出すことは少なく、何事も一人でやって行けそうなカルラさんが。
現に今だって、発した言葉とは裏腹にその端正な表情は保たれたままだ。
そんなカルラさんが、俺に信用されたいと言ってくれた。
あぁなんか、なんかうれしい。
そして、やっと気づくことが出来た。
俺は今まで勘違いをしていたのだ。
カルラさんが俺のことをどう思っているのか分からなかった。
だから、カルラさんが俺のことを信用してくれていると思ってなかった。
でも違った。
カルラさんは、俺のために尽力してくれた。質問をしたら答えてくれるし、要望を言うとできる限り叶えてくれた。
カルラさんは俺に信用されたかったのだ。
ただの思い込みかもしれないけど、そう考えても悪くないだろ。
ほんとに馬鹿だな、俺って。どこまでも自分主体でしか考えてない。
「信用してるに決まってるじゃないですか」
瓶から粒を一つ取り出すと、勢いよく口に運び。
カルラさんは鳩が豆鉄砲をくらったように驚いていた。
見たことも無い表情だ。
まさか、いきなり飲み込むなんて思ってもみなかったのだろう。
してやった……り?
え、あれ、おかしい。
体が思うように動かない。
体が重いわけではないな。
なんだこれ、やけにスローモーションだ。
音も聞こえない。
だけど視界は良好。
頭も冴えている。
あ、この感覚、あの時と似ている。
トラックに轢かれそうになったあの瞬間と。
戸惑っていると、カルラさんが一枚の紙を取り出した。
紙には「目の前のテーブルに置いてある鉛筆をもう一本想像で複製してみてください」と書いてある。
よく理解できないままテーブルの上に転がっている鉛筆を発見。
深緑で長い。芯は鋭く削れている。
そう心の中で数回復唱し、鉛筆の全てをじっと目に焼き付けてからそっと瞼を閉じる。
複製と言っていたから、テーブルの上に想像する鉛筆は一本ではなく二本。
一本じゃなくてその横にもういっぽ……あれ?
不思議な感覚だった。
自分の想像のはずが、まるで脳内で再生されているかのように鮮明な映像が映し出される。
すっと瞼を開くと、テーブルの上には寸分たがわぬ鉛筆が二本あるように見える。
いや、本当にあるんだ。
俺はとっくに想像するのをやめている。
なのに鉛筆は残ったまま。
これは……。
「ちゃんと発動できたみたいですね」
いつの間にか体は元のように動き、音も正常に聞こえる。
そして鉛筆は、一本増えたまま。
信じられず、想像した鉛筆を手に……手に取れる。
「カルラさん! これって!」
「佳楠さんが想像した鉛筆ですよ」
俺が想像した鉛筆!
俺が生み出し鉛筆!
歓喜で胸がいっぱいになる。
一度も使うことが出来ずコンプレックスにすらなっていた能力が、ようやく正常に発動してくれた。
「やっった……出来たんだ……やったよ……母さん」
あふれ出す涙は止まることを知らず、ただひたすらに零れ続けた。
ラムネっておいしいけど、常に食べてたらやばい人に見えますよね。