第10話 初めての魔法
あれから数日が経過し、俺達はまたしても家の近くの少し開けた場所にいた。
もちろん街に行くわけではない。
ついに今日から始まります魔法の修行。
ここ数日間、いやこの世界に来てからずっと勉強漬けの毎日だったから、この時をどれだけ待ち望んでいたことか。勉強もそれなりに楽しかったけど。
今までの成果を見せるの時はきた。
「では始めます」
最初に行われるのは、カルラさんによるデモンストレーション。
持っていた巾着袋から拳大の黒一色に染まった石を取り出すと、それを左の掌にのせ、逆の手で蓋をするように覆う。
この石は魔鉱石と言って、魔法の修行でよく使われるものだそうだ。
「危ないので、二三歩下がってください」
指示通り二三歩下がると、カルラさんの手にがやわらかな朱に淡く輝き出す。
朱は段々と紅へと変色していき、いつしか火花を散らし始める。
カルラさんが右手を徐々に浮かせ始めると、右往左往に散っていた火花が、右手に誘われるように上へと動きを変える。
火花は一つに纏まり、炎が姿を現す。
そして、カルラさんの右手が勢いよく振り上げられると、せき止められていた炎は天高く舞い上がり、火柱へと変貌を遂げる。
「すげぇ」
手品のような不審な動きがあるわけでもなく、ごく自然と行われる一挙手一投足。
そこから生み出される非現実的現象。
これだよこれ! 俺が見たかったのは。
今まで何回かカルラさんが魔法を見せてくれたが、地味なのが多かった。転移魔法にはさすがに興奮したけど。
やっと目にすることが出来た妄想通りの魔法。
それを俺も使えるようになる。
希望に胸を膨らませ、カルラさんの魔法が終わるのを待つ。
火柱は一向に衰える気配はなく、範囲を拡大している。
鬱蒼とした森林の中で炎魔法。いくらこの場所が開けてるといっても、少しのミスで周りの木々に燃え移るのは当たり前。
カルラさん? それ以上いくと、結構やばいっすよ。
もう十分見たんで、終わっていいっすよ。
カルラさんを見ると、恐ろしいことに彼女は僅かに笑っていたのだ。
ここら一帯でも焼き払うつもりかよ。
「カルラさんもう魔法を止めてください。でなきゃここら一帯が焼け野原になっちゃいますよ」
カルラさんは少し落ち込んだような表情でこちらに顔を向けると、わかってますとぼそっと呟いて右手を魔鉱石に被せた。
火柱は姿を消し、木々も焼けている様子はない。
そのことに安堵していると、カルラさんが俺に魔鉱石を渡してきた。
「次は佳楠さん番です。今のようにやってみてください」
「はい」
受け取った魔鉱石は温かく、先ほどの光景が現実だと実感させる。
俺がこれから行うは魔法は、『媒介魔法』と呼ばれる魔法だ。
そもそも魔法というのは、空気中にある魔素を体内に取り込み、マナと呼ばれる器官を通して魔力へと変換する。ただ、その変換量は少なく、生身で魔法を発動することは出来ない。そこで、魔素を含んだ物質を媒体とすることで、媒体の中にある魔素を自身の魔力で結び、魔力量を増やすことによって魔法が発動できるらしい。媒体にする物質は、魔素を含んでいるなら何でものいいそうだが、基本的には人工的に作られてた杖が使用されている。
因みに魔鉱石は特に魔素が多く含まれている物質らしく、魔法の練習にはうってつけらしい。
別段希少というわけでもないので、一般の家庭には一個は置いてあるそうだ。
他にも色々教えてもらったが、つまりは何かを通さないと魔法は使えない。これだけを覚えとけば取りあえずオーケーだろう。
ぶっちゃけよく理解してないし、理論とかは難しいから全くわからん。
カルラさんが見せてくれたのは、纏炎と呼ばれる、媒体を炎で覆うだけの簡単な魔法。炎にする理由は、ある程度不安定でも生成しやすいからだそうだ。
火の大きさによって、大体の魔力量がわかってくる。多ければカルラさんのように溢れかえり、少なければ僅かに変色するだけ。
はてさて、俺はどんくらいの魔力を持っているやら。
カルラさんと同様に魔鋼石を両手で包み込む。
よしっ、と一言気合いを入れ、魔鉱石に力を注ぎ始める。
全身の流れをすべて集結させるように、手に込める力を強めていく。
魔法の発動させかたは存外シンプルなもので、想像力が大いに関わってくるらしい。
魔法を構成するのが魔力で、発動させるのが想像力と言ったとこだ。
そして、両目を閉じ、小さな火種を想像する。
火種はとても小さく、暗闇の中でも目立つことはない。
それが次第に存在感を大きくし始め、燃えたぎるような炎へと変貌を遂げ……あれ?
魔鉱石が変化していない。
おかしいな、教えてもらってたとおり、魔鉱石に力を注ぎ、炎をイメージしたはずなんだが。
もっかいやってみよう。
えーと、全身の流れを魔鉱石に集めるようにして、炎をイメージして……何も起きない。
簡単だって聞いたんだけどな。
「何も起こらないんですけど……」
「魔鉱石に触れたとき、何か感じましたか?」
「えっと……温かかったです」
「それだけですか?」
「……堅いと感じました」
カルラさんは黙り込むと、顎の前で拳を握り観察するように俺を見てくる。
嫌な予感がした。
そんなまさか、だってカルラさんだって誰でも使えるって言ってたし、そんなことあるわけない。
そう信じたかったが、答えはすぐに出てきた。
「落ち着いて聞いてください」
その瞬間に悟った、俺は魔法を使えないのだと。
「佳楠さんは今、魔法が使えない状況にあります」
「……え?」
答えは俺の予想と違っていた。
魔法が使えない状況、つまりは魔法が使えなくなるかもしれないとうことだ。
「佳楠さんの体は、理由はわかりませんがマナが機能していません。塞がっているといった方が正しいでしょうか」
「どいうことですか?」
「マナが他の器官と繋がっていないせいで、機能していないのです」
「なんでですか」
「わかりません」
ちょっと混乱してきた。
俺のマナは機能していないし、その理由もわからない。
いや、理由の方は大体予想がつく。
戻月には魔法がなかったんだ。
きっと戻月の全員が、マナの機能していない、もしくはマナそのものを持ちえない体に進化したと考えられる。
そこはどうでもいいんだ。
今知りたいのことは他にある。
「それで、俺は魔法を使えるようになるんですか?」
「……わかりません。多分、使えない可能性の方が高いと思います」
またこのパターンか。
俺の人生はいつもそうだ。
大きな希望を持たされたと思ったら、どん底に落とされる。
早くして死ぬし、なんだよこの不幸な人生。
もう悲しみを通り越して呆れるまである。
「ただ……」
「……ただ?」
「魔力を使わない魔法なら使えると思います」
「……はい?」
魔力を使わない魔法?
そんなもの教わった覚えがないぞ。
てか、魔力を使わないのに魔法って言えんのかよ。
「魔法には、魔力を駆使せずとも発動できるものがあります。正確には、魔法と異なったものになるのですが」
「初耳です」
「覚えるのが必要がない思ったので、教えていませんでした」
なんでだよ、ちゃんと教えてくれよこのお茶目さんめ。
「教えてください! 覚えます、絶対!」
希望は残されている。
俺の人生も捨てたもんじゃないな。
そう自分を励ましてみても、心の不安が消えることはなかった。
いつも絶望してんなこいつ。