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PeTItionS~峡間の二重ノンブル~  作者: 知疏
第一章
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第1話 解かれたターバン

……

………


……

………


……昨今、異世界召喚や異世界転生などが題材の創作物が人気になってきている。その影響で、もしかしたら何らかの方法で異世界に行いけるかもしれないと思う人も少なくはないだろう。そんな人たちは、「異世界の行き方」などのネットに転がっている荒唐無稽なオカルト系の話をなんとなーく、できないと分かっていながら試すのだろう。

 世間的には馬鹿だの時間の無駄だの言われるかもしれない。それでも夢やロマンを追いかけることは素晴らしいと思う。なぜなら、今まで人類を進化させてきたのはそんな探究者達なのだから。

 そして俺も人類に貢献するかもしれない思想の持主であり、今もある『世界五分前仮説』とか言う、悪魔の証明を解き明かす準備の真っ最中……の動画を見ている。俺は異世界に行きたいと強く思うのだが、1回も儀式などしたことがない。言っておくが、俺はビビりなどではなく、本当に異世界に行けないと分かっているからやらないだけ。無駄なこと時間と資金をかけて行っている馬鹿な人たちの勇士を見届けるためであって、断じて暗い部屋の中、一人で蝋燭を見つめることが怖いわけではない。


「かなーん! 迎えに来たぞー!」


 いつも通りのやかましい声が窓の外から聞こえてきた。

 無駄に早起きな俺の無駄な日課を終わらせるお告げだ。


「もうそんな時間か。それにしても来るの早くないか」


 針先が七時五分回っている時計を見ながら、そんなことをぼやいてしまう。

 今日も収穫なしか。

 イスから立ち上がりカーテンを開けると、空を覆う天井が根暗な俺をあざ笑うかのように燦然としている。

 神様仏様雷様妹様、誰でもいいので異世界に飛ばしたり、異能力をくれたりしませんかね?

 ……返事なしっと。

 そろそろ真面目に、この無駄趣味も終わらせないとな。

 パソコンの電源を切り、のたのたと支度を始める。

 だらだらっと制服に着替え、ばさばさっ髪をとかして一階のリビングへ向かう。


「ほら佳楠! もう遠谷君が来てるのよ、早くしなさい!!」


 リビングの扉を開くと同時に、母親からのお叱りを受けてしまった。

 適当に返事をしつつ、テーブルの上に置かれている朝食をのんびりと食べ始める。

 テレビに映っているニュースには『第一基地、規格外の無人兵器を開発!』という、何とも物騒な内容が流れていた。

 戦時下において、相手にとって未知の武器を開発できことは大きなアドバンテージになります。と何専門か分からない頭の禿げあがった専門家が喋っている。

 こういう奴って全員胡散臭いよな。

 あんまし真面目に聞きたかないが、担任の板倉が騒いでそうだな。

 話を振られて答えられなかったら面倒だし、一応頭に入れとくか。


「なに悠長にしてるの! 早く行きなさい!」


 ワンモア怒鳴りが飛んできた。

 ワンモアって使いかたこれであってるっけ?

 まぁいいか。

 空食器を洗い場に運ぶと、母から弁当を渡される。

 ほらほらと急かされながらも弁当を鞄に入れて玄関へ向かい、マフラーと手袋を装着。

 見送りをしてくれる母親に、行ってきますと一言つげて扉を開く。

 不愛想にツンとした風に目を細めながらも、身震いをしている遠谷を確認。


「おう、お待たせ」


 だが謝りなどしない。

 なぜなら相手が遠谷だから。


「おっせーよ! 凍え死ぬわ」


 朝っぱらから騒がしい奴だ。

 そんなに騒いでるなら体だって温まるだろ。


「お前が早く来ただけだろ」

「そう? まっ、行こうぜ! こんなとこに何時間もいられるかよ」 


 俺の少し不機嫌じみた言葉を意に介さず、もはや自分の不機嫌さえも忘れたように遠谷は歩き出した。

 

「別に何時間も待ってねぇだろ」


 ぶすっとこぼした愚痴が、白く消える。

 十二月の気温は設定上低く、上空を覆うドームからは何で構成されたか分からない雪が降っており、地面が凍結している。

 うぉ!

 言った傍から転びそうになったが、咄嗟にポケットから手を出しバランスをとる。

 あっぶねー。朝から恥かくとこだった。

 足元がおぼつかない俺と違い、遠谷はすいすい進んでいる。

 なんでそんなに早く歩けるんだ、靴の裏に針でも仕込んでんのか?

 

「おや佳楠、おはようさん」


 地面に集中していた視界を声の聞こえた方向に移すと、そこには防寒着を着込んだシャル婆がいた。

 八十を過ぎたとは思えないほど元気オーラが溢れており、老い先短い身とは思えない。


「おはようございます。お散歩ですか?」

「そうだい。健康を保つには適度な運動が必要んだよ」

「そうなんですね。自分も見習わなくちゃ」

「佳楠はまだ若いから大丈夫さね。ただこの雪、年寄りにはちと来るもんがあるね」


 そりゃそうだろう。今朝のニュースで気温が10℃を下回ると言っていた。

 ご老体にはさぞかし厳しいだろう。


「もう少し、少なくてもいいんじゃないかねぇ」

「こういう所だけキッチリ再現しなくてもいいですよね」

「もっとやるべきことがあるだろうにねぇ」

「ははは。確かにそうですね」

 

 長寿様のありがたいご意見に愛想笑いで答える。


「おーいかなーん! いくぞー!」 


 いつの間にか遠くまで進んでいた遠谷が、手を振りながら月曜の朝とは思えないほどの大声をあげている。

 せわしない奴だ、羞恥心ってのをもっと大事にしてくれ。

 ああいう声ってのは意外と家の中にまで入ってくるんだぞ。


「ふっふっふっ。若い子は良いのう」


 あれを若さと読んでしまったら、現代の若者は大概バカになりますよ。


「すみません、呼び出されちゃいました。それでは失礼させて頂きます」

 

 シャル婆に会釈をし、遠谷の元へ向かう。

 もちろん走ったりなどしない。

 転ぶ可能性がある、というのもあるが、遠谷ごときに急ぐ必要がないからだ。

 なぜなら遠谷だから。


「早くしろよな。どんだけ俺を待たせるんだよ」

「仕方ないだろ、シャル婆に話しかけられたんだから。近所付き合いは大切なんだよ」

「はいはいそーですか」


 遠谷は不貞腐れたような返事をすると、俺に合わせていた歩幅を拡げ、またもやスイスイと進んでいく。

 なんだコイツ? 妬いてんのか?

 置いてかれ無い様、仕方なく速度を上げる。 

 反対にもうすでに交差点に辿り着いていた遠谷は、赤信号の前で転ぶ様子もなくピタッと足を止めた。

 やっぱ針仕込んでるだろ。


「でもやめた方がいいぞ」


 やっとの思いで追いついてやったのに、振り返り友人からは否定が飛んできた。


「何が?」

「黒魔術の研究」

「研究なんてしてねぇよ」

「そうじゃなくて夜更かしだよ。俺たちもう受験生なんだぜ」


 でた優等生発言。別に優等生でもないくせに。


「ちょっとくらい良いだろ。偏差値だって高くない高校志望してるし」

「でも、もし合格できなかったらどうすんだよ」

「そんときゃそん時ってしか言えないでしょ」

「だからそうじゃなくて……」


 口ごもってしまったが、何を言いのかはわかる。

 おちょくってやろうかと思ったが、遠谷の物憂げな表情に抑止させられた。


「まぁ、俺が落ちるなんてまずないから、自分の心配でもしてろ。一緒の高校いけないのは嫌だろ」

「……うん」


 何を運んでいるのか分からない軍隊の大きなトラックが、頼んでいないのに冷たい空気をさらに冷やして届けてくれた。くるぶしや首など、服の隙間をぬって入ってくる風に凍えなが、俺も遠谷も雪を被った地蔵のように押し黙った。

 幾度も経験したが、いまだに慣れる気配のない空気。

 大通りを横断しているせいなのか、途轍もなく長い待ち時間を要される信号がいつも以上に長く感じる。

 腹を立てているわけではないが、誰ともなしに文句をぶつけてしまう。

 

「そういえばさ、今朝のニュース見た?」


 終始しゃがれながらも、遠谷が打破してくれた。


「どれのことだか知らんが、ニュースはらしいニュースは二つしか見てない」


 横に並びんだ俺たちは、二人同じように上着のポケットに手を突っ込んで信号が変わるのを待つ。


「何のニュースだった?」

「天気予報」

「確かにニュースらしいな」


 遠谷がケラケラと笑ってみせた。


「んで、もう一個は?」

「日本が新しい兵器開発したやつ」

「そう、そのニュース」

「それがどうした」

「どうしたも何も、佳楠にとっては中々に面白いニュースだったんじゃないか? ほら、お前って無人兵器の操縦得意じゃん」


 はっ、からかってるつもりか?


「得意だからと言って、必ずしも興味を持つわけじゃない。将来は物騒の文字とは関係ない、きれいな職場につくのが俺の目標だ」

「このご時世に何を言ってんだか。相変わらず捻くれてんなぁ。佳楠の腕なら国からスカウトされるかもしれないのに、もったいない奴だ」

「国にとってもったなくても、俺にとってはどうでもいいの」


 確かにな、と遠谷が愛想笑いのように笑った。


「それに俺くらいの奴なんざザラにいるだろ。それに俺は旧型銃の方がしっくりくる」

「ほんと、あんなに手ブレする銃を使いこなせるよな」

「才能が違うんだよ才能が」


 遠谷を挑発するように、頭をトントンと指でつつく。


「かーっ、うっぜ。お前なんかこうしてやる」


 俺のことを掴もうと伸びてきた手首を軽くひねり背中を抑える。

 ギブギブと遠谷にタップアウトさせているうちに、いつの間にか信号が青に変わっていた。

 仕方ない、離してやるか。

 力を緩めると遠谷は何もなかったかのように抜け出し、横断歩道を小走りで渡り始めた。


「急にどうしたんだ?」

「いや、さすがにゆっくりしすぎたかなって。今朝の朝礼、俺たちのクラスが準備担当だっただろ」

「朝礼……? あぁー」


 先週の帰りの帰りの会で担任がそんなことを言ってた気がしてきた。 


「やっと思い出したのかよ。早く行くぞ」


 それで遠谷は早く来たのか。

 今頃理解しつつ、青になった信号を渡り終えている遠谷を追って走り始める。

 だが、追いつく事は叶わなかった。

 唐突な凄まじい眠気に襲われ、横断歩道の白線の上で転倒してしまう。

 何だこれ?

 眠気というよりは意識が奪われるような感覚。

 やばい、おちる。

 取り敢えず立たなきゃ。

 わけのわからない状況にプチパニックを起こすも、すぐに眠気は消し飛んだ。

 なんだったんだ……。

 横断歩道の上で動けないでいる俺に気がついた遠谷が、ニヤニヤしながら近寄ってきた。

 チッ、こういうことには目ざとい。

 遠谷から見た俺は、横断歩道の上でこけただけのダサいやつに見えているのだろう。

 おもちゃを見つけた子どもみたいな顔しやがって。

 遠谷のニヤケ面を見たら、少し頭が冷えてきた。

 今日一日弄られるだろうが、スルーすればいいか。

 遠谷から差し出された手に、過剰な力を込めて掴み返す。


 ―――瞬間、響き渡るクラクション。

 

 反射的に視界を移すと、死の権化と言わんばかりに迫りくる自動車が目に映る。

 

「危ない!!」


 瞬時の判断で、なんとか遠谷を押しのける。

 だがその反動で俺は腰を落としてしまう。

 あ、死ぬ。

 そう思ったと同時に、頭に熱が立ち込める。


(―――メ―――イ―――シ――――テム―――ステ――――――)


 妙にはっきりとした声が流れたが、それを覚えられるほど余裕はない。

 クラクションが響くのをやめ、世界が猶予を与えるかのようにゆっくりとした動きに変わる。

 俺、死んだな。

 確信できた。

 

 世話焼きな母が微笑しながら弁当を渡してくれる。

 いつも仲の良かった二人と一緒に、公園でサッカーをしている。

 葬儀の場で、遠谷が延々と泣いている。

 パソコンの画面に『死後』の文字が映っている。

 

 見えるはずのない懐かしい光景が、次々と脳裏に浮かんでくる。

 あぁ、これが走馬燈ってやつか。

 威張っていたな、カッコつけていたな、怖がっていたな、恐れていたな、楽しんでいたな、後悔したな……。

 過去の記憶に浸りながら様々なことを考える。

 それと同時に、生に対する渇望と死に対する恐怖が膨張し始める。

 死ぬのか?  

 たった十数年の人生で終わるのか?

 こんな中途半端なところで終わらせていいのか?


 涙を流す時間なんて与えてくれないが、妙に冴えている脳が考える時間だけは与えてくれた。

 終わらせたくない。

 生きたい、まだやり残したことがたくさんある。

 死にたくない、こんなところで。

 生への執着心が更に高まり、死に物狂い体を前に傾ける。

 どう足掻いても手遅れだと分かっていながら、ただひたすらに進もうとする。

 

揺れ蠢く視界が、倒れ込んでいる友人の顔を捉え、俺の視線とそいつの視線が、奇跡的と言えるほどに強く交わった。

 遠谷の顔には悲壮と凄惨が滲み出ている。

 ひどい顔だ。そして、普段馬鹿みたいに笑っている遠谷をそんな顔にさせてしまうくらい、今の俺は……。

 自分の情けなさに、なんだか悲しくなってくる。

 ダメだろ、遠谷にこんな顔させちゃ。

 こいつの弱さを忘れたわけじゃないだろ。

 死ぬ覚悟を決めたわけではないし、生に対する執着心が消えたわけではない。

 だが、大切な親友に見せる最後の顔くらい、マシなものにしないと示しがつかないよな。

 肩の力を抜き、恐怖で歪んでいた表情を無理やり鎮めこませ、いつもの表情で、いつも以上に強く見つめる。

 再度遠谷と視線が交わったのを確認すると、静かに、だが確かな力で目を瞑る。

 瞼の裏には、過去の記憶と後悔が濁流のように流れ込んでくる。

 そんな中、一際浮かんでくるのは母の笑顔と、それに対する罪悪感。

 母さん、先にいなくなってごめんなさい。親不孝な息子でごめんなさい。ろくに力も操れない俺をここまで育ててくれてありがとうございました。どうか、お元気で。

 

 過去の幻想に今生の別れを告げる。

 だが、決して死を受け入れたわけではない。

 生きていいと神様が言うなら、俺はその言葉に縋りつくつくだろう。

 でも、この世界に神様はいない。

 俺の持っている選択肢は、大人しく死を待つことだけだ。

 せめて力を扱えたのなら、なにか変わっていたのかもしれないが、悔やんでも遅いか。

 始まりがあれば、終りもある。

 当然のことだ。

 後はもう、死んで終わり。

 今までの全てがなくなる。


 ただそれだけなのに、恐怖心が消えない。

 いつの間にか走馬燈はみえなくなり、思考が死後についてへと変動していた。

 

 死んだらどうなるんだろう。

 誰もが一度は考えたであろう、人類最大の疑問。

 考えてもしょうがない疑問だが、どうしても考えてしまう。それも悪い方向に。

 様々な仮説が頭を過り、死への恐怖が増幅する。

 瞼の裏側の色に、途轍もないほどの物恐ろしさを感じ、無意識的に目を開く。

 俺の視界が最後に捉えたのは、ただの一度も超えたことのない、無機質で仮初めの円蓋という空だった。



 ―――


「あっぶね~、どんなタイミングで発動してんだよ。危うく死ぬとこだったぞ」


 車頭に制服を引っ付けて走り去っていったトラックを目で追いながら、男は溜息交じりに呟いた。


「あの車スピードの出しすぎで上手く止まれなかったのか。雪降ってんだから考えろよ。とは言え、何とか成功したみてぇだな」


 反対車線にいる遠谷の様子を気にしながらも、眉間に皺を寄せながら天を仰いだ。


「あとはあいつが見ていないことを祈るしか、ないか」


 再度、佳楠が轢かれていたであろう道路を見つめながら、今度はしっかりとした口調で呟く。


「踏ん張れよ佳楠。俺もすぐに追いつくからよ」


 男は額に結んであったターバンをそっと解いぎ、ざわめく人込みの中から姿を消した。

皆さん初めまして、「知疏」と申します。

初めて小説を投稿し始めました。至らないところが多いと思いますが、どうぞ宜しくお願い。

あと活動報告にてなんか言ってますので、そちらもご覧ください。


追記2017/02/06

この回は作者の力不足により何回も改変される可能性があります。

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