1話 ただの地球人ですが
「たーだいまー」
35年ローンで買った我が家、住み始めて5年。
かなり無理して買った。
「おかえり」
反抗期の入口に入った娘が、ジャージ姿でテレビ見ながら、
こちらを一瞥もしないで返答する。
別にいいんだけどね。
反抗期だし。
妻はパートが早朝からなので、8時には寝てしまう。
朝方4時に起きて家事をしたら、6時には出社する。
俺は朝6時過ぎに起きて7時前に出社、
帰宅は8時過ぎ。
完全にすれ違いだが、俺の休みの日は俺が家事をする。
その時に家族揃ってコミュニケーションをするのだ。
明日は休日、食べたい物のリクエストを聞く。
「明日、何食べたい?」
「何でもいい」
「じゃあカレー」
「ええっ! ヤダ~!」
「なんでヤなんだよ。何でもいいって言ったろ。」
「だって辛いんだもん。」
「辛くないカレーはお子さまカレーだぞ。まだお子さまなのか?」
「う~、わかった。ハヤシライスにする。」
ハヤシかよ。
まあ、作り方は変わらないけどね。
明後日はオムハヤシになるから楽だし。
「うむ、わかった。
それと、いつまでもそんな格好しないでシャワー浴びて着替えろ。干物女になるぞ。」
「今やろうと思ってた!」
ムッとしながら風呂場に向かう娘。
俺はラップしてある晩御飯をレンジで温める
今日はササミカツとキャベツサラダ、キュウリの酢の物。
野菜が多い。
脳梗塞やってから、ヘルシーメニューになっている。
何しろ、高血圧、高血糖、高脂血症の三役揃っているのだ。
医者から薬をもらってるし、精神安定剤も飲んでる。
結婚してから数年で、ストレスがたまりまくった。
自分勝手に生きたツケだろう。
自業自得だ。
今は少しでも頑張って、生活を支えないと。
俺は大黒柱なんだから。
[気分はどう?]
あれ?
そういえば、俺は・・・・
そうだ! 事故に遭って・・・・・
[意識だけダウンロードしたの。ここは情報収集船ナスカ。貴方は今、メインコンピューターのメモリ領域に意識と記憶だけで存在してるの。]
気がつけば周りは白い霧に包まれている。
自分の姿さえ見えない。
意識だけ浮いてる感じだ。
ってか、誰?
姿も見えないし、なんだかよくわからん!
ダウンロードってナニ?
俺はいったいどうなって!
・・・・・いや、まず落ち着け、ってか、深呼吸も出来ない。
パニクってはいるが、ドキドキすらしない。
明らかにおかしい。
[落ち着いて。これから説明するから。]
意思に何かが流れ込んできた。
・・・・・これは情報の塊か?
まずは自分の情況。
自分は事故で死んだらしい。
そして、意識と記憶だけ回収された、と。
回収したのはアレフ星の調査官、名前はエリナ。
画像ウィンドウが展開して、当人が挨拶した。
・・・・・うーむ、子供にしか見えない。
ウチの娘が7歳の頃に似た背格好じゃないか。
あと、可愛い、耳が長い。
ファンタジー系のイラストのエルフ、ロリエルフやん。
これで成人、年齢的には95歳位らしい。
アレフ人の平均寿命は600歳、
長生きなら800歳を越えるらしい。
精神を発達させた為に、肉体的には幼体で止まったようだ。
あと、念話の能力が有るらしい。
ただし、短距離。
文明的には星系外宇宙に進出したばかり。
画期的な航法、「亜空間ドライブ」を確立させて5年ほど。
今はアレフ星系の周辺の探索を行っている。
地球を発見したのは1年ほど前。
調べた結果、文明レベルが低い為に直接の接触は避けた、と。
当たり前だよね。
年がら年中戦争して、憎しみ合い、殺し合い。
地球内の平和統一も無理、欲望でドロドロ。
こんな連中に高い文明なんて与えたら、自分達が滅ぼされ兼ねない。
ただ、気付かれないように調査はしていたらしい。
月の軌道上、重力の安定した宙域に留まり、電波やらネットやら、傍受してた。
その一環として、精神ダウンロードによる意識体サンプルを収集した、その成功例が俺、って事。
ただし、本来は精神ダウンロードの予定は無かった。
曰く、成功確率が低い。
一定の条件下で、タイミングが良くないとダメらしい。
適性も有る。
では、何故、精神ダウンロードをしたのか?
地球調査中に、母星が侵略された。
今いる月軌道から母星系まで1ヶ月以上掛かる。
特殊な通信方法で、連絡が届いた。
武装宇宙船を持たないアレフ人達は、ほぼ無抵抗で敗戦した。
ってか、何の備えも無かったのか?
お花畑だろ?
いや、当たり前か。
彼らも自分達以外の知的生命体を探していたようだ。
脅威も無いのに備える訳がない。
そのうえ彼らは歴史的に争いらしい争いが無かったのだ。
我々地球人ならいざ知らず、彼らにはノウハウが無い。
それに、何の前触れも無かったそうだ。
いきなり現れて母星を制圧したらしい。
この宇宙船、「情報収集船 ナスカ」の乗組員達10人は、母星の侵略を受けて協議した。
そして、まだテスト段階の精神ダウンロードで地球人の精神と記憶を回収、母星を助ける為に協力してもらう事にした、と。
うーむ、大体事情はわかった。
しかし、俺で良いのか?
ただの地球人ですが?
・・・・確かに俺は元ゲーマーだ。小学生から大学にまでシミュレーションゲーム、社会人になってからはTRPG、そしてカードゲームや輸入ボードゲームを遊び倒した。
ゲーム論理を独学で覚え、孫子は座右の書。地政学もかじっているし、ミリタリーオタクでもある。
でも、専門家じゃない。
・・・期待されても困る。
画像ウィンドウの中のエリナさんが真剣にこちらを見ている。
他の手段は無いらしい。
他をあたって欲しい所だが、その場合は俺に価値は無くなる。
また、次のダウンロードが成功する確率も低い。
・・・・わかった、やる。
エリナさんがほっとした表情を浮かべた。
やるならまず、情報収集と分析からだ。
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あ、その前に、体が欲しいんだけど。
「メディカル用のバイオロイドがあるから、それにインストールしますね。」
小学2年生位の耳が長い男の子が、スクリーンの中で挨拶している。
・・・・・ショタエルフやん。
当然か。
ちなみにメディカル用バイオロイドとは、医療サポート用のアシスタントらしい。
非常時には手足や各種臓器を怪我人に提供できるとか。
船内には男女一体ずつ2体のメディカル用バイオロイドがいて、医療に従事している。
そのうち一体を提供してくれるみたいだ。
スクリーンの中のバイオロイドが診察用の椅子に座り、首筋に有るコネクターにジャックを差し込むのが見える。
「それでは、インストールします。」
気がつくと、俺は椅子に座っていた。
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中身は変更するかも知れません。
週1回、土曜日19時更新予定です。