2月3日を祝日にしよう!
『それでは、これより第二千九百六十四回地蔵会議を開催する』
実体のない仮想の空間で、そう宣言が為された。
ここは地蔵ネットワーク……地上に散らばる数多の地蔵達が密かに繋がる場だ。
年に一度、世界中に点在する数多の地蔵達が一堂に会し、会議が行われる。
とはいっても、救済という使命を負っている地蔵が実際に集まるのは難しい。そのため、前述の通り仮想空間での会議として、実体は現実世界に置いたまま精神だけで集っているのだ。
議長は毎年持ち回りであり、今年は田舎の山道に安置されている一体の地蔵が担当している。
議場はすり鉢状の構造をしており、議長地蔵はその中央に立っていた。
議長地蔵は参加者である全地蔵達を見回し、徐に今年の地蔵会議の議題を告げた。
『今回の議題は「【地蔵の日】たる2月3日を祝日にしよう」である。
知っての通り、非常に遺憾ながら現在2月3日は祝日ではない。
【いい地蔵の日】である11月23日は祝日となっているのにもかかわらず、だ!
これは、良い地蔵と悪い地蔵を分断するための離間の計に違いない!』
『いえ、2月3日は節分ですし11月23日は勤労感謝の……』
息巻く議長地蔵だが、そこに横槍が入った。
口を挟んだのはとある由緒正しい寺に祀られている地蔵で、地蔵の中ではインテリ派だ。
『反逆者だ、吊るせ』
『ぎゃー』
チラリとそちらに視線を向けながら放たれた議長地蔵の一言と共に、虚空より麻縄が飛び出して横槍を入れた寺地蔵を捉えて逆さ吊りにした。
実体の無い空間であるため、精神力次第でこのような芸当も出来るのだ。
勿論、逆さ吊りにされた寺地蔵の方も同じことが出来る筈なのだが、その辺りは数の暴力である。
逆さ吊りにされた寺地蔵はその状態のままブラブラと揺れている。
見たところ、まだまだ余裕そうだ。
しかし、それはそうだろう。
地蔵は別に頭に血が昇ることもないのだから。
『斯様に世の中には残念ながら悪い地蔵も存在することは否めない事実。
しかし、良くも悪くも地蔵は地蔵……そこに差別はあるべきではない。
そうではないか?』
『是! 是! 是!』
『だったら降ろしてください〜』
議長地蔵の熱い演説に議場内のボルテージが上がる。
彼はウンウンと満足そうに頷くと、会議を進めることにした。
逆さ吊りの寺地蔵が揺れながら何か言っているが、聞こえなかったことにして流す。
『それでは、良い案のある地蔵は……廻れ』
地蔵は基本的に関節部が動かないので挙手が出来ない。
代わりに、意見があることを示すためにギュンギュン音を立てて廻るのだ。
三半規管も無いので、別に目が回ることもない。
しかし、今回の議題は中々に難しい。
一地蔵として【地蔵の日】たる2月3日を祝日にしたい気持ちはあるのだが、そのために具体的にどうすれば良いかと言われると案が出て来ない。
と、そこで意外なことに逆さ吊りになっている寺地蔵がその身をギュンギュンと廻した。
『ふむ、意見を述べよ』
『【地蔵の日】云々は一旦置いておくとして……祝日は人間の法律で決まっているのですから、
ここで幾ら議論しても無駄ではないですか?』
『ぬ……』
寺地蔵の冷静な指摘に、議長地蔵も思わず言葉に詰まった。
確かに、この場で幾ら議論を繰り広げても人間の法律を変えることは出来そうにない。
しかし、ここで一体の地蔵がギュンギュンと廻った。
彼も寺に祀られている地蔵だが、比較的新しい若手の地蔵だ。
『ふむ、何か意見があるのか?』
『ええ、さっきそこのインテリが言っていたことに対してです。
確かに祝日が人間の法律で決まっているというのは事実。
ならば、そこに働きかければいいでしょう!』
『ほう? 具体的には?』
『地蔵も選挙に出て、代表者を議会に送り込むのです!』
その言葉に議場にどよめきが走った。
前代未聞の地蔵による政界進出、その大胆な提案はこの場の全ての地蔵に衝撃を与えた。
『ちょ、ちょっと本気ですか?
そんなこと出来るわけが……』
『やってみなければ分かりません!』
逆さ吊りの寺地蔵が慌てて止めようとするが、若手地蔵は譲らない。
その意気を見た議長地蔵は考え込んだ。
はたして彼の意見は勝算があるか否か……。
『ふむ、確かに挑戦してみるだけの価値はあるな』
『いやいや、絶対に無理だと思うのですが』
議長の出した結論は是!
しかし、この場は地蔵会議。彼の独断で結論を出すわけにはいかない。
地蔵会議における採決は、全地蔵による投票によってのみ決まる。
『それでは決を採る!
彼の案に賛成の者は……廻れ』
議長の宣言を受け、議場に点在する数多の地蔵達が一斉に回転を始めた。
見るからに廻っている賛成派の方が多い。
一口に地蔵といっても、道祖神として道に祀られている地蔵から寺に祀られている地蔵まで様々な地蔵がいる。
思考形態はその地蔵の種別によって似通う傾向があるため、ある程度派閥のような形が出来上がっているのが現状だ。
寺に祀られているような地蔵達は現状に満足しているせいか比較的保守派の意見を持っており、地蔵の政界進出には否定的な意見を持ったようだ。
逆に、道祖神として道に祀られている地蔵は改革を求めて賛成に回った。いや、廻った。
また、寺地蔵であっても案を出したような比較的若い地蔵達は新しいことへの挑戦には積極的だ。
『賛成48177票、反対302票。
よって、本議案は採用とする!』
なお、数で言えば道祖神として道に祀られている地蔵が圧倒的に多いため、地蔵会議の採択では有利である。
『この多数決は不公平です〜』
『一体一票が古来より続く地蔵会議の絶対ルールだ!』
未だに逆さ吊りのままの寺地蔵が不平を述べるが、議長地蔵の一喝で切って捨てられた。
『それにしても、地蔵による議員輩出とは中々に画期的なアイディアだった』
『ありがたき幸せ!』
議長地蔵の感心した褒め言葉に、若手地蔵はビシッと音を立てて敬礼した。いや、手は動かないが。
『是非とも、彼を我々の代表として議員として送り出そうと思うのだが、如何か』
『わ、私が!?』
議長地蔵の提案に若手地蔵は驚愕を露わにするが、周囲の地蔵達はウンウンと納得げに頷いている。全身で。
『この案に賛成の者は……廻れ』
今度は数えるまでもなかった。
当人である若手地蔵以外の全ての地蔵が廻った。
先程反対派に回った寺地蔵を始める地蔵達も、自棄になって廻っている。
単に自分がやりたくないだけかも知れない。
『やってくれるな?』
『……はい!』
一体感を得た議場を見渡しながら暖かい笑みと共に告げられた議長地蔵の言葉に、若手地蔵は感動に震えながらもしっかりと頷いた。
『それでは、これにて第二千九百六十四回地蔵会議を閉会とする。
みな、一年後にまた会おう!』
精神力で再現した万雷の拍手と共に、今年の地蔵会議は終幕となった。
『まぁ、選挙権も被選挙権もないから無理なんですけどね〜』
地蔵達が帰っていき閑散となった議場で、一体の地蔵が呟いた。
『ところで、私はいつまで逆さ吊りのままなんでしょうか?』
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