ロール
人付き合いというのは疲れる。
学校では、自分よりも魅力の溢れる人間が上位者となって彼らの求める人物像を演じる。
たとえばそれが弄られ役だったとしたら、どんなに嫌なことだとしても笑っていなければならない。
いざ真面目に怒ってみれば。
「え、おまえそんなキャラだったっけ?」
と責められる。
可笑しい可笑しい可笑しい。
お前は私の上辺だけを見ていたに過ぎない。
元々の絵を違う色で厚く塗り重ねた表面を見て私だと思っていたにすぎない。
でも、私はそれを聞いて笑うのだ。
「あ、ごめん。色々あって苛々してたんだー、ごめんごめん」
「だよなぁー、いきなり切れるとかマジキモかったけどそんな理由があったなら仕方ないべー」
もう嫌だ、もういやだ、モウイヤダ。
私は道化じゃない。
私は役者じゃない。
私は、人形劇の人形じゃない。
シャラン―――。
ふと、耳に鈴の音がした。
辺りを見回してもそんな音が出るものはない。
「ん?どうしたん?急にきょろきょろして」
「いま鈴の音がした気がしたんだよね」
「気のせいじゃねー?」
「ストレスで幻聴が聞こえたんじゃね?ギャハハ」
「そうかもね、あはは」
シャラン――。
また鈴の音が聞こえた。
今度は辺りを見回したりはしない。
挙動不審になればまたそれで嫌な役割を演じさせられてしまう。それだけは避けないと。
「君は可愛いね」
耳元でささやかれた。
だが、本来感じるはずのくすぐったさ、つまり吐息は感じなかった。
感じたのは恐怖。
「ふふ、周りに合わせるのが嫌なのに周りに合わせないと生きていけない君達を見ていると可愛くて可愛くて仕方がないよ。ほら、言いたいこともたくさんあるだろう?言ってみればいいじゃないか?我慢は毒だよ。我慢してると君が壊れてしまう。可愛い君が壊れるのは見ていて忍びなくてね。こうして声を掛けさせてもらった。僕の一言が君の背中を押せればいいと思ってね。ほら、どうしたんだい?君は君のやりたいことをやればいいじゃないか。あいつがむかつくんだろう?あいつが嫌いなんだろう?ほらほら、君の役なんて脱ぎ捨てて思った通りに行動しちゃいなよ。そうすれば気持ちいいよ。解放された気分になるよ。ほら、もう我慢なんてしなくていいって素晴らしいことじゃないか」
その言葉はとても魅力的だった。
「我慢しなくていいの?」
「急にどうした?」
急に何を言っているんだという顔をする私に役割を押し付けた奴ら。でもそんな奴らを無視して私は声の主の言葉を待つ。
「そうだよ、我慢しなくていい。ほら、なんなら手を貸してあげるよ」
そうして私に何かが流れ込んでくる。
痛い痛い痛い痛い。でも。気持ちよくて心地よくて。
痛みは薄れて快感がわき上がる。
立ち上がって眼の前にある不快な顔を殴る。
アニメのような軽快な音を立てて頭が破裂した。
呆然とした顔を浮かべる奴らを見て更に快感が昇ってくる。はしたなくも達してしまった。
「お、おま、おまおま」
壊れたテープのようにうめき声を上げるもう一つの不快な塊を叩きつぶす。
べチャリと音を立てて地面に潰れて張り付いた。
ああ、私は我慢しなくていい、
私は演じたい自分を演じればいいのだ!
私には今活力が溢れていた。
そんな様子を見てそれは笑みを浮かべる。
「ああ、哀れだね。あんなにも演じるのが嫌だと、解放されたいと言っていたのに。結局は自分の演じたい自分を演じると言う訳だ。今までの抑圧から演じるということから外れられなかったわけだね。でもそこが可愛いところだよ、可愛すぎて可愛すぎてついつい手を出してしまいたくなる」
シャラン――。
鈴の音を一度奏でてそれは立ち上がる。
「おっといけない。もう彼らがここを嗅ぎつけてきたからね。見つかる前に行かないと。ああ、最後まで見ることが出来ないのが残念だ、残念だ」
そういってそれはその場を後にした。
残されたのは虐殺を行う役者と哀れな被害者たちであった。




