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メリクロ! ~黒サンタちゃんと不思議な絵本~

作者: クック先生




 一人身の寂しさが身に染みる、十二月二十四日の午後十一時。


 俺は自宅アパートのすぐ近くにある小高い丘の上の公園で、一人寒さと戦いながら、満天の星空を凝視していた。



『今年のサンタクロースからのプレゼント対象は、子供達ではなく、どうやら一人暮らしの独身男性らしい』



 そいつは単なる噂話か、それとも数年に一度訪れると言われる、サプライズイベントなのか?

 いずれにせよ、俺の夢が叶うチャンスには違いないのだ。それがどんな小さな可能性でも、試すに越した事は無い。普段滅多に外出しない俺が、クソ寒い最中にわざわざこんなところまで来たのも、サンタさんへ俺なりのアピールなのだ。


「……と、いう訳ですサンタさん。そちらにも事情があるだろうけど、どうか来てくださいな!」


 俺の言葉は白いもやとなって漂い、ゆっくりと空へ向けて溶けていった。


噂が本当なら、きっと今頃は、サンタさんの独身男性探知レーダーにひっかかり、俺の願いは受理されている事だろう。さて、あとは部屋に帰って待つばかりだ。

 もしも願いが届いたなら、きっと今年は楽しいクリスマスになるに違いない。






「 ち ょ っ と ア ン タ 、 待 ち な さ い よ ! 」



 そんな時、急に俺の耳へと、誰かを呼び止める声が飛び込んできた。女の子の声だ。

 不意に『待ちなさい』と言う声を聞いて、なにかしらアクションを見せない人間はいないだろう。

 例に漏れず、俺も反応を見せ振り返って見た。と、そこにはやはりと言うべきか、一人の女の子が立っていたのだ。

 歳は十五~六歳といったところか、黒い衣装を着た結構可愛い少女だ。しかしこんな時間にこんな所で、少女が一人きりとは、なんとも無用心な話だ。タチの悪い変質者に襲われでもしたら、どうするつもりなのか。まったく、俺がまだその予備軍補欠で良かったな。

 そんな事より、何故俺を呼び止めたのだろう。とりあえず辺りを見渡しても、俺以外には誰も居ない事から推測できるが、一応確認のために、俺か? と尋ねる身振りをしてみる。


「そう、そうよアンタよ! えーと……日本独り身男性ナンバー一二三四五六、双葉としあき二十一歳!」


 少女はポケットから取り出した手帳を見ながら、俺の名前を呼んだ。俺は知らんぞ、こんな娘っ子。

 だいたいクリスマスだからって、サンタの様な上着に、サンタを意識した帽子、女の子らしくサンタ調のミニスカートに、サンタ風の長靴ときた。

 しかもご丁寧に大袋まで背負って、まんまサンタクロースの格好……おいちょっと待て、それって――


「何ジロジロみてんのよ! アンタが来いっつったから来てやったんじゃない! そんなにサンタが珍しい?」

「そ、そりゃ珍しいに決まって……いやいや、てかホントにサンタさん来てくれたんだ! ひゃっほー!」


 俺は湧き上がる嬉しさを抑えきれず、大人気なく喜んだ。喜んだのはいいが――次の瞬間、目の前の違和感……と言うか現実が、俺を冷静にさせた。


「あー、でも君、ホントにサンタさん?」


 どこをどう見ても、クリスマスに浮かれた、サンタのコスプレ少女にしか見えない。サンタさんってぇのはもっとこう、じいさんで、ぽってりしてて、赤くて、トナカイ従えて……。


「悪かったわね! お爺様もお父様も忙しくて来れないのよ。だからわざわざ私が来てやったっての! 嫌なら帰るわよ!」

「嫌だなんてとんでもない、凄く嬉しい! 嬉しいよ!」


 そりゃ若い美少女からクリスマスプレゼントを頂けるなんて、俺にとって生涯有るか無いかの超奇跡だ。本来のサンタさんの忙しさが、それほどまでだったとは予想外だったけど、お陰でちょっとしたラッキーだったって訳だ。まぁそれは分かったけど……。


「んー何と言いますか、赤くないって言うか何と言うか……その服の色、最近の流行色かな? それともお手伝いだから?」


 余程俺の発言が馬鹿馬鹿しかったのだろうか。サンタのコスプレ少女は、呆れた面持ちで溜息をつき、続けて言い放った。


「バカじゃないの? アンタのようなアホで、無職で、不健康で、ちょっとオタクで、何の取り得も無くて、未だに親の送金をアテにしている人間のクズに、赤い衣装のご本家さん達がやって来る訳無いじゃない」


 えらい言われようだ。だが事実だから何も言い返せない自分が悲しい。そんな事よりご本家ってどういう意味だ。


「じゃ、じゃあ君は何者なんだ?」

「私は――いえ、私の家系はご本家の逆。言わば影ね。つまり、良い子にプレゼントをあげる赤い衣装のサンタクロースとは逆に、黒い衣装で、悪い子を懲らしめたり、酷い目にあわせるのが仕事なの。いわば裏サンタってワケね」


 俺は彼女の言葉を聞いて唖然とした。昔見たテレビのへぇへぇうるさい薀蓄番組の記憶がふと蘇ったからだ。そう、聞いた事がある。『黒サンタ・ブラックサンタ』と言う輩の話を。

 なんでも悪い子を拉致って、動物の内臓とかでシバキまくった上に、バケモノの餌にしてしまうってトンデモ無い話だ。


「ちょ、ちょっと待て! 俺は確かに悪い子だ。と言うか悪い大人だ。実家のトーチャンもカーチャンも、きっと鉄板で認めるだろう。でもいくら出来損ないだからって、バケモノの餌にすること無いじゃないか! そう、せめて拉致監禁くらいで許してくれないかな? それはもう犬のようにご奉仕するから! な?」


俺の慌てうろたえる姿を見て、目の前の真っ黒な少女は、また呆れたという具合の大きな溜息を一つついた。


「あのねぇ、今時そんな事するわけ無いでしょ? ただでさえモンスター何とかって親達からのクレームがうっさいんだから。今じゃ私達黒サンタのお仕事は、専ら悪い子へのお説教程度が関の山なのよ。勿体無いけど、一応プレゼント付きでね。そんな事より、早くあんたの家へ案内しなさいよ! こんなクソ寒いトコにいつまで居させる気?」

「あ……そう、そうなんだ。あはは……じゃ、じゃあ、俺の部屋へ……」


 成る程、サンタさんもいろいろと大変なんだ。それで俺もこれからお説教されるって訳か。とりあえず美少女からのお説教なら、こりゃ金を払ってでも受けたいプレイコースかもしれない。

 俺のようなモテない独身男性にとって、別の意味でちょっとしたプレゼントだ。







「ある程度の覚悟はしてたけど、流石に狭くてビンボ臭い、いかにも哀れな独身男の部屋ね」


 サンタ子ちゃんは腰に手を置き、肩で溜息を吐きながら、しれっと初対面者の部屋を一刀両断にする。

 どうやら我が部屋へと招き入れた直後から、彼女のお説教は始まったらしい。


「じゃあそろそろ始めましょうか……んじゃ早速もってきたコレを――」


 そう言って背負っていた大袋を床に置き、ごそごそと中身を物色している。あぁ、まだお説教は始まってなかったんだ。きっとこの子は元から言動に容赦無ぇんだな。

 他人の家庭環境をとやかく言うつもりは無いけど、彼女の包み隠さない性格を育んだ教育方針は、流石にどうかと思うぞ。


「じゃじゃ〜ん!!」


 そんな俺の心情をよそに、彼女が袋からなにやら取り出して、ネコ型ロボットのアイテム紹介のように高々とかざしている。全く天真爛漫にもホドがあるってモンだ。でも何だかんだ言って、プレゼントを用意してくれているあたり、一応サンタさんなんだな。

 だが良く見るとその物体は、どこをどう見てもクリスマスプレゼントと呼べそうに無い形状をしている。

 透明なビニール袋に入った、なんかぬるぬるぶにょぶにょした肌色掛かった物体だ。俺のものすごい勘違いでなければ――否、どこからどう見てもそれは内臓系の生肉。そう『動物の臓物』だ!


「ちょ、ちょッ! お、お前……それって」


 俺は大いに戸惑った。

 きっとこれから、ぐちょぐちょぬめぬめなお仕置きタイム突入に違いない。

 いやまぁ、軽いお仕置き程度なら、まんざら辞さない構えではあったが――生の臓物でしばかれるなんて、残念ながら俺は、そういった趣味は持ち合わせていないぞ。

 いや、何事も経験と言うし、俺が食わず嫌いなだけで、案外癖になるほど良いかも……。

 いやいや、そんな話じゃない。ただでさえ態度のでかい小娘に、いい様にされて黙ってられるか?

 いやいやいや待て、いざとなれば逆にこちらが主導権を握り、小生意気なサンタ子をお仕置きしてやるというのも……。

 いやいやいやいや兎に角だ。拉致も臓物折檻もバケモノの餌もやらないって言ったのに、約束が違うじゃないか。

 きっと俺、出るトコ出たら勝てるよな?

 まあその前に一度くらい、そのプレイとやらを試してみてもいい気もしないでもないが……いやいやいやいやいや……


「ん!」


 彼女が臓物の入った袋を俺に突き出し、また一言。


「んん!!」

「は……はい?」


 受け取れとばかりに、俺の胸へと押し付けた。


「これを……どうせよと?」


 俺はきょとんとした表情で尋ねた。


「アンタ『サンタさん、鍋でもしながら、いろいろなお話を聞かせてくれませんか』ってお願いしたでしょ? だからモツ鍋の具材を持って来てあげたんじゃない!!」

「それでこの臓物……モツ鍋か……ははは……」


 そうだった。俺はあの寒空の下、サンタさんにそうお願いしたんだ。


『サンタさん、プレゼントとかいらないから、俺の部屋で一緒に鍋でも囲んで一杯やりませんか。実はサンタさん、あなたの普段の生活や、いろいろな話をお聞きしたいんです』と。

 まあこちらでも、一応鍋の具材の用意はしてはいたんだけど、まさか材料持参で来てもらえるとは思いもしなかった。


「何? モツ鍋嫌い?」

「う、ううん。そう、鍋といえばモツ鍋だよね、ははは……」

「アンタ、まさか変な勘違いしてたんじゃないでしょうね? この臓物で、べちゃべちゃグログロなお仕置きタイムがスタートするんじゃないかとか、案外癖になるかもしれないとか」

「めめめ滅相も無い!」


 なるほど、確かに俺は悪い子だ。







 ちょっと驚いた事にこの黒サンタちゃん、テキパキと料理の手順が良い。

 鍋の具材も程よく切りそろえてあるし、煮立てる順番もきちんと把握している。きっと近い将来凄腕の鍋将軍になるだろう。

 俺はといえば、ジュースを買いに行ったり、ジュースをコップに注ぐくらいしかやらせてもらえない。もしかして彼女、サンタ子ちゃんが来てくれたのは、ただ鍋料理が作りたかっただけなのではないだろうか? まあそれでも俺は、十分以上に満足だ。

 だってそうだろ? コタツの対面には、俺なんてとても相手にしてもらえないような、若くてかわいい女の子。そして鍋から湧き立つ湯気の暖かさと、食をそそる良い香り。こんなシチュエーション、時価十数万円クラスの高級料亭でも味わえないぞ。

 ただただそんな光景を見ているだけで、幸せな気分になれるってもんだ。

 本当は彼女の言う、ご本家とやらのサンタの爺さんに来てもらって、一杯やりつついろんな話を聞きたかった。サンタクロースになったきっかけとか、仕事内容とか、はたまた家族構成なんかも。

 その存在意外は全くの謎な、気前のいい爺さん。知りたい事は山ほどあるんだ。それが俺の長年の夢、そしてさっき掛けた願いだったが、コレはコレで思いもよらない幸せだ。

 そういえばいつ以来だろう、誰かとクリスマスを過ごすのは。というか、他人と鍋を囲むのは。まあ、もうちょっと性格とスタイルの良い女の子であれば、これ以上の至福は無いのだが。


「――ってちょっと、聞いてんの?」

「は、はい?」


 またもや自分の世界にトリップしていた俺を、目の前の少女が呼び戻す。


「呆れた! 聞いてなかったの?」

「あ、あはははは。何?」


 彼女の視線がとても痛かったが、盛大に笑って誤魔化してやった。

 また呆れ顔で、溜息を零す黒サンタちゃん。だが、まあいいわとばかりに向き直り、改めて俺に尋ねてきた。


「で、サンタさんに聞きたい事ってなんなのよ? 私のプライベートな事なら、一ミリたりとも教えないからね!」


 おう、一ミリたりとも聞きたく無ぇ。


「大体、なんでサンタクロースの暮らし事情や、お仕事内容なんて聞きたいわけ? 物好きね」


 彼女の問いに、俺は部屋で数少ない家具と呼べる本棚から、数冊の本を取り出して、彼女に見せた。


「理由はコレだ」

「『サンタさんがやってきた』『こねことサンタさん』『クリスマスのおいわい』何これ、童話の絵本? アンタの?」

「ああ、俺のだ。と言うか、俺が書いたやつだ」


 それらは、可愛らしい絵が表紙を飾る、クリスマスを題材にした物語の絵本だ。

 目の前の少女は、俺の手渡した絵本や児童書に目を通してから、いぶかしげな表情を浮かべて俺を見ている。俺は超能力者じゃ無いが、彼女の考えは手に取るように判るぞ。

 さしずめ『嘘だぁー! アンタなんかにこんな可愛い絵本が書けるわけ無いじゃない!』といったところか。


「嘘だぁー! アンタなんかにこんな可愛い絵本が書けるわけ無いじゃない!」


 笑いながら黒サンタちゃんは言う。やっぱり出るトコでたら、俺の勝訴は間違いないだろう。 


「でもさ、童話作家なら、別に無職ってワケでも無いじゃない?」


 そりゃあ肩書きはそうなるかもしれないが、クリスマスとサンタさんネタオンリーの、売れない童話作家を指して、無職じゃないと言い切れるほど、世の中は甘く無いし、俺自身自負も無い。

 それに、内容も普遍的且つ馴染み深い――所謂ありきたりの物語をベースに、独自の味付けをしている程度なのだ。

 あまり自信を持ってお勧めできるシロモノじゃない。だから無理に読んでもらわなくても結構だぞ。そう言おうかと思って彼女を見ると、既に俺の本を一冊手にとって読み出している。

 行動力があると言おうか、素早いと言おうか……たんに気が短いだけなのかもしれないな。

 ぐつぐつと煮える鍋の音をBGMに、絵本を読みふける少女。優しい目で文字を追うその姿は、歳相応でかわいいものなんだけどな。







「ふぅん、見かけによらず案外悪くない物語ね」


 読み終えた絵本を側にそっと置きながら、彼女はあさっての方向を目にして言う。なんと言うか一言多いと言うか、ちゃんと目を見て話せと言うか……。


「ま、まぁこれならもうちょっと頑張れば、人気絵本作家になれるかも知れないわね。すっごい奇跡があればの話だけど」


 奇跡なんてモンは起こらないから奇跡ってんだ。そんなモン起こらないことぐらい、俺にだって判るわい。


「そ、それでもちょっとくらいは、きらりと光るものがあるかも知れないわね。ミジンコ程度だけど」


 それはつまり超ダメ作品だって事じゃないのか? やっぱ見せるんじゃなかった。


「ちょっとアンタ! さっきから人が褒めてんだから、ありがとうぐらい言いなさいよ!」


 へ? 褒めていたのか? ちょっと驚きだ。と言うかこの子の言動が今一つ掴めない。けれど褒めてくれるというのなら、素直に喜んだ方が良さそうだ。


「へ、へへへ……そりゃどうも……ありがとう」

「何よ、しまらない笑顔ね。けどこんなお話書けるんなら、何もクリスマスやサンタに拘る必要ないんじゃない?」


 確かに彼女の言う事はもっともだ。だが子供の頃の思い出が、絵本作家になろうとしたきっかけが、俺にこだわりを持たせ続けるんだ。そう、クリスマスの夜にサンタさんにもらった一冊の絵本というきっかけが。


「『聖なる夜の物語』って絵本、知ってるかい?」


 黒サンタちゃんは、ぴくっと反応を見せた。


「う、うん知ってる。ご本家のおじいさまが作った魔法の絵本……よ」

「俺はその絵本を、子供の頃にプレゼントとしてもらってね、その感動が忘れられなくってさ。絵本を開くと同時に、部屋一杯に広がった銀世界と、ソリを引くトナカイたち。そして清らかな鈴の音に優しい語り。さも自分が、サンタクロースになったような感覚。そして終わったあとに去来した、興奮と感動。で、幼いながらに思ったんだ。俺も大きくなったら絵本を書いて、世界中の人たちに、夢や感動を与えたいって」

「ふぅん……」


 そう言ってサンタ子は、無感動に鍋の中をぐりぐりと弄りだした。うん、まぁ自分でもこっ恥ずかしい台詞だ。その程度の反応で逆に有難い。


「そ、それじゃあさ、本当はご本家さんに来て欲しかったんだ?」


 ニンニクと鷹の爪のスライスしたのをパラパラと鍋にふりかけながら、彼女は言う。


「そりゃあまぁね。絵本をくれた本人に、直接お礼が言いたかったし」


 いい香りが漂う湯気を堪能しながら、俺は何気無しに言った。


「知ってる? その絵本をもらえるのは特別な子供だけだって。将来サンタクロースと、深い関わりを持つ子供にだけ与えられる絵本だって」


 全く持って初耳だ。それならあとがきにでも書いててくれれば……まあ結果的には関わり持てたかな? だがこんな小憎たらしいサンタの下っ端みたいなのと、鍋を囲むだけだもんな。あまり関わって無いか。

 まあそれでも、そんな彼女からのその一言は、俺にとって妙に嬉しかった。俺は『特別な子供』とやらに選ばれていたんだ。

 きっと俺のやって来た事は、間違いなんかじゃないんだ。両親にすっごい負担を掛けてきた事意外は。

 兎に角、今までのクリスマスプレゼントのうちで、魔法の絵本に次いで、嬉しいと感じた贈り物だ。


「あのさ、実を言うとさ……アンタがご本家さんのおじいさまから絵本をもらったってのは知ってた。それがどんな奴か、一度見てみたかったってのもあったの」


 伏せ目がちに語る黒サンタちゃん。なんだか急にしおらしくなった。


「だけど、やっぱご本家さんに来てもらいたかったよね。私、なんか邪魔しちゃったね」

「と、とんでもない! これはこれで最高に楽しいクリスマスだって! ただ、もうちょっとおしとやかでグラマーで、気立てのいいサンタちゃんだったらもっと良かったかな? と……」


 そこまで言って気が付いた。俺も大概余計な事を言うやつだ。

 そら見ろ、しおらしくなったと思った表情が、ぷりぷりとふくれっ面になってるよ。でも――


「あはは。うん、しおらしいより怒ってる方が、元気があっていいやね。最初の印象が強いせいか、こっちの方が似合ってる感じがするぞ」

「ふん! そんなこと言う奴にはモツあげない!」


 そう言って頂きますも無しに、鍋に手をつけるサンタちゃん。

 これは負けてられない。こっちもさっきからお預け食らってて、もう我慢できないんだぞ。






 怒涛の鍋バトルも一段落付いた。結果は六:四で俺の負けだ。

 彼女のとった、俺の取り皿に大量のキャベツや韮を投入する作戦は、卑怯としか言いようが無かったが、それでも本当に美味かった。きっとその場の雰囲気も調味料になっていたのだろう。

 冗談と笑顔と、ちょっと本気の怒号が飛び交う食卓は、一人身じゃ滅多と味わえないご馳走だ。サンタ子ちゃんもご満悦といった表情で笑ってる。きっと今の俺の顔も、しまりの無い顔になっている事だろう。

 おっと、いつまでもニヤニヤしている場合じゃなかった。サンタさんの日常やら、おもしろ話なんかを聞き出さなければ。


「そうそう、忘れる所だった。サンタさんの普段の暮らしやなんかを、教えてくれないか?」


 俺は、本来の目的であるところの話題を、彼女に振った。

 けど、黒サンタちゃんは急に真面目顔で黙りこくり、俺を見つめてる。

 何か言いたげな躊躇いが、その綺麗な瞳から伝わってくるようだ。


「あ、あのね」

「うん?」


 暫くして、重い口を開いた黒サンタちゃん。そいつは俺にとって、ちょっと予想外の言葉だった。


「明日さ、日付が変わった頃、ご本家さん連れてくるよ……その時に色々聞いたほうがいいかも……」

「え? いいのかい? 俺みたいなダメ人間に、ご本家さん合わせちゃって」

「うん、まあそこまで人間のクズって訳じゃないしね。すっごいギリギリだけど」


 褒めてるのだか貶してるのだか判断に苦しむ言葉だが、まあそれは良しとしよう。


「それと……ううん、やっぱいいや」

「なんだよ、気になるじゃないか?」


 この子は、どうやらすぐ顔に出るタイプなのだろう。えらくモジモジと顔を赤らめている。まあ大体の察しは付くが、ここはごく自然にこちらから切り出してやるのが大人ってモンだろうな。


「まぁ……言わんとしている事ぐらい、俺にだって判るよ」

「…………」


 黒サンタちゃんは、はっとした様な表情を浮かべたて俺を見た後、眩しさを避けるように目を逸らした。きっと俺に見透かされて、恥ずかしいのだろう。


「あぁ、おトイレなら入り口の所だよ」

「ち、ちがうわよバカ! そーじゃなくって……わかったもう、言っちゃうわよ! あのね、あの絵本『聖なる夜の物語』をもらった子供は――将来、我々サンタ族の一員になるの。これってわかる?」


 理解するのにかなりの時間を要した気がする。それ程彼女の言葉は、俺にとって突拍子の無いものだった。


「お、お、お、俺がサンタさんになるの? サンタの免許とか資格とか持ってませんけど!?」


 ちょっとパニくった俺に、また溜息を付いて彼女が言った。


「やっぱぜんぜん判ってない……もういいわ、とりあえず今日は帰る」


 何故かぷりぷりと怒っているご様子だ。まったく乙女心ってのは理解しがたい。

 それはさておき、彼女の言葉が本当ならば、こいつはえらい事になる。もしかして俺は人間じゃなくなるのか、改造手術とかされるのだろうか?


 その辺の事も、明日ご本家とやらのサンタさんが来てくれたら、尋ねてみよう。


「一応言うわ、今日はごちそう様。それと、明日はちゃんとケーキと七面鳥の丸焼きぐらい買っときなさいよ!」


 偉そうな態度で、貧乏人に無茶を言う。ならプレゼントに現金ぐらい置いてけ。


「……それとアナタ……い、意外といい人っぽくてよかった……かも」


 彼女の消え入りそうなその言葉に、俺はちょっとドキッとした。おそらくは生まれてこのかた、言われた事の無い言葉だ。

いい人っぽい――か。


「ふん、『っぽくって』は余計だ」


 なんとなくこみ上げてくるニヤニヤを誤魔化す為、俺はアカンベーをしながら笑って言った。


「何よ! 前言撤回、やっぱ人間のクズ!」


 彼女も、言葉とは裏腹に、満面の笑顔だった。


「じゃあね、バイバイ!」


 そして黒い衣装のサンタちゃんは、俺の前で光の粒と化し、遥かな夜空へと駆けて行った。







 次の日、既にあけて二十六日となった頃。


 手製のクリスマスの飾りと、なけなしの金で買ったケーキにフライドチキンをどんとはべらせた俺の耳に、待望の声が高らかに響いた。


「HO−HO−HO−」


 間違いない。それはサンタクロース特有の笑い声だ。昨夜のサンタ子ちゃん、きちんと約束を守ってくれたんだ。

 俺は逸る心で玄関のドアを開け、サンタさんの訪問を歓迎した。


「いらっしゃいませ、ようこそサンタクロース……」

「ホーホッホッホッホ! アナタね、お爺様から絵本をもらったって言うラッキーボーイは!」


 そこにいたのは、どこをどう見ても、クリスマスに浮かれたマッチョなオカマサンタだった。


「いやーん案外可愛いじゃない? 絵本をもらったと言う事は、私たちサンタ族の誰かと、将来結婚するって事なのよ。勿論私に決まってるわよね、ダーリン!」

「やだ、叔父様って結構大胆ね。これじゃ私の出る幕無いかも」


 見ると昨日の黒サンタちゃんが、このキモい兄貴の後ろで微笑んでいる。


「ちょっと待て! サンタちゃん、連れて来るのは爺さんの方のサンタじゃなかったのか!」

「何よ! アンタ、ご本家さんに来て欲しいっつったじゃない。叔父様もれっきとしたご本家さんよ。それにこの辺りの担当でサンタ族の女の子は、私か叔父様しかいな……あぁ、いやなんでもないわよ!」


 なんか酷く慌てて、言葉をにごす黒サンタちゃん。そりゃこんなごつい兄貴が女なんて、笑えない冗談だ。

 いや待て、問題はそこじゃない。となると、俺と将来を約束されているってのは……


「さあさあ、早速愛を育むパーティーを始めましょう! それと、ダーリン。私のプライベートな話は無しよ? いくら恋人同士でも、そこはちゃんと線を引かないとね。あ、でも私酔っちゃうと、プライベートがポロリ……なんて事があるかもよ♪」

「い、いや、そんなの一ヨクトたりとも聞きたくねぇっス!」

「あらやだ、テレちゃって。かわいー!」


 二丁目界隈からやってきたような、サンタのコスプレ兄貴の猛烈な求愛を必死で防ぎながら、俺は思った。

 

 サンタさんのプレゼントを、一時返品するにはどうしたらいいのだろうかと。


 




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[一言] 読みました、が! …………まさかそんなオチだったとは。 騙されたぜ! 面白かったです
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