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キルベストの争い  作者: あゆむ
始まり
2/5





それはアイシルの元へ手紙が届く数日前のこと。

王宮に急な呼び出しをされたことから始まった。


「お久しぶりでございますアイシル様」

「お久しぶり、セバン。今、王はどちらに……?」


王宮に案内された馬車から降りたアイシルは、目の前で深々と頭を下げている侍従長のセバンにそう問いかけた。

簡略すぎる挨拶にも慣れているセバンはアイシルに礼をとったまま王が今いるであろう場を教え、供の者を連れていくか尋ねるがアイシルからは否の返事が返ってくる。そのため、護衛の者を一人だけ呼ぶように言いつけるとセバンはアイシルの予定を聞いた。


その日の天気はよく晴れ渡り、常ならば双方共に気分が浮上しお互いに近況の報告や軽い世間話くらいはするくらい気心が知れているはずなのに、今日のやり取りはどこかぎこちなく硬かった。


「御帰りの際はこちらにまた馬車を御用意致しますので、ごゆるりと御過しください」

「……有り難う。そうさせてもらうわ」


慣れ親しんだ者同士の軽い言葉のやり取りもでることなく、アイシルはそれだけ返事をすると護衛を連れ王宮の中を進んでいった。



見た目だけならば普段と何も変わらない王宮の景色は、初めて脚を踏み入れた者ならばのどかで平和そのものだっただろが、小さな頃から慣れ親しんだアイシルにとってはどこか空気が張り詰めていると感じていた。


世界に五つある大陸の一つ。

世界に大陸が出来てから脈々とその血を受け継いできている始まりの民と呼ばれる者が住んでいる大陸アイシャル国。

その首都であるカカラスの都に建てられたカカラノ王宮にアイシルはいる。


アイシルにとって本当に久しぶりの王からの非公式の強制的な呼び出し。

それだけで何か悪い予感を感じさせるには十分で、更にいつもとは明らかに違う場の空気に緊張が否が応でも高まっていく。


ある時期からまったく顔も見せず、文の一つも出してこなくなった婚約者。

その彼からきた呼び出しの手紙は婚約者としてではなく、この国の者達が使えるべき主、王としての書簡。


そのことに一抹の不安を感じながらもそれでも久しぶりに呼んでもらえたアイシルは、どうしても嬉しさで歩くスペースが速くなってしまいそうになる脚を我慢し、ゆったり優雅に見えるようにと努めながら歩を進めていく。


王宮に呼ばれ護衛を連れてるとはいえ、一介の貴族であるはずのアイシルが王宮を自由に歩けるのは先に触れたとおり、この国の王であるクラウス・アイシャル・ロゼナスの婚約者であるからだ。

それだけでなく、現在公爵家当主を務めているアイシルは小さな頃から王家の者達と家族ぐるみの付き合いをしていた。そのため、何度となくこの王宮に脚を踏み入れており、自分の家の庭のようにどこに何があるのかは把握もしているから、アイシルは先導もなく進んでいくことができる。


だが、王であるクラウスがここ最近忙しいという理由をつけ一切会いに来なくなり、それと同時に城にも呼ばれなくなった事で本当に久しぶりの訪問となったアイシルにとってやはりどこか違和感はぬぐえない。


今まで忙しい時には会えなくとも最低でも一週間に一度は文を交換していたのに、それさえも忙しいという理由で来なくなってすでに三ヶ月の月日が流れている。それもアイシルがクラウスに文をもらわなくなってからの三ヶ月だ。

直に会うは最後に言葉を交わしてから半年が過ぎようとしている。


そしてアイシルの不安な心の原因はもう一つ、殿下がアイシルのもとに全く訪れることがなくなった時期と同じくして、ある噂が王都内に真しやかに流れ始めその真意が分からないためである。


王宮に働く面々もここ最近特にはやいスピードで流れている噂に困惑と戸惑いを覚えているのか、久しぶりに城へと来たアイシルに戸惑いの視線が集まっていることも緊張を高めていく要因になっている。

心配している視線はまだ良いほうで、隠そうともしない嘲りの視線、真意を測ろうとする視線が向けられ、アイシルは知らず知らずの内に持っていた扇を力強く握り締めていた。


だからこそアイシルは王宮と王族が暮らす奥宮へと続く通路の途中を、仕えている者達に無様な姿を晒すことのない様にと細心の注意を払い歩かなければいけないのだ。


まだまだ春には少し早く、通路から見える庭の木々には小さな新緑がぽつぽつと芽吹き始めているなかで、アイシルの心の中は微かな嬉しさと共に、噂が本当なら全く嬉しくない事を告げられる可能性が頭を過ぎり複雑な思いを抱えモヤモヤしてしまっていた。


「アイシル姉様……?」


気を張り詰め、真っ直ぐ前を向きモヤモヤした感情を表に出さないようにとしていたアイシルの耳に、聞き覚えのある声が聞こえてくる。

呼ばれたことに気づいたアイシルは声の聞こえた方へ視線を向けると、その先には一人の少年がアイシルの方へ向かってきているところだった。


「ラシウス様」


走って近づいてきたのはアイシルも良く知る人物で、自分のことを小さな頃から実の姉と慕ってくれている王弟のラシウスであった。

今年十八歳になったアイシルとは年が二つ離れ、今年十六歳になったばかりのラシウスはまさに今、鍛練を終えた後だと思われる服装でアイシルの目の前に来たのだがアイシルはその姿にとても驚いた。

それというのも二人が最後に会ったのもやはり半年も前のことで、その当時はアイシルとラシウスの身長はそっくり同じだった。だけれど成長期真っ只中のラシウスは、半年会わない間にアイシルが見上げなければいけないほどに成長していて一瞬別人かと思いそうになるほど男らしく成長していたのだ無理もない。

だが、ラシウスはそんなアイシルの驚きに気づくことなく不思議そうに話しかけてくる。


「なぜアイシル姉様がこちらに? 今日来られるとは知らされてはいなかったのですが、領地のお仕事か何かでしょうか……?」

「いえ。久しぶりにクラウス様から……、いえ王から直々に文を頂きまして、本日奥宮に来るようにと言われていたのです」

「……王が?」


アイシルの言葉に訝しげな表情を浮かべたラシウスは、顎に手をあて何か考えはじめると再度念を押すように確認する。


「本当に王からの手紙だったのですか?」

「え……えぇ。クラウス様個人の印ではなく、王の印が入っておりましたので間違いはないかと」

「ですが奥宮に呼ばれたというのならどちらにしても私にも一言ある筈なのですが……。今日アイシル姉様が来ることは何も聞いていませんし、その……。アイシル姉様も知っているとは思うのですが、今奥宮には王の客人が……」


言い難そうに切り出すラシウスの言葉に、嫌な予感が当たったのだと無意識の内にアイシルは微かに眉間に皺を刻んでしまう。


「では、あの噂は事実だと……?」

「……どこまでアイシル姉様は聞いていますか?」

「異界の地より来た……巫女がクラウス様をお助けしたと。不思議な力でもって魔物を退け、そして助けた礼をしたいとクラウス様が王宮に招かれたことで何人もの方々が巫女に入れ込んでおられるとお聞きしております」


自分が聞いた噂に自らの感情が入らないように話すアイシル。

それでも自分の主観が入ってしまいそうになるのを手で必死に感情を押さえ込もうと握り締めた。そのため握り締められた手は血の気がひいてしまっている。

そしてアイシルの話を聞きその様子を見ているラシウスは深くため息をつくと、切ない表情を浮かべ騎士の礼をとって深々と頭をアイシルに下げた。


だが姉のように慕われているとはいえ、現第一王位継承者である王弟殿下に頭を下げられてしったアイシルは慌てて頭を上げてくれるようにとするのだが、それを気にすることなくラシウスは悔しそうに言葉を自らの思いを吐き捨てるかのように紡いでいく。


「王は……、兄上は最近変なのです。あの者が来てからというもの執務が滞るだけでなく、何を思ったか最近では得体の知れない娘であるはずのあの者のことを……」

「クラウスッッ~~!!」


苦しそうに、それでもその言葉の端々にはアイシルへの気づかいが伺えるラシウスの話している中、それに被さる様に静かな廊下に突然アイシルが聞いたことはない少女の明るい声が響いてきた。


「……っっ」

「……クラウス様」 


ここは王の家族のプライベートな空間。だからその中に入れる者達は限られているうえ、先ほどまで二人以外の姿はなかったため驚きと共にそちらに注意を向けた二人の視線の先に入ってきたのは、木々の間から見える奥宮の庭園に佇むクラウスと、走ってきた勢いそのままに王であるクラウスに抱きついた少女の姿だった。


クラウスは嫌がる様子もなく、少女を優しく抱きしめると何がそんなに楽しいのかクスクスと楽しそうに抱きついてクラウスに話話しかける少女。そしてその少女を甘く見つめ、まるで恋人のように少女の耳元で何事かを囁きかけているクラウスの姿。

その姿はまるで昔の御伽噺の美しい一場面のようにアイシルの目には映り、今にも叫びだしてしまいそうな心情を、血がにじむほどきつく唇を噛締めることで押さえ、何かを振り切るかのように一度軽く首を横に振った。


そして目を開けたアイシルの瞳は感情を理性で押さえ込み、気づかうように見ているラシウスに向き合う事でその姿を視界から外した。


「……王は何かあの少女のことで話しておられましたでしょうか?」


ラシウスを見つめるその姿はもう傷ついた少女のものではなく、計算高く先を見据える領民を導く領主の顔。

少女としてのアイシルを知っているラシウス。だからこそその表情に、感情を殺してしまうアイシルのことが心配で痛ましく、その胸に苦いモノが込み上げてくるのを止められないでいた。


「王はあの少女をこの国の王妃として据える為に動き始めてます。私の予想ですが、現段階では筆頭貴族の承認など得られる事はないのは分かりきっていますから、議会の承認が得られなくても強行に推し進めて発表するんじゃないかと……」

「そうですか……。では今日の私の呼び出しも大方婚約の一方的な破棄に、あの娘を王妃にするための後ろ盾になるようにという命令の強要というところかしら」

「恐らくはそんな所だと思います……。この国の王妃に相応しいのは昔から兄上を支えてくれていた、アイシル姉様以外いないというのに……っっ!! 何を御考えなのだ兄上は」


感情を未だに押さえ込めずにいるラシウスを連れ奥庭にいる二人に見つからない場所へと静かに移動をしながらアイシルは考えていた。この後に起こるであろう事を予想をし、どうするればあまり事を荒立てずにいられるのかを。


考えを巡らすアイシルとその横で悔しそうに、今は見えなくなってしまったが二人がいるであろう場所を未だに睨みつけるラシウスの間に束の間の静寂が訪れる。

そのラシウスの姿に、自分のことで心痛めてくれる存在がいることに少しだけ暖かいものを感じつつも、すぐに表情を引き締めて背筋を伸ばすとラシウスに完璧な淑女の礼をとり言葉を紡いだ。

今自分がしなければいけないであろう事をするために。


「王弟殿下。私、ハデル家当主、アイシル・ハデル・ド・ケリーは此度もしもあの少女を王妃に据えるというのであれば承服いたしかねます。……ですのでどうか、その事だけはお忘れくださいませんようお願い申し上げます。」

「……それは王に反旗を翻すと?」

「いいえ、それは違います殿下。王が彼女を側妃として召抱え、この国の高位貴族の御令嬢のどなたかを正妃に迎えるのであれば何も問題はないのです。ですが彼女を正妃として召抱え、尚且つ彼女が産むであろう子が次期王になるというのであれば私は、ハデル家は使命を、古の約定を遂行せねばならないのです。それは他の高位貴族も同じで御座います」

「古の約定? それは一体どういう……?」

「私から言えることは今はここまでです殿下。もしも約定のことが気になるのであれば、どうか王宮にある図書室で約定のことをお調べください。古い書物の中に答えは記されているはずです」


深々と頭を下げ、困惑するラシウスを気にすることなくアイシルはその場を離れるために踵を返す。


「ぁ…。アイシル姉様どちらへ……?」

「今日私は呼ばれてこちらに来たましたので、王のもとへ行きます」

「……」


ラシウスは混乱しながらも、離れていくアイシルに慌てて問いかけると、振り向いたアイシルは艶やかな微笑みを浮かべてそう答えた。






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