四話 金縛りにて
夕べ僕の部屋に来たのはお姉さんの大切な人――森川 修一さん――だと言う事が解った。
確証こそ無かったが、僕は何故か子供心に“そう”だと思っていた。
けど、と、僕はベッドの上で横になりながら思った。
お姉さんに大切な人が居た事を、僕は知らなかった。多分、近所の子ども達、つまりお姉さんによく遊んで貰っている子達の誰もが知らないと思う。
何故なら、そんな話は聞いた事も無かったし、その森川さん、という人も見た事が無かった。
ただ、確かに夏休みに入る少し前から、お姉さんの姿を見なかったな、とも思う。
きっと、森川さんのお見舞いに行っていたのだろう。
しかし、森川さんは死んでしまった。お姉さんは“亡くなった”とまでは言っていなかったが、きっとそう。
だけど、とも思う。
そんな人が、何故僕のところに現れたのだろう?と。
さっきも言ったように、僕は森川さんという人の顔を見たことも無かったし、そもそもそんな話を聞いたことも無かった。
つまり、向こうも僕の事を知らないという事だ。なのに、何で僕のところに?
僕はあの幽霊が森川さんだと疑っていなかった。
コンコン・・・
と、音がした。
扉がノックされたらしい。
僕は少しびっくりしながら、
「ハイ・・・」と小さな声で答えた。
すると扉が開く音と共に、看護婦さんの声が聞こえた。
「そろそろ消灯時間だから、テレビ切ってね」
「は、ハイ」
解りました。と、僕は頷いた。
じゃあ、電気消しますね。と、電気を消す音が聞こえた。
目の見えない僕にとって電気の有無はどうでもよかったが、ともかく僕は「おやすみなさい」と看護婦さんに挨拶をした。
眠れない。
電気を消してどれ位経ったか解らないが、ともかく僕は眠れなかった。
寝る前に散々あんな事を考えていたからだろう、眠気はあっても体がそれに従わない。
電気が点いていようが消えていようが変わらない暗闇の中で、ただ思い浮かぶのは昨夜の幽霊の事ばかり。
今日も来るのだろうか?
来るとしたら、また部屋の隅で存在をアピールするのだろうか?
そんな事を考えているうちに、
うつら、うつらと、
包帯の下で、
まぶたは閉じ―――――
そして緊迫感で眠気は消し飛んだ。
眠れるか眠れないかの狭間。もしかしたら少しは眠っていたかもしれない。
しかし今、僕は言い知れようの無い“何か”で眠りから覚めた。
何かに押さえつけられるような圧力。それが、体を四方八方から締め付ける。
“金縛り”という現象だった。
息が苦しくなり、体が一切動かせなくなった。
元々目は見えないから、周りを確認することも出来ない。
が、
僕はその時既に“感じ”とっていた。
その存在。
部屋の隅。
スー・・・ ハー・・・ スー・・・ ハー・・・
昨日と同じ、あの吐息。
昨日と同じ、あの気配。
間違いない。
僕は思った。
ヤツだ!と。
森川だ!と。
吐息は昨日よりも近くに感じる。
部屋の隅ではない。テレビの辺り。
昨日よりも近い。
その事実に、僕は恐怖心をより大きくさせた。
ただ、何故かその反面、冷静でもあった。
昨日で慣れたのかもしれない。もしくは、お姉さんに話を聞いていたからかもしれない。
僕は動けない体の変わりに、と、声が出るかを試してみた。
「ぁ・・・ぁぁ・・・」
出る。小さく、ではあるが、確かに出た。
僕は、その小さな声で、気配に声を掛けることにした。
「森・・・川・・・さん・・・?」
と。
すると、
・・・・・・・・。
気配は一瞬黙った後、
フッ・・・
笑・・・った・・・?
そうして、気配は消えた。
本来なら、ここで僕の金縛りは消えたりするのだろうが、
その時、僕の体への圧迫感は増した。
息すら困難なほどに、締め付けられるかのような感覚。
熱が出たときのような、茹だるような暑さの反面、凍えるように背筋には寒気が走る。
うなされるような体のだるさの中、
遠く、
声が聞こえる。
喧騒・・・?
先生――――さんが―――です!―――が―――をこっちに―――早く―――
その声すらも現実なのか夢なのか。
解らないままに、
僕の意識は暗転――