一話 夏休みにて
僕が視力を失ったのは今から五年も前の、夏休みが始まって間もない頃だった。
夏休み、という小学生には堪らない響きに後押しされて、僕は自転車に乗って友達と走り回っていた。
小学六年生。遊び盛りで、何でも挑戦してみたくなる年の頃である。
中には引っ込み思案で、中々遊びとは無縁な子どもも中にはいたが、生憎僕はその部類からかけ離れた存在であった。
その日も、僕は友達と一緒に自転車で走り回っていた。
子どもの時分、それくらいしかやる事が無かったのも理由の一つであるが、その頃流行りのゲームというのは、僕にはどうにも合わないものであった。
田舎であるため、見渡せば必ず山が目に入った。
その山の幾つかは都市に進出され、堀り進められ、住宅街が出来ていたりもした。
子どもの僕等は、その住宅街の坂道に興味を持った。
山を切り崩して出来た道である。急な坂で、子どもが自転車に乗って登るには大変だったが、僕等の興味はその『先』にあった。
必死になって自転車を引き、道が尽きる先まで行った。
そしてそこから見下ろす景色に、僕等の胸は一つの想いに沸き躍るのだった。
この坂を自転車で駆け下りていったら、どれだけ楽しいだろう。
そんな想いである。
今から考えれば、とてもとても恐ろしくて出来やしない。が、やはりそこは子どもであったため、恐怖心よりも好奇心の方が勝ってしまった。
「行くぞ!」
と、友達が言った。
僕は大きく頷いて、自転車に跨った。
「それ!」
と、僕と友達は勢い良く駆け出した。
駆け出した、と言っても、下っているのである。
ぐんぐんと、スピードが上がっていく。
それでも、僕も友達も、ブレーキを掛けようとは思わなかった。
それでも少し、ほんの少し恐怖心が芽生え始め、ちょっとブレーキを掛けてみようか、とブレーキに手を伸ばした。
その瞬間だった。
石、だったか、それとも段差であったか。それは覚えていない。
というより、物凄いスピードであったため、目では捉え切れなかった。
ともかく、僕の漕いでいた自転車は、何かに躓いてしまったのだ。
「うわ!」
と、思わず声を上げた。
思わずブレーキを掛けたのはいいが、それが前輪のブレーキであったため、自転車の後輪が持ち上がってしまった。
そのまま、僕は前のめりになって、自転車から放り投げらた。
地面に衝突する直前か、もしくは直後か、ともかく、その後の記憶は無い。
気が付くと僕は横になっていた。
下がコンクリートのような固い感触ではなかったから、ベッドの上だろう、とスグに解った。
体をもぞもぞと動かすと、全身に激痛が走った。
針で突き刺されるような痛みと、鈍痛とが同時に体を襲った。
「痛ッ!」
と思わず声を上げると、今度は、
「健ちゃん!」
という声が横から聞こえた。
健ちゃん、と言うのは、僕の愛称である。この呼び方をするのは、家族以外にはおらず、その声の主が母である事も、すぐに解った。
ただ、僕はこの時ようやく気が付いた。
声は聞こえても、母の顔が見えないのである。
目は開けているつもりだったが、そこは真っ暗だった。
この時、僕は初めて、視力を失っているのだと気付いたのだった。
一応ホラーの分類に別けましたが、ホラーではないかもしれません。もし「これは○○のジャンルだろ」というご意見がありましたら、お知らせください。
ともあれ、楽しんで頂ければ幸いです。