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悲劇の果て











悲しみに明け暮れる坂原は……



最愛の女・美雪の死に直面し、彼女の遺書を見せられた坂原は、悲しみの余り自宅で散々暴れ回った挙げ句、勢いだけで家を飛び出し、恋人を死に追い遣った罪を償うための死に場所を探した。


しかし、歩き回ること三時間半。

見付かったのは死に場所などではなく、



古藤の家だった。



(何て事だ…死のうと思っていながら、俺はまだ…奴に助けを求めようと…)


そう思っていると、あの日と同じように、背後から声がした。




「やあ」





「古藤…」

「どうしたんだい坂原君?見たところ良い気分ではないようだけど…何か問題でも?」


「古藤…聞いてくれ……」

「あぁ、聞くとも」


「美雪が……」

「美雪?彼女がどうかしたのかい?」




「美雪が、死んだ……」


「何だって?…兎に角中に入ろう。話はそれからだ」


○○○○


「悪夢を?」

「そうだ。美雪と俺の二人を、この世の全てが追いかけてくるんだ…」


古藤の家で、坂原は昨日会ったことをありのままに話した。

そしてその話を聞いた古藤は、ある一つの結論を出した。


「原因は恐らく、僕が君に与えた薬だ。

というのも、副作用によるものだよ」

「副作用?」

「そう。僕は君に薬を渡したとき、『使用上の注意点三項目』を言ったろう?」

「…禁の事か!?」

「ご名答。話を聞くに空腹時の副作用が変な方向に動いてしまったんだろうねぇ。


つまりこれは薬を作った僕の責任であって―

「古藤、刃物を貸せ!」

「あぁ成る程そもそもの元凶を産んだ僕を殺すのかでもその前に君の体内の薬を抜いた方が良いと思うんだけど―

「誰がお前を殺したりするもんか!美雪を殺したのは俺だ!

だからせめてその償いに、俺は自ら命を絶つ!」

「え!?何!?何を早まってるんだ君は!?」


見れば坂原は古藤の骨ノコギリを首に押し当てようとしている。


「言っただろう?美雪が死んだのは俺が薬を飲み間違えたからだ!だから俺も―

「おぉおおおおぉい止せ止せ止せ止せ止せ止せ止せ止せ止めるんだ!」

「止めてくれるな、古藤!」

「いやいやいやいやいやいやいやいや!早まるなと言ったろう!」

「早まらせろ!」

「考え直すんだ。確かにそれは君の望みかも知れないが、僕の望みじゃあないしなにより美雪の望みでもないはずだろう?」



坂原の手から、骨ノコギリが落ちた。



「遺書には何て書いてあったっけ?」

「…『幸せに生きろ』」

「そうだろう?何より彼女を愛しているのなら、彼女の最期の望みくらい叶えてあげるべきじゃないかな?」


頷く坂原。


「なら先ずは、君の体内から薬を抜き取らなきゃね」

「薬を抜く?」

「そう。正しくは『浄化』と言った方が良いかな。兎に角それをしないと、君は毎晩昨日のような悪夢を見る羽目になってしまうからね」

「そうか…」

「それじゃあ、早速始めようか。作業開始は早ければ早いほど良い」

「あぁ」


○○○○


白い寝間着に着替えた坂原は、まず直径一センチ程の赤い丸薬を飲まされる。


「これは?」

「体内の薬を尿と共に排出させる作用のある薬物だよ。

ついでに作用しやすいように君にはこれから寝て貰うわけだけど、この薬は脳に働きかけて排尿に最適の時間に君を起こし、トイレに向かわせ排尿させる作用もある」

「何だその作用…」

「この薬を使ったのは君で八人目だけどね。コレまで試した七人は何れも何の異常も起こりはしなかったよ。だから安心すると良い」

「そうか」

「あぁ、あと浄化が完了したら君は何かの意味で『進化』しているかもしれない。信じられないことだが、君の中で何かが変わってしまうんだ。


そして君は明日以降必ず、定期的に全く同じ夢を見るだろう。これも過去の事例からでね、七人中三人が進化を帯剣した。うち一人は身体能力が元の倍以上に向上。もう一人は肌が鱗状に変質するようになって、高熱や衝撃、刃物なんかが平気になったし、残る一人なんて鳥に変身したからねー。いやーあの時はもう羽根の処理が大変だったよ」

「…何はともあれ平和を望むよ俺は」


***


「お前さんが…悟の女ってワケか」


繁華街の一角にて、総菜パンを食べつつそう言うのは、坂原の知人・手塚。


「はい。そうなりますね」


そう言ったサユリに、賺さず坂原が言う。


「そうならないだろ。何時からお前は俺なんかの恋人になった?」

「何よう、英訳すれば私は坂ちゃんのガールフレンドでしょ?」

「それはそうだけどなぁ…」

「それとも私じゃ駄目?」

「そうとは言ってないが…」

「やった!ありがと坂ちゃん!」


そう言って抱きつくサユリの頭を、坂原は優しく撫でる。

そしてそんな二人―抱きついたサユリと、抱きつかれて満更でも無い表情の坂原を見て手塚は思う。


(こうしてまた一組、この夜に新たなるバカップル的な何かっつーか、バカップルの蛹みてぇなモンが産まれちまったってワケか…。まぁ、その線で行くと俺もそうなんだろうけどな…)


***


暗闇の中、坂原は目覚めた。


「此処は…一体…」


辺り一面が、何もない闇だった。

光もなく、音もない。しかし、自分の姿と音は聞こえる、奇妙な闇。

そんな闇の中、坂原の目の前にもう一人の人影が現れ、声を発した。


―悟…


女の声が、確かにそう言っていた。

更にその声は確かに、彼が嘗て愛した女・美雪のものだった。


「美雪…?」


悟の耳へ届く声は、次第に強くなっていった。

しかし同時に、彼の頭へ突き刺すような激痛が走る。


「…ッ!」


激痛は声と共に大きくなっていく。

更に、悲しげな美雪の声と、生命力を失った死に顔のイメージから呼び起こされる罪悪感は、坂原にとって最悪の苦しみと言い表せた。

それらに耐えられなくなった坂原は、叫ぶと共に飛び起きた。


「来るなぁぁァァァッ!」


気付けば彼は、白井ベッドの上に居た。遠くからは、古藤の声がする。


「お目覚めかね、アローンマン」

「あぁ…起きたよ。最悪に近い状態だが、薬の御陰で二十四にして寝小便なんてバカな事にはならずに棲んだ」

「それは何より。本音としては、ここで君の元へ食事を持った片言喋りの体格控えめな小動物系犬耳美少女を送り込めないのが何より残念だ。

起きてから食べたいもののアンケートも採ってないし」

「気にするなよ。俺はあんなに勇敢じゃない」

「そうかい。それで、夢は見たかい?」

「あぁ、見たよ。暗闇に一人で居て、どこからか美雪の声がするんだ。それで、誰か居るような気配も感じられた」

「他には?」

「突き刺されるような頭痛があった。しかも声に併せて大きくなっていきやがるんだ」

「成る程ね。

単刀直入に結論を言うと、君が見たその夢というのはね、言うなれば君の罪悪感が映像という形を取ったものだよ」

「罪悪感…か」

「そう。そしてもう一つ程つけ加えておくと、その夢は君が何かを決意するまで定期的に君の眠りを邪魔しに来る。『何かの決意』以外に消し去る方法はないと言うことさ」

「何か…って、何だ?」

「さぁねぇ。それが判れば僕も君も苦労はしないよ」

「そうか…ん?」


ふと、坂原はある異変に気付く。


「(…まさかこれが…進化って奴なのか…?だとしてもこの変わり様は…)こっちも単刀直入に言おう。

古藤、俺は『進化した』のか?」


すると、古藤は答えた。


「あぁ。君は進化した。これで君はこの丸薬を処方された八人目であり、そして生き残った八人目であり、又進化した四人目というわけだ」

「そうか…なら古藤、鏡はあるか?」

「…後悔する覚悟があるというのなら…」


鏡を差し出す古藤と、受け取る坂原。

鏡を見た坂原は、思いも寄らぬ反応を帰した。

笑い出したのである。



「へぇ!これが俺?まるで世紀末以前のヨーロッパ辺りで描かれた安い木版画から飛び出してきたみたいだなぁ!」

「…ふゥ。てっきり落ち込むかと思っていたけど、喜んでくれて何よりだ。おーい、手塚に香取―、来てくれ。奇跡のような患者が居るんだ!

あ、ちなみに姿は後一晩もすれば戻るから今日は泊まって行くと良い。

ついでに二日くらいで自分でホイホイ変身できるようになるだろうから、よかったら試してみて」


薬によって『進化』した坂原が果たしてどんな姿になったのか?

それについてはまた、後程明らかにするとしよう。


◇◇◇◇

「あァん?おい、オドレ今何ちゅうたんじゃい!?」


派手な青いスーツを着た恐ろしげな悪党面の男が椅子を蹴り倒す。


「だから言ったであろう。大いなる儂の主様は、お主等と平和的な関係を望んでおられるのだ。

無駄な血を流すまいと思われてな。故に儂は、こうしてお主等に頼んでおるのだ。

この二十億の小切手と引き替えに、この書類に署名し印鑑を押すよう其方の最上位の者に言えと」


淡々と答えるのは、狐面の男・野村。


「アホかオドレは!そんなはした金で極道が転んで溜まるかい!大体何やコレは?『金輪際尾潮組寮内での違法行為を自ら禁ずる』?『如何なる場合に於いても、尾潮組系列の組織及び民間人に決して危害を加えない』?『公共に対する一切の迷惑行為を自ら禁止する』?

オドレ極道ナメとるやろがィ!?そやったら何か?ワイ等そこいらの社会人か糞餓鬼みたく大人しゅうしとけちゅうんかい?それに何やこの最期の奴!

『これに版下者は追放又は処刑とし、違反者一人につき尾潮組に謝罪量二百万円を支払う』てなァ!

何が平和的な関係じゃい!オドレ殺したろか!?おォ!?」


只でさえ恐ろしい顔面をさらに変形させ、凄まじい剣幕で怒り狂う男に、傍らの部下らしき青年が言う。


「わ、若!落ち着いて下さい!さもないと何をされるかわかったもんじゃ在りません!」

「じゃかァあしィわ!相手は一人やぞ?この大人数で負けるわけないやろ!」

「その一人が問題なんです。相手はあの野村ですよ?聞けばあの男、五年前の暴走族大量虐殺事件の犯人だって話もあるくらいで」

「それがどないしたんじゃ!どうせそんなん尾潮組が流したデマや!今のご時世そんなん禿げ狗の仕業に決まっとるやろが!」


若頭は、近頃現れては暴走族や犯罪者ばかりを喰い殺す、謎の獣の名を出した。


「いやいやいやいや、確かに禿げ狗の方が恐ろしいでしょうが、あの尾潮勇司が自らの臣下として一人息子以上に可愛がってるって話もあるあの野村ですよ!?」

「そうかも知れへんけどなぁ建部、その野村を殺してこそワイ等の格も上がるっちゅう奴やろ。

まぁええ、お前はウチの参謀やからな。先に逃げとけ」

「恐れ入ります」

「気にすんなや。こいつぶっ殺したらなぁ、あとで何かごっつええもん食わしたるわ。リクエストあるか?」

「じゃあ…焼き肉を」

「焼き肉か…おっしゃ決まりやのォ。

と言うワケや!御前等、このナメとるアホぶっ殺して、ワイの傲りで焼き肉行くで!」


そう言って、その場に居合わせた男三十人程が、次々と野村に向かっていく。


「ッラァ!」


髭面の男が正面から向かう。しかし、男は顔面を砕かれて一瞬で息絶えてしまう。

その後も大勢の男達が野村に戦いを挑んだが、どのみち勝負は見えていた。

そして、その場に居た男達の人数が元々の六分の一程になってしまった時の事である。


「ワイは建部との約束があるけんのォ…死んで貰うでェ!」


そう言って若頭が取り出したのは、なんと日本刀。

若頭は刀の鞘を投げ捨て、勢いよく野村へ斬り掛かっていく。


「ウルァァァァァァァァァッ!」


しかし、その動きは野村の右腕によって止められてしまう。

刀こそ寸前で振り下ろしたものの、着られたのは野村の面だけであった。


コトッ…


真っ二つになった面が、床に落ちる。

そしてその中から露わになった野村の素顔を見て、若頭は悲鳴を上げ、他の男達は皆逃げ出してしまった。


「儂の素顔を見てしもうたか…残念だが、お主等の運も此処までよ……。

どれ、手始めにお主を持て成すか…老いも悩みも煩いも無き、悟りの果ての境地へと」


数日後、若が白髪見るも無惨な変死体で発見された。

奇妙なことに、警察はこの変死体の身元特定に通常の倍の時間を要したという。

だが、それもその筈である。

何を隠そうその死体には、



上半身の臍から上が全くなかったのだから。



余談だが、逃げ出した男達もこの後、人間を一口で食い殺す事の出来るほどの巨大な口を持つ巨大な肉食動物に喰い殺されたかのような変死体で発見されている。

その時、唯一例外的に生き延びた建部は、その後メンバーの葬儀に出席した後組織の意向で極道から足を洗い、元々の高学歴を生かして社会人として真っ当な道を歩んでいるという。

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