彼女の家へ
悟とサユリの趣味があまりにもマニアック過ぎます本当に有り難う御座いました
「今日からさ、お店休みなんだよね」
ある日店の前で、サユリは坂原にそんなことを言った。
「休み?何でまた急に」
「姐さんがね、『昔の恋人や友人知人に会いたいから旅に出る』って、最低一年は休みなんだって。
で、『今日から丁度一年―つまり来年の今日までに帰ってこなかったら、死んだと思って店の経営権引き継いで良い』ってさ。お給料まで一年分くれたよあの人」
「死んだと思ってて…あのバアさんがか?どんだけ気前良いんだよ」
「このお店で働き始めてもう二年になるけど、あの人ああ見えてかなり破天荒なの。
ほら、前にお店の色が一日一色、一週間で七色変わったって事があったでしょ?」
「あぁ、赤一色とか黄色一色って奴か」
「あれ、姐さんが一人でやったのよ?」
「はぁ?まさかあの面積を一晩で、それも一人で塗ったっていうのか?それも七日間?」
「そう。問題はそこなのよ。でさ」
サユリは坂原にある提案をした。
「坂ちゃんてさ、いっつも空き家とか友達の家とかを転々としてるんでしょ?」
「まぁな」
それについては冒頭で述べたとおりである。
「だったらさ、ウチに来なよ。チンケだけどそこらへんの空き家よかマシだからさ」
「良いのか?」
「うんうん。だって私一人暮らしでさぁ、動物飼ってるんだけどそれでも人肌が恋しかったりするんだよ。だからこれを期に坂ちゃんと同居するのも手かなぁって、思ってたの」
「そういう事なら」
「よし、決まりっ!それじゃ付いて来てー」
○○○○
とあるアパートの一室。それがサユリの自宅であった。
(…何処がチンケだよ…何処が…思いっ切りいい部屋借りてるじゃねぇか…それに…)
坂原がサユリの部屋に入って一番驚いたこと。
それは、彼女の飼っているペットの数だった。
まず、全身黒い猫を抱き上げて言う。
「この子はオレンジ。避妊済みの雌で、一年前雪道で拾ったの」
「オレンジ…黒猫でかよ」
猫を放したサユリは、続いて大きなアクリル水槽を指差し言った。
「あの中のは、グリーンバシリスクの会川ね」
「あぁ、あの水面走る奴か。見たところ雄だな」
「そ。雌は色彩が地味なんだよね。ちなみにメンバーの中では一番の古株で、何かクレーンゲームの景品になってたから、友達呼び付けて二千円注ぎ込んで手に入れたの」
「おいおい…イグアナが景品になってたって話は聞くが…」
「バシリスクも景品になってたんだよね。10センチくらいで餓死寸前だったからさ、店長軽く袋叩きに―」
「OK。判った。次の奴を説明してくれ」
更に篭を指差して言う。
「こいつらは新顔の養殖プレーリードッグで、緑の首輪してるのが雄のユート。水色の首輪してるのが雌のリンコって言うの」
「あぁ。プレーリードッグって感染症媒介するから輸入禁止だったな」
「そういうこと」
続いては大きなプラケースのフタを開け、中を覗き込みながら言う。
「トウキョウサンショウウオ五匹。名前はないけど雄二匹に雌三匹だよ」
「アカハライモリじゃなくトウキョウサンショウウオって所がまたマニアックで良いよな」
「でしょ?」
更に鳥かごを二つ持ってきて、
「キバタンのチョウタとアヤ。性別はそれぞれ雄と雌」
「大型のオウムだな。名前の割に羽根は白いんだな」
「最初はハシブトガラスの卵盗んでこようかと思ったんだけどね、中々巣が無くてさぁ。それに鳥の卵の人工孵化とか雛育成って、結構お金掛かりそうで」
「それ以前に卵盗もうとか思うなよ頼むから…」
続いては会川のものより小振りなアクリル水槽。
「ダイオウサソリの恐怖大帝」
「サソリにその名前は普通女じゃつけねぇしサソリは普通女はそんな飼わねぇだろ」
「いやぁ、ビー○トウ○○ズの初代サソリが格好良かったから」
「あぁ、アドリブ祭りのカナダ製じゃサソリは悪玉の理想戦士だったな」
「そーそー。砂漠戦闘指揮官とか言っておきながら砂漠で戦ってるくだりはないわ、スキャン元が何処居たか知らされてないわ、物凄く上司思いなのにすぐ死ぬわで結構不遇なんだけど、それでもあのキャラは忘れられないよね」
「実写にも出られたしな」
「残念ながら人格無いけどね」
「マジで残念だよな」
更に、サユリは次々とペットを紹介していく。
「この蚕蛾は繭で色々作ったりするのに飼ってるの。食べても美味しいし、動きが可愛いのもあるけど」
「そういえば店の飾り物の中に蚕の繭で作った人形とかあったよな」
「うん。あれ自作。で、こっちはミズダコのフジミ。雄で結構頭良いんだよ~」
「蛸の知性は折り紙付きだよな」
「あとは熱帯魚かな。ネオンテトラに、トランセルースグラスキャットにコリドラスなんていうスタンダードな混泳ぎ向きの小型魚から」
「汽水魚のアーチャーフィッシュに雑食ナマズのロラカリアなんて変わり種まで揃ってるのか。よく水質管理できるなコレ」
「努力と根性だよ。それからこっちはカニのヒヤマね」
「蟹と言えばアレだよな。広島弁」
「だよねー!この名前もそこからだし」
「やっぱりか~。で、この変な奴は何だ?オニイソメか?ツバサゴカイか?それともメタンアイスワーム?」
「いやいや、どれもレアすぎて私なんかじゃ飼えないって~。
このカサヤシロは先月お風呂場に居たのを捕まえて飼ってるだけで、種類も何も判らないんだから」
風呂にそんなものが居る時点で人外魔境なんじゃないか、そう思った坂原であった。
「……思ったよ。お前の家は小さな動物園だってな」
「いやいや、世の中広いからね~。ま、立った侭なのも何だし、とりあえずくつろいじゃって~」
「あぁ(しかし何だあのカサヤシロって奴は…あんなのが風呂場に居るのか…?)」
そうこう考えているウチに、サユリが昼食を持ってきてくれた。
更に山海苔の豚肉やスクランブルエッグ、更に色鮮やかなサラダ。大きな握り飯には韓国海苔が巻かれている。
「お待たせー」
「なかなかのご馳走だな」
坂原のそんな言葉に、サユリは嬉しそうに答える。
○○○○
「ところで」
食事が終わってから、坂原は言った。
「ここ、アパートなんだよな?ペットとかこんなに居て大丈夫なのか?」
その問いに、サユリはあっさりと答える。
「ん?あぁ、大丈夫大丈夫。ここの大家さん結構おおらかなひとでさ、家賃払わなくても何も言ってこないし」
「はぁ…」
「そもそも一年の四分の三以上は海外にいるのよ、大家さん。何か変な骨董品とか石とか細菌とかを世界中で売り買いしてるらしくって」
「骨董品と石は良いとして…細菌?」
「そ。細菌って言っても、お酒とかチーズが美味しくなったり、燃料作ったり、雑草とかが意中だけにピンポイント感染するようなのなんだって」
「へぇ、世の中広いんだな」
「まーね。私達にゃ理解できない領域がまだまだ在るって事じゃないの?」
「だろうな」