熱い女と諸刃な純愛
古藤の言い付けを破ってしまった悟は……
「そんなわけでさぁ、いっつも科学科学言ってる私だからって、別に宗教のアンチじゃないのよ。寧ろ人を導くのはさ、宗教のが上手だからね。特にキリスト教の教えは天才的だよ」
ハンバーグセットを突きながらそんな事を論じる、ブレザーに眼鏡の女の名は楠木。
世界に名を轟かせるようなことをして世の中を良くするわりにそんなオーラを一切放っていない風変わり極まりない企業・シンバラ社の社員兼同人作家であり、また手塚の恋人(に見える存在)でもあった。
「それじゃあ、今までの長い話は何だ?」
坂原の問いに、楠木は答える。
「だからさぁ、教えだか何だか知らないけど、兎に角何かと知ったかぶりと都合良すぎな解釈の学説掲げて科学に喧嘩売ってくる奴が多すぎるんだって。
っていうか、正直何でも聖書が正しいって思い込んだ挙げ句見事にプロパガンダされてる馬鹿な創造論者が痛々しくて腹立つって話なの!
未だに人間は猿から進化したとか古い説信じてるしさぁ。アレは途中で分岐しただけであって直接の祖先じゃないっての!
教祖自ら、『右を殴られたら左も出せ』とか『上着を盗むバカには下着もくれてやれ』とか『一キロ同行してくれと言われたら三キロくらい同行してやれ』とか『自分の敵を愛し、迫害する奴の幸せを祈れ』とか、死にかけてでも皆で仲良くしましょうって言ってることも忘れて異教徒とか進化論者とかを異端者って勝手に決めつけて自分達と考えが違うってだけでぶっ叩いてるしさぁ。
いや、全員がそうとは言ってないけどね。でもそれってつまり、千四百年代辺りから一切思考回路が進歩してないって事でしょ?
しかも未だに選民思想とか言う宇宙黎明期に全く売れなかった一発ギャグを本気で信じてる奴も少し生き残ってるって聞くし、証人だかショウヘイヘェ~イだか何だか知らないけど、本家にすら喧嘩売るマルキュウも街頭でよく見るんだけど。
そりゃ区別無く嫌われもするよ教会クリスチャン。
一部がバカやって目立つ所為で同じ穴の奴全員が嫌われるって良い例じゃん。いいとこそこらの高校と何が違うのよ?
知り合いに牧師で佐野さんて人居るけどさ、あんな国内探して二十人いるか居ないかのいい人がそんな奴の所為で言われもなく嫌われる危険性があると思うと正直泣きたくなるよ私は。
あ、っていうか思考回路変わんないのは仕方ないよね。アイツ等進化は眉唾って思い込んでるだけに多分自分達もそんな進化しないだろうし」
「確かに言われてみればそうなるんだろうな」
「でしょ?大体さぁ、そう言う駄目な思考回路の所為で散々戦争が起って、大勢の人や動植物が大した理由もなく犬死にしていったんじゃん?
ポソとか良い例だよ。あれも確か似非クリスチャンのバカがイスラム系のロリ犯したってデマが流れたのが原因だった筈」
「だが戦争の御陰で科学も進歩したって聞くぜ?」
「まーね。でもそれは言ってみれば結果論であってさ、戦争の正当化にはなんないワケよ。
北●武が昔狂ってた御陰でテレビ会は出演者の人権を考えるようになったって、●野武の狂気が正当化されるわけ無いでしょ?まぁあの人はスペックが神がかってるし、交通事故で死にかけたって制裁を受けてるけどさ。
大体、B●Oとかいうのが居る癖に民放は未だに頭悪そうなドッキリ企画で芸人の人権無視した特番組むじゃん。ああいうのって正直、スタジオで大笑いしてる連中とか客にも何かしら仕組むべきだと思うよ?それもロケ先の芸人のドッキリより怖くて、思いっ切り洒落にならないようなのをさ。
例えば会場に実銃持った役者を送り込むとか、照明器具落っことすとか」
「おいおい…それはあんまりじゃないか?」
「だよねー。それがまともな一般人の反応って奴だよ、サトルちゃん。
だけどさ、私が言いたいのは、そうでもしなきゃドッキリの被害者が浮かばれないって事。
あ、話が逸れたけどさ。別に戦争してなくたって科学技術は進歩してただろうし、かといって世界を宗教的思想だけが支配して手も駄目だって話でね」
その後も『そうは言っても科学技術の進歩は少し後れてた方が地球に優しかったような気もするけど…』などと語る楠木の話を聞きつつパスタを食べていた坂原は、楠木に言った。
「…なんかお前、実は凄く熱い奴なんだな」
「え?そうかなぁ。動物って大体こんなんだと思うけど」
「『人間』じゃなく『動物』かよ…」
◇◇◇◇
「時に野村」
高級感のある部屋の中、初老の男が言う。
「何でありましょう?」
それに答えるのは、狐の面を着けた男・野村。
「学徒は…息子は最近どうだ?」
「どう。と、言われましても」
「近頃妙に苛立った様子が目立つと聞いてな。また何かあったのではと、そう思ったのだが」
「それでしたら…」
野村は、昨日店で起った出来事―尾潮学徒と見ず知らずの男との衝突。
及び、その時男から感じ取ったただ者成らざる気配について話した。
「…本当にその男から、そんな気配を感じ取ったのか?」
「はい。恐らくあ奴は、儂の同胞と思われます」
「何?お前のような者が、未だこの世に居るというのか?」
「はい。とは言っても、儂の気の所為やも知れませぬが…」
「まぁ良い…下がれ…」
「御意にて」
野村が出た部屋で、男―暴力団『尾潮組』七代目組長・尾潮勇司は頭を抱えた。
***
画家・坂原悟とその恋人・宮沢美雪は現在、逃げていた。
何から、等と明確に表現することは出来ない。
何故なら二人は、この世の全てから逃げていたのだから。
生物、機械、建造物、更には地面の小石や砂一粒までもが、二人の通過を認識するや否や、逃げる二人を恐ろしい形相とおぞましい動きで、聞くに堪えない金切り声を挙げながら追い回す。
そして森の中、二人が追っ手を振りきったと思った時。
突如、地面が崩壊した。
暫くして、坂原は草地で目を覚ました。
そして気付く。傍らに美雪が居ないことに。
「美雪…美雪ィッ!」
全身の骨を幾つも折っているにもかかわらず、坂原愛する者を探し続けた。
そして歩き回ること五十分、坂原は地に伏している恋人の元へ駆け寄っていく。
「美雪!美雪ッ!」
坂原の声に気付いた美雪は、か細い声で言う。
「悟……来ちゃ……駄目……」
そして、坂原富之との距離が三メートル程になった時。
地面を突き破って何かが現れた。
それはドラム缶のように太い胴を黒光りする外皮で包み、サバイバルナイフのような歯が無数に生えた大口から、人間の腕の二倍は在るであろう舌をチラつかせる盲目の大蛇であった。
鎌首を擡げたままの大蛇を見た坂原は、凍り付いたまま呟くしかなかった。
「………止めろ………」
しかし大蛇は、そんな坂原の言葉を知ってか知らずか、地に伏した美雪の上半身に食らい付き、彼女の身体をズタズタに引き裂いて丸飲みにした。
その惨状を直に見せつけられてしまった悟の叫びは、声にならないようなものであった。
***
「良し…こんなのでどうだ?」
その日、坂原はとある漫画喫茶で絵を描いていた。
「お、良いじゃねぇか。後はコイツをパソコンに取り込んで、色付けるだけだな」
手渡された前衛的なデザインの獣が描かれた画用紙を受け取るのは、一月の半分以上をこの店で過ごす男・田宮。彼は食料の買い出し中に坂原と出会い、彼に絵の依頼をしたのだった。
その絵というのは、田宮が最近始めたネットオークションと関係があった。
彼がオークションに出品する品は、主にて所為の工芸品―例えば土や樹脂を加工して作った食器や小物であったり、古雑誌のページから作ったコラージュをパソコンに取り込んで、その画をプリントした衣類など―が主流だったのだが、その商品に坂原の画を使おうと考えたのである。
「色はお前が自由にやってくれて良いからな」
「オゥ。ほいじゃあ…」
田宮はポケットから財布を取り出し、抜き取った一万円札二枚を坂原に差し出す。
「依頼料だ。グッズが売れたらその売り上げもなんぼかやる」
「おいおい、止してくれよ。俺はこの絵を好きで描いたんだ。仕事をした覚えなんて無いよ」
金を受け取ろうとしない坂原に、田宮は真顔で言う。
「いや、お前がやったことは俺にとって仕事だ。だから俺は、此処でお前に金を払わなきゃあ気が済まねぇんだ。だからよ、この金はもってってくれねぇか?」
田宮のまさかの言葉を聞いた坂原は、仕方なく二万円を受け取ることにした。
***
「―――――!!」
朝。坂原悟は寝床で飛び起きた。
「……夢か…」
悪夢から目覚めた坂原は、着替えを終え、と恋人の部屋へ向かった。起こすためだ。
「美雪―、入るぞー?」
軽くノックをしたが返事はない。まだ寝ているのだろうと思った坂原は、彼女を起こそうと部屋に入った。
入ってしまった。
そして見た。
見てしまった。
首から血を流し帰らぬ人となってしまった最愛の女・美雪の姿を。
首筋を刃物で切り自殺してしまった、恋人の姿を。
何をして良いのか判らなかった坂原は、思い切り泣いた。
泣くことしかできなかった。
泣き止んだ坂原は、ふと一枚の封筒を見付けた。そこにはただ『私を愛してくれた人へ』と書いてある。坂原は恐る恐る中身を取り出して読んでみた。
―以下、封筒の中にあった手紙の文面―
私を愛してくれた人、悟へ。
今まで散々苦しめてしまって御免なさい。
どうせ近い内に死んでしまう私のために、貴男は本当に沢山のことをしてくれたよね。
でも私は、悟に何もしてあげられなかった。
それどころか、私は私の知らない内に、悟を酷く苦しめてしまっていたことに気付きませんでした。
貴男が私のために苦しむ余り、毎晩とても怖い夢を見てうなされているのに、私は気付いていませんでした。だから私は、悟がこれ以上苦しまなくて良いように、悟がこれから先、私なんか忘れて、画家として、一人の男の人として、幸せに生きていける事を願って、この身体を大地に、この心を神様にお返しします。
だからお願いです。悟、もう苦しんだり悲しんだりせずに、幸せに生きて下さい。
それが私の、他でもない一番の望みです。
お願いだから、生き抜いて。
貴男を誰よりも愛する宮沢美雪より
***
人の愛 まさに諸刃の 剣也
◇◇◇◇
「人の愛 まさに諸刃の 剣也」
ある高校の授業中、『オリジナルの川柳を作る』というテーマの元、ある男子がそんなことを言った。
その男というのは、クラスで物知りの変人と知られており、他のクラスメイトや教師までもが感嘆の声を上げる。
「意味合いとしては…まぁ読んで自の如くなわけですが、この夜の真の強者と呼ばれる人々。そんな人達の力の源とは、多くの場合『愛』なんですね。
例えば、親が強いのは子を愛するが故ですし、かの本田社長も客に対する愛を忘れることはなかったでしょう。
我らが高畑教頭も、我々生徒を―恐らくは―心から愛して下さっていると思いますし、何より彼は今の自分自身そのものを何から何まで愛し尽くしているのではないかと思います。
だからこそ、指先を失っても、親指の爪が丸ごと剥がれてしまっても、ああしていつ何時も、人とは思えないような―――まるで強大な力を持つ軍神か、食物連鎖の頂点に何時までも立ち続ける捕食者のような『強さ』を持っているのではないかと思います。
じゃあ何で諸刃の剣?
と、思われることでしょうが、こういっった人々の弱点というのは、大体が力の源でもある『愛の力』だと思うわけです。
例えば人も獣も、真の親というのは子を守る為なら時として死すら当然。寧ろ本望とさえ思う者です。かの有名なカルピスを開発した企業も、経営が破綻し倒産寸前。残る財産はタンクに貯蔵された大量のカルピスのみという時に、災害で苦しむ人々臍のカルピスを、自殺行為と知りながらも無料で分け与えたと言います。
まぁ、その企業は後に救われましたが、その対象が何にせよ、強い愛、過ぎたる愛は持ち主を強くすると同時に、持ち主に刃向かった末に破滅させることすらあるというわけです。
そう言う意味では、薬も過ぎれば毒となるとか、飼い犬に手を噛まれるという言葉もあっているんでしょうが」
◇◇◇◇




