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ロード・オブ・サクセス

















過去作品のキャラが登場。



「そうか…それは大変だねぇ…」


「そうなんだ…どの医者も『原因は不明』の一点張りで。

正直、今日あいつを生かしておいてやれるかも判らないんだ…」


坂原は古藤に、同居柱の恋人が原因不明の衰弱で日に日に弱っており、そして自分が今無職の一文無しであることを話した。


すると古藤は、ある提案をした。


「そうか…実を言うとね、僕は研究者であり医者なんだよ。そこで君と、ある取引をしようと思うんだ」

「取引?」

「そう。僕は今、ある薬を作っていてね。君にその効果を試して欲しいんだ。もし、一定の間これを引き受けてくれるなら…君の恋人を救うために一生を以て協力しよう」


頷く坂原に、古藤は大きな段ボール箱を渡した。

中には、液体の入った小瓶が無数に入っている。


「日に一本飲むんだ。そうすると君の目には青い影がはっきり見えるようになる。

あとはその影のする事を真似ればいい。但し、日に二本以上飲んではいけないよ。それから空腹時に飲むのも駄目だ。そして最期に一つ」


古藤は坂原の目を見ていった。

「影を疑ってはいけないよ。だからと言って、影だけを信じてもいけないがね」


***



「何にせよ、アナタが本気出すようなことにならなかったのが救いよね」

「やっぱりお前もそう思うか…」


坂原は現在、知り合いの女・香取と共にある居酒屋へ来ていた。

と、言うよりも、昼間から酒飲みの相手を探していた香取に坂原が捕まったという表現の方が適切ではあるが。

そもそも産まれながらに酒乱の香取と違い、坂原は元々酒を飲まない方なのだ。


「そりゃそうでしょ。アナタが本当に本気出しちゃったらね、チンピラどころか極道だって十人くらい軽く殺っちゃうわよ。もしかしたら、兵隊とかも」

「そんなに強くなったつもりは無いんだけどな…元が只の絵描きだし」

「何言ってるのよ。元が道とか関係ないのよ。重要なのは今。今どうなのかって事が、アナタの場合特に重要なの。判る?」

「今…か」

「そうよ。今よ。過去なんて直ぐに過ぎ去ってしまうわ。未来だって何れ現在になって、更に過去になるのよ。だったら現在を必死に生きずにどうするの?

一秒先を生きるにしても、今この一秒を生きなきゃ駄目でしょ?

今のアナタは特にそれ!

進行方向と逆向きに流れるベルトコンベアの上を走るハイエナ!

川の流れに逆らって泳ぐニジマス!

それがアナタなの!

だからね、その場に留まるために全力で走り続けなさい!ハイ、これ課題ね!」

「課題ってお前…提出は何時だよ?」

「提出?そうね…死んでもし、霊界的な所で出会えたら、その時また一緒に何か食べに行かない?その時にアナタを見れば課題やったかどうか一目瞭然だから」

「問題は霊界的なモノが実在するかどうかだな」

「そん時はね、」アナタの死に顔で判断するわ。まぁ私の方が先に死ぬだろうけど」

「おいおい、不吉なことを言うなよ。まるで近い内に死ぬって決まってるみたいじゃないか」

「あははは。そんあ決まってなんか無いわよ。多分」

「…多分か」

「だって世の中…そりゃ例外もあるけど、これから先に起ることで100%、絶対に、確実に、十割方『そうだ!そうに違いない!』って言い切れる事なんてそう無いでしょ?」

「そうだな」

「そうよ。曖昧さってのは科学原理の上で必要不可欠なんだから」

「…成る程な」


***


古藤の家で腹を満たした坂原は、雨の止んだ帰り道で薬を飲み、視界に現れた青い影の行動を寸分違わず真似てみた。


するとどうだろうか。

まるで突然運が回ってきたかのように、坂原の行動全てが良い方向に働いて行くではないか。

それに寝たきりの恋人も、以前より良く笑うようになっていた。


―こいつは、いい…


アルバイトを始めたことで一般的な経済力を取り戻していた坂原はある日、決意した。


―そうだ。絵を描いて、個展を開こう。



坂原という男には、小さい頃から大好きなものがあった。

それは、絵である。幼い頃に読んだ絵本の本格的な油絵―それも、ルネ・マグリットやサルヴァドール・ダリの撫で有名な『超現実主義』を思わせる、風変わりであり奇々怪々、幻想的で前衛的な絵画―を見てからというものの、ありとあらゆる絵の魅力を私立づけた坂原は、中学・高校の六年間を美術部員として過ごし、美術大学で画家を目指していたのであった。

そして数日後、坂原は個展を開いた。

無論、作品の配置は影に従った。


***


夜も深い頃、金髪リーゼントの男・尾潮は、愛車のバイクにまたがりつつぼやいていた。


「クソッ…あのヤロー。この俺を目障りなゴミだと?

このイカした頭が汚くてカラッポだァ?

見てるだけでイライラするだと?

畜生が!おい、内山!」

「っひぃぃっ!わ、は、はい!」


太った茶髪の男・内山は、怯えながら尾潮に黒い小箱を差し出す。尾潮は箱を奪うと、中からパッキングされたカラフルな錠剤を取り出す。尾潮は狂ったようにそれを見る。


「…ラブに…エヴァか……んぉ?VWまであるじゃねぇか!

っと…あとは……ディノだと…?テんメェ内山ァ!何でディノなんて買って来やがったァ!?」

「っひぃっ!スイマセン!売人のヤローが今はそれしかないとかって…」

「だったら脅してでもブン取ってこいこの豚野郎!だからテメーは使えねーんだよ!ったくどいつもこいつも俺をバカにしやがって!」


そう言って尾潮が口へ放り込んだのは、俗に『エクスタシー』『エックス』『バツ』などと呼ばれる合成麻薬の代表格・MDMA。

『シャブ』と呼ばれる覚醒剤に近い構造を持つ反面、その薬理作用は『気分を高揚させて狂わせる』という覚醒剤とは全く異なり、『一時的に人の心の全てを解き放つ』というものである。

またその密造にかかるコストは量に対して大変高額であるため、PMAという物質を混ぜ込んで上げ底されたものが一般的に出回っている(実際にはこの他にコーヒーで有名なカフェイン、アンフェタミン、メタンフェタミン、安息香酸ナトリウム、水銀等様々な物質がざっくりと適当に混ぜ込まれている)。

そしsてこのPMAによる上げ底は、その含有量が10ミリグラムを過ぎなければ、密造社と中毒者の両方に良い結果をもたらす。しかしながら、10ミリグラムを過ぎてしまうと、中毒者二度を超えた災いをもたらすとされている。

その災いが何であるかは、また後程。


***


個展は大成功を収め、坂原の名は業界に知れ渡っていった。

多くの人が坂原の絵を求め、彼の生活はどんどん豊かになっていった。またそれと平行して、坂原の愛する女も、栄養のあるものをバランス良く食べるようになり、その結果として少しの間なら立って歩く回れるまでに回復していた。

そして、そんなある日の事。坂原はあるミスを犯してしまう。

坂原には当然、その一瞬が、この世の何よりも―自分自身よりも大事にしていたものを奪ってしまう事など知る由もない。


「それじゃあ、お休み。しっかり寝るんだぞ?」

優しく抱いた最愛の人をベッドに寝かしつけ、坂原は言った。

「うん…でも、悟は?」

「俺はまだ大丈夫だよ。絵も描かなきゃ生けない品。それに、俺の心配よりも自分の心配をしてくれよ。俺にとっては、美雪が無事でいてくれることが何よりの幸せなんだから」

「うん…判った」


そう言って美雪の部屋から出た坂原は、絵を完成させるべくキャンパスに向かう最中、薬が切れていることに気付き、薬を飲んでキャンパスに向かった。

数分して、彼はその日、四時間以上何も食べていないことを思い出し、キッチンへ食料を探しに向かった。


自分がまさか、薬の造り主たる古藤の言いつけを破ってしまったとも知らずに。


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