考えておくから
遠くから見ていただけのケノワが身近な人になった。
いつも何か考えているような顔をしている彼が実は何も考えていない時があったり、料理がとても上手だったり意外なことばかりだ。
ただ、一緒にいる事に慣れてもそれが恋愛に発展する甘いものには傾きそうに無かった。
何も無かった出窓の外の部分にレイダは花を育て始めた。
通常の人が育てる事が難しい品種でさえもとても綺麗に育ちレイダの自尊心が守られた。
幼い頃から植物を育てる事にとても秀でていたのだ。
料理は日進月歩で少しずつ覚えている状態だった。
少しの失敗であればケノワは何も言わずに見守ってくれる。
小さい頃からよく考えれば両親が自分には料理をさせてはくれてはいなかった。
決してその頃は貧しかったわけでもないのに。
そういえば初めて一人でクッキーを焼いた後から台所に入れてもらえなくなった気がする。
そのときに粘ってやはり勉強するべきだったが、あの両親の顔を思い出すとどうも入室は許可されなかったのではないだろうか。
一日中家にいる事はレイダを寂しい気持ちにさせる。
素直に外を出歩く事が出来なくて本当の荷物になってしまうのではないかと考え始めていた。
ケノワは気にしなくてもいいと言ってくれるがどうしても考えるのだ。
「ケノワ様」
ケノワが仕事が早く終わり帰宅した日に思い切って聞いてみた。
「何だ?」
きっちりと着込んでいた制服を緩めながらケノワはレイダを見た。
「あの、私仕事を何かしようと思うんです」
「仕事?」
手を止めてケノワが目線を合わせる。
「はい。私、ずっと何もしないで居るわけにも行かないし…何か出来る事したいです」
「しかし…」
案の定表情には出ないが考え込んだケノワにレイダは続けた。
「私、明日にでもあの娼館にもう一度行って話してきます」
「え」
ケノワの目に厳しいものが混じる。
「あ、違いますよ。働きに行くんじゃなくて、売られた時に払われた金額を返す事が出来ればもう追われないかなって」
「そうか…」
しばらく重い沈黙が続いたあと、ケノワが口を開く。
「賛成は出来ないな」
「でも!」
「レイダが行くのは賛成できない。しばらく外にも出てはいけない」
ケノワは自室のドアを開けながらきっぱり言うとレイダの前でそれは閉じられた。
「なんだか、いじわる」
ケノワが言う事も分かるけど、何かしたいのも事実だ。
このまま彼に全てを任せてしまう事はしたくない。
担当している家事を終わらせるとレイダは外に出た。
ケノワの家に転がり込んでからは一人で出かけるのは初めてだった。
仕事を探すつもりだった。返す金額を聞きに行く事をしても、結局は払えなければ意味が無い。娼館に行くのはお金を貯めてからにするしかないだろう。
通りを歩きながら働き手を探していないか聞いて回るしかない。レイダにこの王都に知り合いなんていないのだから。
一日目は全く収穫ゼロ。
この幼く見える顔や体つきも大きく影響しているように思う。でも、これはどうしても変える事が出来ないところだ。
次の日、また家を抜け出して半日ほど歩き回った所で呼びかけたれた気がして振り返る。
「レイダちゃん」
振り返った先には黒髪が綺麗な女の人が立っていた。
彼女はレイダが毎日のように通った花屋の店員だった。通りの角にある華やかな場所、多分彼女のおかげで売り上げを上げる花屋。
「エレノアさん…」
「最近こないから心配してたのよ? あ、レイダちゃんが好きなアネモネが入ってきたの、見ていく?」
にこやかに話しかけられて、レイダは頷く。不覚にも嬉しくてなんだか泣きそうになる。自分を心配してくれるなんて。
エレノアは3つしか変わらないのにとても大人な女性で憧れていた。
「どうしたの?」
なにも言わずに自分を見るレイダにエレノアは首を傾げる。
「…あの…」
彼女と大好きな花屋で働けたらどんなに楽しいだろう?
自分のこんなわがままを聞いてくれるだろうか?
「私を…、えっ、なん、で…」
意を決して顔を上げて口を開いた所で、店の奥から不意に現れた予想もしなかった人と目が合う。
「どうしてここにいる?」
いつもより冷たい言葉。
それよりもブルーグレイの瞳は自分を責めるように見ている。
「え、と…」
完全に言葉を見失ってしまう。
「リュウ、レイダちゃんと知り合いなの?」
面白そうにエレノアは訊ねる。レイダとケノワの二人の間に流れた険悪なムードは完全に無視だ。
「あぁ」
短く答えると不意にレイダの腕をケノワは掴んだ。
「また来る」
「はーい。さっきの話考えておくから~」
ケノワの恐ろしい程の無表情(多分これが基本スタンス)にもエレノアは臆することなく笑顔で手を振る。
エレノアとケノワ、二人は知り合いだったのだろうか? 自分より二人とも長く王都にいる、恋人などでも可笑しくないのだ。
本当のところはどうなのだろう。
自分が知らないだけ?