拒絶
マノン視点です。そして短い。
目が覚めると知らない部屋にいた。
ふかふかのベッドはなんだか懐かしいにおいを感じた。先ほどまであった胸を押しつぶすような痛みは今、感じない。
あまり覚えてないが、薬を飲んだのが効いたのだろう。
扉の向こうに人の気配を感じて、マノンはゆっくりと体に負担をかけないようにベッドから降りた。
扉をそっと開けると、ソファに腰掛ける人の後ろ姿がある。その背中に見覚えがあった。
マノンが会いたくてここまで来てしまった理由のひと。
怖くて言葉が出なかった。
けれど、すぐに異変に気付いた。だから、つい声をかけてしまった。
「お姉ちゃん…どうしたの?」
リビングに入り、レイダの前に回り込むようにマノンは立った。
「お姉ちゃん泣いてるの? マノンが勝手にここに来たから? マノンが病気になるような悪い子だから?」
マノンはこぼれる続ける水滴を拭おうと、レイダの頬に小さな手を伸ばす。
「やめて! 触らないでっ」
レイダの言葉にマノンは動きをびくりと止めた。
その瞬間レイダは自身の言葉に悲しそうな表情を浮かべて声を搾り出した。
「あ…ご、ごめん…」
両手で顔を覆う。
いつも見ていた明るくて元気な姉ではない事にマノンは立ちすくむ。
やっぱりマノンが思っていたように、レイダは自分の事が嫌いになったのだと指先から血の気が引いて行く。
その肩に温かいものが触れた。
振り返るといつもより少し怖い顔で辺境伯が立っていて、頭を撫でてくれた。
「マノン、もう起きても大丈夫なのか?」
「…はい」
喉の奥がキュッと閉まってうまく声が出なかったけど、それだけ何とか答えた。
辺境伯の後ろからフリーダが飛び出きた。
「マノンちゃん! どうして勝手に家を出たりするの? 心配するじゃないっ」
「…ごめんなさい」
「よかったわ! 見つかって本当に良かった」
ひとしきり頬を撫でられたり熱がないか調べられていたが、問題ないとフリーダが判断したところで後ろから冷たい声が飛んできた。
「フリーダ」
「はい。わかってるわ、お兄様」
マノンから見てもフリーダは緊張した様子で頷いた。
「マノンちゃん、今日は発作も出たみたいだしゆっくり休まなくてはいけないわ。お屋敷に帰りましょうね」
そっと手を握ってフリーダは笑みを作る。
ずっと視界の端で捉えていたレイダはまだ泣きやんでいない。
「でも、お姉ちゃんが…」
自分の所為でレイダは泣いているのだ。どうにかしたかった。
「マノンちゃん…ケノワお兄様にレイダちゃんの事は任せておいて大丈夫よ。今日はいい子だから帰りましょう」
フリーダの言葉に辺境伯だと思っていた人が、ケノワという別の人だと知った。
彼を見上げるとその表情は怒っているのか、悲しんでるのかわからない中途半端なものだった。それでも、レイダの事を心配しているのがわかって、そしてそれにはレイダに嫌われているマノンが邪魔である事も理解した。
「…うん、いい子にする。ちゃんと帰る」
ケノワに頷いて見せる。
「ケノワさま…お姉ちゃん、勝手にここまで来てごめんなさい」
マノンが声をかけると、レイダは肩を震わせた。
「マノン、レイダは大丈夫だから」
ケノワがそう言って自分たちを送り出す。
背を押されるようにしてマノンはフリーダと一緒に部屋を出た。