季節は廻る
超時間かかりましたが、4章めです。
ちなみに見切り発車のため、更新は遅いと思います。
乾季が終わり雨季を迎えようとしている。
スコールの割合が多くなり、すでにアマゴイが活躍しなくても良くなっている。
きっと彼らはこれから雨季にも関わらず、恵みをもたらさない地域へ派遣されるか・・・戦場へ向かうのだろう。
終業間際まで降っていた雨はあがり、水たまりが残る道をケノワは歩いていた。
その手にはいつもより少し多めの荷物。
キフィから預かった物や明日が休みのため持ち帰った資料、帰りに購入した食料やその他もろもろ。それはもういつも以上に買い込んでいる。
ずっしりと重いがケノワにはそれがなんだか心地よく感じていた。
それはちょうど、レイダとケノワがこの王都で再会してから一年ぶん季節を廻ったという実感を持っていたからかもしれない。
買い物をしたせいで少し薄暗くなった家の前の通りを歩く、それはアパートメントの前にあと少しの時だった。
ケノワは驚いて足を止めた。
大体の事では躊躇しないが、今回はためらった。
なぜならば、アパートメントの前に小さな体がうずくまっているのを見つけたからだ。
思わず一年前の事が頭をよぎる。
あの時は娼館から逃げてきたレイダだった。
確かめるように自室の窓を見上げるとすでに明りがついていて、彼女が家にいる事がわかり安堵する。
再び足を進め体をかがめてその小さな背中に声をかける。
今回はきっと本当に迷子の子供だ。この時期にはあまり着ない厚手の上着と半ズボン姿の正真正銘の子供で間違いない。
「どうした迷子か?」
びくりと肩を揺らした子供はゆっくりと顔を上げると暗がりでもわかる真っ青の顔で呟いた。
「なんで・・・」
驚いた顔のままじっとケノワを見つめていたが、その体が傾いでいく。
慌てて手を添えるが起き上がる気力がないのかぐったりとケノワの腕に体を預ける。
「おい、大丈夫か? ・・・動けないのか?」
小さく頷くと子供は目を閉じようとする。
慌てて手にしてした荷物をすべて片側の肩にかけて子供の体を抱き上げた。小さな体は思った以上に軽く驚いた。どこかが悪いのかもしれない。
「親を後で探してやる。まずは私の部屋で休みなさい」
怖がることなく素直に子供は再び頷くとケノワの胸に頭を預けた。
王都はすべてが善人だけじゃない、それなのに知らない大人身を預けるなんてきっと親がちゃんと教育していないか、田舎の子供かもしれない。
どちらにしろ後で注意する必要がありそうだな、とケノワはお節介にも思った。
アパートメントの階段を上りはじめたケノワは小さな声を拾った。
「ごめんなさい…へんきょうはくさま…」
思わず反芻する。
「辺境伯…?」
階段を登り終えたケノワは自宅の前で少しだけ逡巡したが、少し強めに玄関の扉を蹴った。
ノックをしたかったが、両手が塞がっておりどうしようもなかったのだ。一人で家にいるレイダが怖がる事も考えたがそれしか思いつかなかった。
しばらく待つと、少しだけ扉をレイダが開ける。
「どちら様ですか?」
正直、危ないからあける前に誰が外にいるか尋ねてほしかったが今はそう言ってはいられない。
「レイダ、私だ。扉を大きく開けてほしい」
そう告げると嬉しそうにレイダは返事をする。
「あ、はい! おかえりなさい」
玄関に入ると、レイダが驚いた顔でケノワの腕の中を見つめる。
説明をしてやりたいがとりあえず子供を寝かせることを考えてリビングにいく。
「レイダ、この子供を寝かせるからクッションを置いてくれないか?」
「わかりました」
後ろについてきていたレイダに頼むと枕になるようにソファにクッションがおかれた。
ソファに乱暴にならないように子供を下ろす。
そうするとケノワの胸に預けられていた顔が露わになる。
外に居た時には暗くて見えなかったが、顔は青白さに加えて子供らしい丸みに欠けていた。
瞳は閉じられていて分からないが、女の子なのか二つ結びになっていた長い髪は淡い赤毛でレイダと同じような色合いだ。
そう思いながらレイダを見ると子供と同じくらい青ざめた顔で立っていた。
今にも倒れそうなレイダの様子に彼女の頬に触れる。驚くほど冷たい頬に尋ねる。
「大丈夫か?」
「この子…どうして…」
レイダの言葉に説明をしていないことを思い出す。
「アパートメントの前に座り込んでいた。迷子だと思うが、体調が悪そうだから一度休ませるために連れてきた」
「アパートメントの前に…?」
「そうだ」
レイダは目を伏せ、何度か深く呼吸すると子供を指差した。
「きっと、この子の上着のポケットに薬が入ってると思います。それを飲ませてあげれば治りますよ」
「この子の?」
レイダの言葉に半信半疑になりつつも子供の上着を確認する。
そうすると本当に小さな壜と紙が出てきた。紙は子供への薬の飲ませ方についてで、このように子供が体調を悪くする前提の書き方だった。
とりあえず書かれている通りにしようと台所に向かうが、お湯を持ってレイダがリビングに戻ってきた。
まさにケノワが読んだ紙に書かれたコップ一杯のお湯だった。
レイダが無言で差し出すので受け取り、壜の中の薬を湯に溶かした。
ある程度さめたところで子供を起こした。
「ほら、起きて薬を飲みなさい」
発作で体を動かすのが億劫なのか顔をゆがめて嫌がったが、薬を差し出すと意図がわかったのか鈍い動きで時間をかけて子供は飲み干した。
「…寝ても…いい?」
「ああ」
擦れた声で尋ねる子供に頷くと、すぐに体を戻して子供は目を閉じた。
寝息を立て始めた子供に安心してふと顔を上げると、レイダがリビングの端に立っていた。完全にケノワの視界から外れる変な場所に立つレイダはやはり様子がおかしかった。
子供を起こさないようにレイダに近づいて腕をとり、帰りに買った物ごと台所に入った。
「レイダ、どうした? あの子供の事を知ってるのか?」
荷物をテーブルに置くと、レイダの体を引き寄せた。
強張った顔をしていたが、腕の中の彼女はケノワの上着を握り締めて意を決したように顔を上げた。