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Wind flower   作者: swan
序曲 anemos(こどものころ)
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てのひらの蝶

 レイダはあの後、祖父が迎えに来てそのまま家に帰った。


 ぼんやりしながら夕食を食べていたことで母に何度食べこぼしをして怒られただろう。

 けれど、レイダは幸せだった。

 心の中がなんだかほかほかしている。ケノワのことを思い出すだけで笑みがこぼれてしまうのだ。布団の中で何度思い出し笑いをしただろう。彼が話してくれた物語を忘れないために夕食後にすぐに机に座り書き付けた。

 あまりにも真剣に普段向かわない机に座り始めた為に、両親は娘が何か変な病気に罹っているのではないかと心配をしていた。余計なお世話だ。



 次の日も祖父についてレイダはお屋敷を訪ねた。

 レイダが通う学校もケノワ同様、春の中休みに入っていて日中は自由に出来るのだ。ちなみにノーマとフリーダも普段は隣町の貴族の子弟が通う学校にいくと聞いた。


 小屋に荷物を置きレイダはいつもより張り切って、沢山の庭に水遣りをする。


「ね、ねぇおじいちゃん。私、アネモネの所にいってもいい?」


 そわそわしながら訊ねる孫に苦笑しながら頷く。


「じゃあ、レイダに今日は任せるよ」


 不安そうに聞いていたレイダの顔にそれは本当に花が咲いたように笑みが広がる。


「ありがとう!」


 レイダは嬉しさのあまり駆け出していた。

 可愛い孫娘の後姿に少しだけオンナを見た気がしてニックは本当の苦笑いをした。


 

 レイダは勢いよくアネモネのある庭に入った。

 昨日ケノワと会えた場所だ。いつもよりもっともっと好きになった。

 嬉しくて誰もいないのに笑みを浮かべてしまう。庭の入り口にある水瓶から水を掬う。

 沢山自分に向けてその花を開き始めているアネモネたちに水を与えていく。朝の早いうちはまだチューリップのように固くつぼみに戻っているが時間と共にふんわりと顔を見せてくれるのだ。


 夢中になって過ごしていると、不意に視界に入る人影に気付いて動きを止める。そちらにきちんと体を向ける。


「…ケノワ様」


 覚えたての彼の名前を呼ぶ。

 名前を呼ばれて彼は顔を上げた。いつの間にか彼は昨日いたベンチに腰掛けていた。


「おはようございます」

「おはよう」


 短く答えると、彼はじっと自分を見つめる。


「レイダ?」


 確かめるようにして名前が呼ばれて、レイダは背筋を伸ばす。


「はいっ」

「あぁ、合ってるのか。こちらに来てくれるか?」


 どうやらレイダの名前に自信が無かったようだ。頷きながらケノワは手招きする。

 そちらに駆け寄ると、レイダが来た事を確認して手のひらを出すように示される。

 土と水に汚れた手が恥ずかしくて一度エプロンで拭うとケノワの手が上下から添えられる。手のひらに何かが載ったのを感じる。

 ゆっくりとケノワの手が離れていくとそこには綺麗な色をした蝶が載っていた。もちろんそれは本物ではなくて白い貝殻から掘り出した何かの飾りの一つのようにみえた。


「これ…」

「学校のバザーで買わされた物の中にあった。高いものではないが…蝶が好きなのだろう?」


 特別に蝶が好きだったわけでもないのに、レイダはこくんと頷いた。だって、今日から大好きになるのだから。


「あげるよ」

「いいんですか?」

「昨日の蝶の代わりだ」

「ありがとうございます」


 構わない、ケノワはそう言って首を振るとそのまま手にしていた本を読み始めた。

 少しの間だけケノワの前で手のひらに載せられた飾りを見つめた後、自分に任された仕事を思い出して慌ててアネモネへの水遣りに戻った。

 

 朝の水遣りの後はケノワの周りにまとわり付くわけにも行かず、迎えに来たノーマたちと共に花壇造りに精を出した。





 次の日も彼に会う事に期待をして水遣りにあの庭を訪ねたけれど、そこにはアネモネしか存在せず。ケノワが姿を現すことは無かった。

 ノーマに訊ねると、少し気を使った様子で教えてくれた。


「…ケノワお兄様なら宿舎へ帰ってしまったわ。上級学校を受ける準備をするのですって」


 横に居たフリーダもすねたようにして言葉を続けた。


「上級学校って、王都の物を受けるつもりらしいの。そんな事をしたら今よりずっと会えなくなっちゃうわ…」

「今度のお休みはレイダちゃんがいてくれるから少しは長くいるのかと思ったのに」


 ショックに呆然としていたが急に自分の名前が出てきて首を傾げる。


「私?」

「そうよ、レイダちゃんとあのケノワお兄様が沢山お話してたみたいだから、仲がいいお話相手になってくれるかと思ったの」


 ノーマがにっこり笑う。そっとレイダの手をとって告げる。


「今回は残念だけど、またいつかケノワお兄様と会うことがあったらその時は沢山お話してちょうだいね。お兄様は本当に言葉数が少ない人だから、会話が出来る人こそ珍しいの。レイダちゃんだったらいい相手になれるからきっと」


 ノーマに励まされレイダも頷く。

 ポケットに握られていない方の手を入れる。そこに大切に入れた飾りは今後どんな時もきっと離さないだろうと予感する。


「うん。ケノワ様にまた会う時が来たらたくさんお話を聞いてもらうわ」


 すぐに会う事が出来なくても、また休みがあれば彼はこのお屋敷に姿を現すだろう。

 その時に彼を捕まえてお話をまたねだってみよう。



 生まれたばかりの淡い恋心が本当の恋に変わるのがいつか、それはまた別の話だ。




windflower・anemos・かざはな、すべて同じ花アネモネを指します。

三章まで引き延ばしてしまいましたが、このお話がレイダとケノワの出会いになります。

ケノワじゃなくても普通忘れてしまうくらいの些細な出会いなのかもしれません。

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