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Wind flower   作者: swan
序曲 anemos(こどものころ)
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名前は


 庭を横断するように歩く。

 小屋から対角線上に歩いていくと建物の横を通る。しばらく建物がいくつも分かれている中を通っていく。建物の構造なのかそこここに中庭があるようだ。

 でもそこはちらりと見るくらいで祖父はそこには入っていく事はしないようだ。それでも中庭は綺麗につる薔薇がアーチを作っていたり、春の花々が美しさを競っていた。


 前のほうから風が強めに吹く。

 それは春の暖かさを含むものでレイダは日よけの帽子を押さえながらも微笑む。だってその中に花々の香りを感じたから。

 急に視界が開ける。


「わぁっ」


 目の前に広がったのは一面の鮮やかな赤。

 決して同じ色はないと思われるほど濃淡の違う赤い花びら。細い茎に柔らかそうな薄いその一枚一枚の花びらが風に揺れる。

 それは、豪華な花ではないけれど一瞬でレイダはこの花に魅了された。


「カザハナ」

「え?」


 隣りで囁かれた言葉にレイダは顔を向ける。祖父が優しい顔で言葉を続ける。


「この花は、風花といって種を風に乗せて飛ばす事ができる。自身の子孫をそうやって残していく凄い花なんだよ」

「風に…お花の名前は?」


 小さな花びらを見つめながらレイダは祖父に聞いた。


「アネモネ」


 ――アネモネ。

 レイダは心の中で呟いた。名前でさえも自分を魅了する。

 あまり広くない小さな庭だったが、祖父が丁寧に植えたアネモネは一面に咲き誇る。

 庭を一本の通路が通りその先に二人掛けのベンチがあった。小さな屋根がついているがその上も白い小さな花々が植えつけてあるようだった。


「おじいちゃん。私ね、アネモネが大好きだわ」

「そうか、良かった。おじいちゃんもとても好きな花だ」


 

 祖父を手伝いアネモネの花に水を与える。

 そうするとキラキラと花びらの上で水滴が光り小さな庭が明るく染まる。

 祖父の後をついてリュウ家に来る事は結局一度ではなかった。レイダは祖父に頼み込みアネモネの栽培方法や手入れの方法を教えてもらうことになったのだ。母は渋い顔をしていたが、祖父がちゃんと手伝いをさせる事で許可を貰った。



 その日も学校が昼で終り、走って家に帰ると荷物を置きレイダは家を飛び出した。

 後ろで母の声が聞こえたが、そのまま一気にお屋敷まで走っていく。


「こんにちは」


 きちんと門のところで挨拶をすると、顔なじみになった門番が手を上げて通してくれる。

 頭を下げてレイダは祖父の居るはずの作業小屋へ歩いた。

 天気の良い日だ。

 買ってもらったばかりの帽子が活躍している事が誇らしかった。

 小屋の前までたどり着き、扉を叩いて返事も聞かず開けた。レイダの悪い癖だといつも母に怒られるが、どうしても抜けない癖だった。


「おじいちゃん」


 扉を開けきったレイダの目の前にあったのはふわふわしたものだった。

 そう、桃色と白と綺麗な金色。


「…」


 そのいろどりが何を表すのか理解するのにかなりの時間を要した。硬直したままそれを見つめ続けているとその物体が声を発する。


「あの?」


 可愛いオンナノコの声。その声に一歩下がる。自分がかなりの近さでその人の前に立っていたことに気付いたのだ。

 透き通るような白い肌に桃色の頬、金色に光る柔らかい髪がその可愛らしい顔を包み込んでいた。


「か、可愛い!」


 認識した途端思わず出た声に、目の前の少女が驚いて目を見開く。同じ学校に居るどの子よりも可愛らしかった。


「レイダ、先に挨拶なさい」


 少女の後ろから祖父のこえが聞こえてレイダは興奮から我に返る。

 その少女はにっこり笑うと、自分を小屋の中に入れてくれる。そこにはもう一人女の子がいた。先ほど扉を開けてくれた子が自分と同じくらいに、奥にいた子は少し年上に見えた。


「ごめんなさい。まさか、おじいちゃん以外の人が居るとはおもわなくて…」

「いいの、いいの。私たちが遊びに押しかけてるんだから」


 奥に居た少女が快活に笑う。


「私、レイダ・ゼイライス。おじいちゃんの手伝いに来たの」


 祖父に言われるように自己紹介をする。


「偉いわねぇ、私たちもニックさんからお孫さんが来るって聞いてあなたのことも待ってたのよ。ね、フリーダ」

「えぇ、私と年が近いからと聞いていたから」

「あ、名乗るのを忘れていたわ。私はノーマ、この妹がフリーダ」

「…」


 聞いた事がある。

 リュウ家の次女と三女が確かそんな名前で、そしてここはリュウ家のお屋敷。九歳の頭の中で色んな事がせめぎあいピタリと合致する。


「あ! リュウ家のお嬢様!?」

「そうだよ、レイダ。言葉遣いに気をつけなさい」

「あ、ごめんなさい」


 祖父にたしなめるように言われて二人に頭を下げる。


「いいのよ、レイダちゃん。敬語は使わないで。私たちは普通にお友達が欲しいんだもの」


 ノーマがにっこりと再び笑う。


「お友達になってくれる?」


 フリーダが遠慮がちに自分に尋ねる。

 こんなキラキラした人たちの誘いを断る理由をレイダは持ち合わせていなかった。


「うん」



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