お願い
レイダの幼いころのお話です。
「おーねーがーいっ! ねぇ、お願いだから連れて行って!」
「レイダやめなさい。おじいちゃんは仕事で行くんだから」
祖父の腕にまとわりついて叫んでいたレイダをたしなめる様に母は言った。
腕には一歳になったばかりの妹が抱かれている。
「でも、私どうしてもいきたいんだもん!」
頬を膨らませるレイダに祖父は頭を撫でながら問う。
「どうしてそんなについていきたいんだ?」
「だって…今日は領主さまのお家でしょ。とても綺麗なんでしょ?」
聞かれたことで目をキラキラさせながらレイダは答えた。
王都からすると南部、ヤサ地方の山が近いルンデの町。
街中の栄えた場所から少し離れた所に、私は住んでいた。
大きな町ではないけれど地域を治めている領主、リュウ家の人々は町の人に愛されており住みよいところだった。
リュウ家の建物は古くても立派で町の子供なら誰でも入ってみたいと思う。
呆れた顔で母はレイダを見下ろしている。
「家は確かに立派だが、中にはいる事なんてしないぞ」
祖父は愛想はないがレイダには甘かった。
頭を撫でられる。
「家自体じゃないの、お庭。おじいちゃんが手入れしているお庭が見たいの。お手伝いもするから、お願い。連れて行って欲しいの」
祖父はリュウ家の庭師をしている。町で一番の腕を持つ庭師だ。
レイダは自宅の庭も綺麗に手入れをする祖父が大好きだった。彼のおかげで色んな種類の植物を知った。
その祖父が腕によりをかけているのがやはりリュウ家だ。彼が語る今の庭の植物の状況を聞くとどうしても自分の目で確かめたくなるのだ。
今の時期の花々はさぞ美しく咲き誇っているだろう。
「分かった。ただし、勝手な事はしないようにするんだぞ」
「お父さん、まだ九歳の子供なんて連れて行ってはだめよ」
「大丈夫だ。花の管理だったら物心つく頃から教え込んでる。基本的なことならできるさ。だろ、レイダ?」
にっこり笑ってくれた祖父にレイダは大きく頷く。
「ちゃんとする。勝手な事しないし、言葉使いに気をつける。ありがとうおじいちゃん」
初めて町の中心にあるリュウ家の建物に入る。
レイダは祖父に手を引かれて塀に囲まれた門を通る。
当たり前のように私兵が立っていてドギマギする。けれど、いかつい顔でレイダをみとめた兵は頬を緩めてレイダにポケットに入っていた飴玉を渡してくれた。
いつもこの門の前を通る時は彼らに怯えるのだけど、そんなに怖い人でないと認識のしなおしをした。
祖父が進んでいくのは裏の通路、もちろん祖父が綺麗に整える木々がむかえてくれる。その先には大きな壁が現れる。
貴族であるリュウ家の人々が住まう建物、目の当たりにしてレイダは口をあけたまましばらく見上げてしまった。
レイダの住む家は家族五人がぎゅっと一緒に詰め込まれたようにして暮らしているけど、そんなの比べ物にならない今見ている建物は多分レイダが通う学校より大きい。
レイダの頭に祖父の手が置かれる。
「どうだ、すごいだろう」
「うん…こんなに大きい家だと100人くらい住めそう」
「そうだなぁ…」
レイダの素直な感想に祖父は面白そうに笑った。
「この国の王様はもっと大きい家に住んでるらしいぞ」
「え!? これより? ご家族何人くらい要るの!?」
「そうだなぁ、家族だけじゃなくていろんな人がいるのかもしれないな」
「へぇ…」
そうか、王様には家族以外の人もついているんだ。子供心に妙に納得した。この家にも家族の人以外が住んでいてもおかしくないのかもしれない。
祖父はそんなレイダの手を更に引いて歩く。
少し歩くと大きな庭に出た。多分、レイダの学校の運動場くらいあるはず。その端のほうに小さな小屋があった。本当に小さいものだけど、ちゃんと扉や窓がついている。
そこへ祖父は近づいていくと扉の鍵を取り出してあけた。
「ここは?」
「ここは、私の休憩室だ。ほとんど仕事に使う倉庫だがね」
そういいながら入った小屋の中には手前に小さなテーブルと椅子がニ脚あり、あとすぐ近くに木箱が二つ壁に寄せてある。テーブルの奥には祖父の言ったとおり箒や剪定に使う道具などが所狭しと並んでいた。
祖父は母が作ってくれた二人分の弁当を置くと奥にあったバケツなどを手に取る。
「レイダ、仕事にいくぞ」
祖父の言葉にレイダはにっこり笑う。
「はいっ!」