嫉妬
「戻りました…」
目と鼻の頭を真っ赤にしてレイダが店先に姿を現したとき、エレノアは半分泣きそうな顔で座っていた椅子から立ち上がった。
しかし、直後にレイダの後ろから現れた男に手にしていたものを投げつけた。
カキンっと鋏が床に落ちる金属音が響く。その後もそこら辺にあるモノ全てをぶつける為に投げる。
たった半歩、身を引くだけで軽々と交わした男は無表情にエレノアを見る。
「危ない」
「危なくしてやったんだから、そうに決まってるでしょ! 何しにきたのよ!」
エレノアはつかつかと二人の下へ駆け寄る。
途中でレイダが「エレノアさん…」と途惑った顔で声をかけてくる。
それでも歩みは止めずに腕を高く振り上げた。
―――バチン!
短い沈黙の後、力いっぱい打ちつけた手のひらが痺れるのを感じてエレノアは腕を振る。
ぎゅっと目を瞑っていたレイダが強張った顔で自分を見上げるのを横目に、ケノワを睨む。
一般人のそれも女性の平手打ちなど彼なら先ほどの鋏と同じようによける事など簡単だろう、しかしケノワはあえてそうしなかった。
「…これくらい、レイダちゃんを傷つけたことに比べたら軽いものでしょ。全然足りないくらい!」
そう言ってやるとケノワはレイダを見やる。
「そうだな」
昨日のレイダの憔悴した様子を思い出すとふつふつと怒りがこみ上げて来るが、その当の本人がおどおどとした様子で二人を交互に見ている。
「…あの」
レイダが困った顔で自分を見上げてくるのに少し落ち着いて声を落ち着ける。
「レイダちゃん、仲直りしたんでしょう」
「え」
何か一所懸命言葉を探していたレイダは目を大きく見開く。素直にころころと表情を変えるレイダに微笑みかける。
「朝と顔が全く違うもの、それでも私は何かしてやらないと気が済まないのよ。昨日あんな事をされたのによく頑張ってきたわね、レイダちゃん」
「エレノアさん…」
レイダが表情を崩すとエレノアに抱きついてくる。
普段ならレイダからこんな事は決してされないが、それだけずっと緊張に晒されていたからだろう。抱きしめ返しながら自分より一回り小さなレイダ越しにケノワを見る。
今朝、馬車で再び出て行く時のレイダの顔が、再び大泣きした形跡はあったもののスッキリしたものになった事には内心驚いていた。店先に現れた二人の雰囲気があからさまに以前と違った事にも嫉妬を感じる。
ケノワがレイダにそっと寄りそうに様に立っていたことももちろんだが、レイダの様子も一転している。何か今までの頑なさがなくなり穏やかな空気がレイダに現れていたのだ。
「貴方はいつまでここに居るつもり? 仕事に行ったら?」
嫌味にぎゅっとレイダを抱きしめながらエレノアは告げる。
一瞬、二人を眺めていたケノワの眉根が寄せられる。
実に効果的な攻撃であったようだ。こいつからこの表情を引き出すなんて。
「今日は休みだ」
少し憮然としてケノワが反論の言葉を漏らす。
「ふうん、あなたの愛するレイダちゃんを返して欲しい? 私とライフのレイダちゃんへの愛だってすんごく深いんだから。今度またレイダちゃんを傷つけたら私、あなたに復讐しに行くわよ。そりゃもう雨嵐も必死ね。そんな私よりも貴方の方がふさわしいと思う? それだけ愛してるって言えるの?」
「エ、エレノアさんっ」
耳まで真っ赤になってレイダが腕の中でもがく。それを押さえつけて彼の返答を待つ。
「そうだな、返してもらう」
そういうなりケノワはエレノアの腕越しにレイダの両肩を掴むとどういうわけかするりとレイダを引き寄せた。
そこまで強くは既に掴んでいなかったが、思った以上にあっさり奪われてエレノアは唖然とする。当然何が起きたか分からない様子でレイダもキョトンとしている。
レイダを背後から支えるようにして立っているケノワは、分かりにくいが少し余裕のある顔で口を開く。
「ついでに今日はレイダを連れて帰る」
くるりと踵を返すとレイダの手を掴んで店を出て行こうとする。
「え、ケノワ様!?」
驚いて半分歩きかけていた足をレイダは止める。エレノアは小さく溜め息をつくとレイダに手を振る。
「いいよ。今日はレイダちゃん、休みね。ゆっくり話し合いなさい。ただし、また苛められたらすぐに私のところに来なさい」
「ありがとうございます」
嬉しそうに頭を下げるとレイダはそのままケノワに引かれて出ていた。残されたエレノアは小さく呟く。
「今晩はライフにたっぷり愚痴を聞いてもらわなくっちゃ…大事なレイダちゃんあげちゃった」