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Wind flower   作者: swan
第三章
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告白


 早足に歩くケノワの背中を追うようにレイダは足を動かした。

 掴まれた腕には力が込められるばかりでいっこうに緩めてもらえない。

 昨夜、当分彼とは会えないだろうと思っていたのにたったの半日で再会するとは…。どういう顔をしているべきなのか分からずについていくしかない。



 貴族たちの高級住宅街を抜けた広場でケノワの歩みが止まった。

 その時になって初めてケノワはレイダの腕を握り締めていた事に気付いた様子で手を離す。


「すまない、顔色が悪いな。そこに座るんだ」


 すぐ近くにあったベンチに座り、解放された手にほっとしながら首を振る。じっとケノワから見つめられ、その真剣な目が怖くなりレイダは俯いた。

 その耳に言葉が落ちてくる。


「早いうちに、一番大切な事を話さなくて悪かった…話すのは全てがちゃんと治まってからだと勝手に決めていた私がいけなかった…」


 途切れた言葉にレイダが顔を上げる。そっと頬に添えられたケノワの指先は冷たい。目元をひと撫でされる、昨晩ひとしきり泣いた目は赤い。

 手を思わず振り払い、戸惑いに目線を逸らした。


「あの、私、仕事に戻ります」


 混乱する心はケノワの言葉を聞くことを拒否していた。

 彼の言葉全てを信じていいものかが分からない。そしてどうしてよいのか分からない状況から一刻も早く逃げ出したかった。


「駄目だ。話が終わってない」


 いつも優しいケノワからは考えられない言葉にレイダは息を呑む。それでも譲れない思いに震える声で呟く。


「ケノワ様は…わかってない……」

「何が?」

「全部です。私が凄く貧しい家に生まれて育った事も、ケノワ様が立派過ぎるほどの貴族の人である事も、それが周りからどう思われるかも」

「そんな物は、一対一向き合った時に何になるんだ。関係ない」

「…私も、それでも良いと思ったんです。

 けれど、違いました。ケノワ様の言う一対一になった時さえ、分かり合えなかったでしょう?」


 一緒に暮らし、なんでもない日々の出来事を共有し、何かあれば一緒に乗り越えられると、何もかもさらけ出そうしていた自分が怖くなった。レイダは唇を噛み締める。


「すまなかった。私はどこまでも人の心というものを解れないようだ。自分の心さえ――…レイダを傷つけてばかりだな」


 いつもの自分ならケノワにこんな風に謝られたらすぐに許してしまうだろう。しかし、好きだからこそ不安になる。

 レイダは空を見上げる、暗鬱な自分の心と裏腹に驚くほど青い空が広がる。人通りも少なくちょうど木陰のベンチにふたり並んで座るなんて、普段なら嬉しくなってしまう。


「さっき…ノーマちゃんは王子様と結婚することになりましたね…」

「ああ」

「綺麗な女の人になったノーマちゃんと王子様なら誰でも祝福してくれますよね?」

「そうだろうな。人騒がせなものだ」


 溜め息を漏らすケノワにレイダは表情を表に出さずに続ける。


「私とケノワ様はそうはいかないでしょうね……幼馴染が結婚する事が決まったにも関わらず私はあの時、絶望してしまいました」

「レイダ」


 汗ばむほどの陽気にもかかわらずレイダの顔色は先ほどの屋敷に居た時と同じように青ざめていく。


「あんな風に真っ直ぐな強い思いなんて…私には…」


 ほんの少し前までは馬鹿みたいに一心に何の疑いも無く信じていた。

 けれど、それがなんと愚かな物に思えるのだろうか。

 綺麗な笑みの下には数多の悪意が隠れている可能性を知ってしまった。共有できているという思い込みで自分が蚊帳の外にいたことを知ってしまった。

 膝の上で握り締めていた手をそっと握られる。そちらに目を向けると静かな顔で自分を見るケノワと目が合う。


「ケノワ様は私が好きですか?」


 口をついて出た言葉に自分でも驚いた。そして、いつも言葉が少ないケノワから直接聞いていない事に思い当たる。

 ケノワのブルーグレイの目が少し細められた。


「…好きだ」


 それは一切そらされる事無く彼から告げられる。


「レイダが必要だ。一緒に居る為なら、リュウ家と縁を切ったって構わない。レイダが居るからこうやって一つの事に懸命になる」

「嘘…」


 ケノワの口からこうやって聞くことが無いだろうと思っていた告白。

 レイダは目を見開く。


「嘘ではない。レイダを思う切なさや、何も顧みず手に入れたいと思う愛おしさも全部本当だ」

「ほん…とう…」


 レイダは衝撃に擦れた声で呟いた。動揺でケノワの手を思わず力いっぱい握り締めてしまうほど。


 幼い頃から本当にノーマが言うようにケノワに片思いをしてきた。

 焦がれる思いはずっとレイダの中にあって、こうして大きくなってケノワと同棲する事が出来ただけで幸せだった。それでも、全てを話して欲しいと思いながらもどこかで虚しくなるような日がくるのだろうと思っていた。好きという想いはレイダからの一方的なもので続くのだと。

 しかし、ケノワは自分を必要で愛おしいと言った。

 レイダが想うようにケノワも想ってくれる、その事実に何とも言えない感情がこみ上げて来る。体の奥からやってくる温かいものに胸が苦しくなる。


「…本当…ですか、信じてもいいんですか…?」

「ああ。本当だから、泣くな」


 ケノワが困ったように指先で頬を濡らす涙をぬぐわれて泣いていることに気付く。


「っ…泣いてません」

「嘘をつくな」


 そっと撫でるのは先ほどと同じ指先にも関わらず心地よく、視界はさらにぼやける。

 小さく溜め息が聞こえ、思わず強張った体が次の瞬間引き寄せられる。


「思う存分泣いていい」


 ケノワの背中に回された手が優しく、すっぽり腕の中に収まったレイダはケノワの上着を握り締めて頷く。感情が制御できないままケノワの胸に顔をうずめてレイダは涙をこぼす。


「私…ケノワ様のこと誰にも負けないくらい好きなんです…」


 呟くと耳元で小さく笑う声が聞こえた。


「知っている」


 その声は凄く穏やかでレイダにこれまで以上に安心感を与えるものだった。



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