戸惑いの花束
昼過ぎ、軍の外の通りに一人ケノワは立っていた。
もちろん不本意だが、レイダを待つためだ。
キフィに有無を言わさぬ笑顔で見送られ、書類作りを置いて出てきたのだ。大人しくする約束のキフィに一応頼んだが出来上がっている可能性はほぼゼロにちかい。
彼女とのことはいまだに思い出せない。それはほぼ諦めた。
「あ、あの」
次の遠征会議の事について鬱々と考え込んでいたケノワに震えた声で呼びかける。
顔を上げると少し頬を上気させたレイダが立っていた。
走ってきたのか息が上がっている。
「申し訳ありません。お待たせしました」
腕に抱えていた花を差し出す。いろんな種類の花が混じる小さな花束だ。
「そんなに急いでくる必要は無い」
レイダを気遣って発した言葉だったが、今にも泣きそうな顔になる。
「私、迷惑ですか?」
「ああ」
またつい、レイダの言葉に乗ってしまい本音を答える。言葉を失って立ちすくんでいたレイダは、しばらく俯いていたが勢いよく顔を上げる。
「でも、これ毎日持ってきます。約束は絶対ですから!」
早口で言うと、レイダはケノワに押し付けるように花を渡すと走り去った。
「何なんだ」
呟きながら振り返ると、通りをはさんで反対側の軍の門番と目が合う。
最悪だ。
ケノワが心中で呟いたのは言うまでもない。
レイダは次の日から、一度も遅れず門の前で待っていた。
あるときは笑顔で、あるときはどうしようもなく落ちつきなく元気に。
その日も、レイダは雨が止んだばかりの門の前で待っていた。
「ケノワ様」
現れたケノワに薄く笑いかける。
「これ、今日はいつもと違うのを持って来たんです。どうですか?」
今日は同じ種類の花だけの束。小さな花びらが真っ赤に染まっている。
しかし、その花の名前など知らない。
それはいつの日だったか、実家で育てられていた花と同じだろう。
庭師が世話をするのを妹たちが一生懸命見ていたから。
「…私は、よく花のことはわからない」
「そ、そうですか」
いつもに無く元気が無い。笑顔もギリギリのところで保っているようだ。
「どうした? 元気がないな」
「え?」
レイダの顔に一瞬怯えが混じる。しかし、すぐに笑顔を取り戻す。
「そんなことないですよ! ケノワ様と今日も会えたし最高な気分です」
「本当に…」
「あー! もしかして、ケノワ様私の事気にしてくれるんですか? うれしいなぁ」
明るい声にケノワの追求は掻き消された。ケノワの手をぶんぶん振り回して笑っていたレイダは、満足したように頷いて一方的に別れを告げる。
「では、今日の配達は終了です。…花の配達も今日で終了です。私、ケノワ様に毎日会えて話が出来て最高でした。さようなら」
花束を持ち階段を上りながら遠ざかりなら告げられた言葉は、ケノワの中でぐるぐる回っていた。
いつもなら速攻で忘れてしまえるのに。
「ケ、ノ、ワ」
階段のすぐ先にある部屋の前でキフィは待っていた。
「今日は遅かったな? レイダちゃんと愛を深めていたのか?」
キフィが自室の扉を開けながら、冗談めかしに言った言葉にケノワはすぐに答えられなかった。
「ケノワ?」
キフィが窓際に並んだ花瓶をさらに増やしながら訊ねる。
「…あぁ、すいません。花売りは、今日で最後だそうです」
「はぁ?!」
ケノワが差し出した花束を受け取っていたキフィが危うく落としそうになる。
「な、なんで!」
「私に言われましても」
「おかしいだろ? 自分からアピールしておいて急に! お前何か理由は聞かなかったのかよ!」
キフィの言う事がいまいち理解できないが、それでも彼女がやめるのだからしょうがない。
「いいえ。もう代金分の花をいただいたのでしょう」
キフィが眉をひそめる。
「いいのか?」
「何が、ですか?」
「レイダちゃんだよ。お前、分かってるのか? ちゃんと、会う度に話してたか? 彼女の事なんとも思わないのか?」
まるで全てが自分の所為のように言われてケノワは、黙る。
呆れたようにため息をついてキフィは、花瓶に花を生け始めた。
結局一日がもやもやしたまま終わってしまった気がする。キフィはあれからすっかり口をきかなくなり、仕事の話しかしなかった。
正直キフィが喋らないと部屋の中がいつもの十倍位暗いものになった。
彼女が、あんなに怯えた顔をする理由は何だったのだろう?
キフィを怒らせてしまう位に自分は、鈍感なのだ。
次の日はキフィが門の前で待っていたが、結局レイダは現れなかった。
「来なかった。居たら、連れて来るつもりだったんだけどな。ケノワ、レイダちゃんの家知らないのか?」
「そういった話は、無かったです」
キフィは無言で頷いた。
「…私が、いけなかったのでしょうか?」
毎日会っていた彼女の姿を一日見ないというのはこんなに落ち着かない物なのだろうか?
自分が彼女はどういう気持ちでここへ来ていたのか考えていれば、良かったのか。
「ケノワ、しょうがないさ。友達になる縁が無かったんだ・・・」
キフィはそうつぶやいた。
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