何よりも語る瞳
適当に羽織った上着で早足に歩く。
人通りの多い軍前の大通りを抜けて、いつもとは逆方向の貴族の住まう高級住宅街へ足を踏み入れる。
先日は柄にも無く馬車などに乗りリュウ家の邸宅を訪れた自分が馬鹿らしい。
自分の考えを伝える為に一番会いたい人物がいる。どう行動しているか詳しくは知らないが、今日行けば確実に会えるような予感があった。
目的地のリュウ家に着くと敷地に足を踏み入れ、対した確認もせずに玄関の扉を押し開ける。わざわざノックをすることもしない。
いつもはどちらかと言うと落ち着いた雰囲気の屋敷だが、今日は少し騒がしい気がする。来客があるのかもしれない。
ホールを歩いていると、途中で廊下を歩いてきた男と目が合う。
「いらっしゃっていたんですか」
「ああ」
無愛想にケノワが答えると、ブルクハルトは穏やかに微笑んだ。
「あの人は、いるか?」
「ええ、こちらです」
彼が示したのはいつも彼が好む部屋ではなく、応接室だった。
「…誰か来ているのか」
「確認されてはいかがです?」
ブルクハルトは、眉を寄せるケノワに平然と答える。
「わかった」
ブルクハルトがこういった言い方をするときは大抵自分が入っていっても問題ない人物ばかりだ。
扉を開けると、二人の人物が向かい合って談笑している所だった。そのあまりにも穏やか過ぎる様子にケノワは顔には出さずに苛立ちを覚える。
「やあ、ケノワ」
気付いたロッドが明るく声をかけてくる。
その言葉に背を向けていたもう一人も体をケノワに向ける。やはり笑顔を浮かべている。
この数日間、ずっとケノワが悩んできたものが全て無駄だったのではないかと思うくらいに能天気な顔だ。
「いつ、こちらに?」
「いつって…今朝だけど」
「そうですか」
首を傾げながらの答えにケノワは“笑顔”で頷く。とても満足げな声音で告げる。
「それは…それはとても良かったです、お父上」
目の前でサッと父の顔色が消え去ったのを見ながら、ロッドは状況を瞬時に判断した父に感心した。全てあとの祭りだったが。
「ケ、ケノワ?」
スタスタと父・アルツの前に歩み寄ったケノワは、にっこりと微笑みながら優しく告げる。
「ちょうどお会いしたいと思っていたんです。先日、私の職場にある方がいらっしゃいました。王女マラ様です。もちろん、お心当たりございますよね?」
アルツはこくこくと頷く。
「それは、話が早いです。先日から私に再三の書簡が届いておりまして、全てロッド兄上からなのですが、その内容と言うのが…私に婚姻を王女とするように促すものばかり」
「そうなのか…」
何とか言葉を返し、「ロッド」と助けを求めて長男の名を呼んだが彼は達観した笑みで首を振っただけで援助は断ち切られた。
「何でも、父上が王家からの書状を私への確認もせずに返信をされたとか?」
「…ああ、とても良い話だったのでな」
「良い話、ですか。そうですね、リュウ家にとっては王家との婚姻はここ数十年行なわれていないので、とても良い話になるでしょうね」
ケノワがそっとアルツの腰掛けていたソファの背もたれの上に手を置き言葉を繰り返す。
「父上と兄上の考えには共感できるものがあります。政界の地盤がしっかりすると言うのでしょうね」
「そうだろう。王家はいい奴ばっかりだし、婚姻も間違いないだろう」
同意しながら、何故彼が怒っているのかが分からない。
普段短い返事があれば奇蹟だったほどの息子から、十数年ぶりに膨大に増えた言葉数をかけられ喜ぶどころか戦慄する。豊かすぎる表情と肩の辺りに置かれた手にも恐怖を覚える。
十数年前、彼がこうやって微笑みで怒りを出した時も確か自分が原因だったのではないか? あの時はどうやって収めたのだろうか、と焦るばかりで考えるが出てこない。
このままでは何かいけない事が起こるかもしれない。
ケノワの怒りの矛先が自分だけに向けられている事もいただけない気がする。
「しかし、そんなことのために私の大切な人に、別れるように告げるのが良い話なら、王女と婚姻などせずに彼女といる事を選びリュウ家とは縁を切ります」
「ああ…そうか………ん?」
考えてばかりで上の空で答えた直後、アルツはケノワの言葉の意味を理解して口をポカンと開ける。
父登場です。