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Wind flower   作者: swan
第三章
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斜めの考察


「なぁ、これどういうこと?」


 キフィが心底嫌そうに呟いた。早朝の急な招集で会議室に早足で向かいながらの言葉にケノワは首を振る。


「分かりません」

「…本気で知らねぇの? こんな最悪そうな先行きだっていうのにさ」


 どうやらキフィはサキヨミをした上でケノワに訊ねていたらしいという事が分かり、逆に訊ねる。


「何があるんですか?」

「聞かなくても、いいんじゃない? そのほうが面白そうだし」


 一瞬考えたキフィは既に会議室の扉を開けケノワには教えず入っていく。先に席に着く時のキフィの顔は思った通り何か悪巧みを考えている時の顔だった。


 何がこの緊急招集にあるのか気になったが、他の上級士官や補佐官が居る中では二人共会話をしない習慣はそのままだ。これからはキフィが進行役や他の上級士官達にちょっかいを出さないように牽制する事に集中しなくてはいけない。


 二人が席について5分もしないうちに会議は開始された。

 作戦部のメンバー以外にも複数の部署から能力者が集められていることで会議室は軍内一番の大きさだ。沢山の椅子が並び机は出さずに前方に招集をかけた上官が立っている。

 ずらりと並ぶ能力者や補佐官たち、その背中に紛れてあろう事かキフィは睡眠をとろうとしている。まだ会議が始まって何についてかも語られていない状況にも関わらず、だ。

 ケノワはここでやたらに起こして騒動を起こされるよりマシだろうと、キフィをしばらく観察して正面に顔を向けたところで作戦部の上官デフェリスと目が合う。他の人々の視線もいつも以上に感じ、やっぱり起こしておかなくてはいけなかったか…と後悔した。


「リュウ補佐官、今の話は聞いていたか?」

「…いえ」


 キフィをどう押さえるかばかりを考えていた為、今までの会議内容は把握していない。大体いつも同じ内容を重複して確認するので最初の方は聞き流す事が多いのだ。

 ケノワの正直すぎる答えに一瞬怒りを表す片眉を上げ、デフェリスは口を開いた。


「そうか、ではもう一度言おう。本日鐘4つちょうどに我が国、第二王女のマラ様がこの能力者の館に付属するこの施設に視察にいらっしゃる事が決まった」


 なんだ自分たちには特に影響は無いじゃないか、と思ったが次の言葉に思わず隣に座るキフィを蹴りたくなった。


「その案内をケノワ・リュウ特別補佐官とキフィ・クレイ特別上級能力士官にして欲しいと直々に依頼があった」

「俺、面倒くさいから嫌。俺様の能力が素晴らしすぎてカッコイイからって忙しいし、他で適当にやってくださーい」


 つい先ほどまで閉じられていた瞼は上がり、デフェリスの言葉にふざけた言葉遣いで反抗している。本気でそう思っているのが解る分ケノワは頭痛がするのを感じた。


「クレイ殿、言葉を慎んでください」

「なにいってんだ、このままじゃ俺達が、超面倒な王女様ごあーんなぁーいをしなくちゃいけなくなるんだぞ」

「そういうことでなく」


 ケノワの牽制は効果を示さず、キフィは更に何かを口にしようと不敵にこちらに顔を向けた。しかし、キフィの言葉は続かなかった。


「クレイ特別上級能力士官」


 前方のデフェリスがその髭の生えた顔にこれまで見た事が無いくらいの笑みを浮かべてキフィの名を呼んだからだ。




    ※ ※ ※



 本部正面玄関。


「超最悪……あそこでもっと俺様がああしていれば…デフェリスの狸ジジイめ…」


  口がうまいデフェリスに攻防で負けたことを後悔しぼそぼそと呟く言葉が耳に届く。


「キフィ、きますよ」


 ケノワが振り返ると能力士官を表す真っ黒な礼服を完璧に着込んだキフィが扉に片手をつきながら何かまだ呟き続けている。


「キフィ」


 その背中を叩くと恨めしそうにキフィはケノワを見る。


「そもそも補佐官のお前があそこで抵抗しないから俺がこんな面倒なことをさせられるんだ。それも、王族なんて生物学上で一番最悪なもんの案内を」

「その割には完璧に礼服を着てますね」

「当たり前だろ、いくら不本意でもこの俺が完璧な着こなしをしなかったらそれはこの美貌を与えた神がゆるさない」


 一分のすきも無い着こなしに突っ込みを入れるが、よく分からない返答にケノワは無視を決めた。


「…すぐに王女が来ます」

「お前に全部任せるからな」

「わかっています」


 そもそもキフィに主導権を与えた場合のリスクを考えるならば、自分でどうにかするのが一番だ。

 ケノワ自身も特別補佐官の濃い灰色の礼服を身に着けており、案内の詳細をまとめた書類を手にしていた。表紙に記載された賓客の名前を見つめる。

 よくこんな偶然があったものだと思う。全く気にも留めていなかった王女マラが、自分の婚約者となる話が出た途端に軍施設の視察だなんて。

 先日の婚姻の書簡をもらってすぐにケノワはロッドへ拒否の書簡を送り返したが、家長としての兄の意見は変わらず、この決定を受けることを促がす返答が戻ってくるばかりだ。そんなことではレイダに落ち着いて話す事が出来ずに未だに何も伝えられていない。


 溜め息を漏らしたところで前方から蹄の音が聞こえて顔を上げた。


 すぐに馬車が現れて玄関へと近づいてくる。

 目の前に止まったそれは先日ケノワを迎えに来た馬車を数倍豪華に作られた物だった。

 横を見るとキフィが澄ました顔で立っている。王女マラの視察に出迎えをするのはたったの二人、通常であれば盛大に上官のお偉方が並ぶのであろう。

 しかし、今回は王家側から指名二人以外の出迎えさえ拒否されていた。ケノワにはいったいどうなってるのか分からない。


 馬車から降りた業者が扉を開けるとそこからゆっくりと濃い茶髪をした男が降りてくる。

 貴族のような高価な服装をしているが、付き人だろうすぐに振り返ると手を差し出し続いて出てくる小さな手をとり、馬車から降りる事を手伝っている。

 降りてくるマラは赤毛の髪を綺麗に編み上げ、その優しげな面差しを包んでいた。

 伏せ目がちな瞳は緑色をしており長い睫毛に囲まれている。軍視察に来る事を意識してか、華美すぎないシンプルな紺色のドレスに身に着けていた。


「ありがとう、お兄様」


 きっちりと二人の前に降り立ってからマラは手を貸していた男にそう言った。ケノワの予測ははずれ、どうやら男は王子様になるようだった。

 これではキフィの機嫌が更に落ちる気がする。そう思ってもう一度キフィの顔を確認するが、相変わらず澄ましているどころか口元に笑みが浮かんでいた。



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