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Wind flower   作者: swan
第一章
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どちらでもありません


「お前の趣味しらなかった」


 ケノワの入れたコーヒーを飲みながらキフィは言った。


「趣味ではありません! 断じて! あの部屋は家族が使っているんです」


 いつもにまして厳しい声音でケノワは否定した。


「家族?」


「そうです。一つ下の妹がしばらく前まであの部屋に住んでいたのです」


「今は?」


「遠くへ遠戦に行っている間や、乾季の休日なんかに来るんです。皆好き勝手に宿代わりに使うのですよ」


 没落気味の貴族とはいってもやはり、嗜好品には目が無いのが貴族の女なのだ。父も家督を継いだ兄も手を焼いているだろう。

 ケノワは少しウンザリした顔で答える。


「なんだ。俺が知らないうちに可愛い趣味の彼女か変な趣味に走ったかと思った」


「どちらでもありません」


 ふーん、と呟いてキフィは笑う。


「なんだぁ、良かった。レイダちゃんがいるもんね」


「何故そこで彼女が出てくるんです?」


「だーってぇ、レイダちゃんと知り合いなんだろ?」


「まさか」


 ケノワは困惑し眉をひそめて否定する。


「あれ、違うの? 知り合いだから訪ねてきたんだろ?」


「どうしてそう思うのです」


「名前の事とか、彼女に対する雰囲気とかで初対面じゃないなって」


「名前?」 


 キフィが何を言っているのか全く分からず聞き返す。


「ケノワ、自分で一言も名乗ってないのにレイダちゃんは“ケノワ様”って呼んでた。いつもよりケノワもよく喋ったし」


 ケノワは必死で思い出すが分からない。


「彼女と会ったのは今日が初めて…、以前に会ったかも知れませんがきっとそんなに親しくない間柄です」


 キフィが非難めいた顔でケノワを見つめる。


「女の子の顔くらい覚えておきなさい。全く出会いを大切にしないんだからなぁ~」


 それとこれとは違うとケノワは思いつつ、今日顔を見たときの見覚えある感じは確かだった。


 しかし、彼女と出会った場所は全く思い出せない。

 王都に来てから七年経つが、その間にあまり遊びに出た事もない。その上、人の顔をよく見ないのでお手上げだ。

 なんだか考えるのも馬鹿馬鹿しい。


「そろそろ寝ませんか? 明日も早いですよ」


「うー、そうだなぁ」


 キフィは答えつつちょっと嫌そうに寝室へ入っていった。


 それを見届けてから、ケノワは自室に入った。

 ケノワの部屋は仕事用の机と必要最低限の家具があるだけだ。やはり、ケノワはこちらの方が妹の仕立てた部屋より落ち着くと思う。

 まぁ、あの部屋を共同で使う羽目になる兄や父を思うと不敏だが。

 ケノワは机に向かった。

 持って帰ってきた翌日上方部へ提出の報告書に目を通しておかなければならない。



 

 カーテンを閉め忘れた所為でいつもより少しだけ目が覚めるのが早かった。これで、読みかけだった報告書を読み終えられる。

 何も考えずにコーヒーを入れるためやかんを火に掛ける。

 ポットにお湯を移してリビングに体の向きを変える。

 ああ、と寝ぼけた頭で思う。


「いたんですね、そういえば」


 そこにはリビングのソファに腰掛けたキフィがいた。なにやら頭を抱え込んでいる。


「頭ん中までレエスだ…」


 キフィはくたびれた様子で呟いて、立ち上がった。


「顔洗ってくる…俺の分もコーヒーお願い」


「はぁ」


 前々からあの部屋では夢見が悪そうと思っていたが相当だったようだ。

 報告書を読みながらコーヒーを飲んでいると、キフィが戻ってきた。


「朝から仕事? 偉いなぁー」


 すっきりした顔でいつもの飄々とした態度だ。


「キフィが昨日早めに仕事を切り上げるからです。昨日、本当は読み終えるはずでした」


「あら、そうなの? いってくれれば良いのに」


 嫌味にも笑顔だ。

 全くそんな気ないくせに、言葉だけはいつも立派なのだ。


「んーじゃあ、俺が朝飯作っちゃお~」


「そんなこと頼めません」


 頼めないどころか恐ろしい。


「いいの、いいの♪ 料理得意だし」


 勝手に台所に入り込み何やら鼻歌でも交えながら料理を始めた。

 長年の付き合いで彼が言い出したら利かないことは十分解っている。仕方ないので今回は放っておいて今は報告書に専念する。


「はい」


 キフィが目の前に差し出したのは、穀物が煮込まれたリゾットのような物だ。野菜がこれでもかと入れてある。


「…どうも」


 キフィは得意げに笑い、ケノワの前に座る。


「不味くないと思うよ。食ってみ」


 キフィの視線に困りつつ、それを口に運ぶ。


「…どう?」


「おいしいですよ」


「だろ? うちの村の主食なんだ。いつもは妹が作ってるんだけど、俺がたまに作るとすげー喜ぶから」


 嬉しそうにキフィは自分のぶんを食べ始める。


「この四年で初めてキフィの手料理食べましたよ」


「そうだっけ? まぁ俺が作ると高くつくからな」


 満足げな笑みを彼は浮かべていた。


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