キューピッド
――――コーン
仕事があと半刻で終わることを告げる鐘が鳴る。
「あーめんどくさっ」
隣りで放たれたそれは独り言には大き過ぎ、ケノワは報告書から顔を上げる。そこには頬を机に置きながら、ペンを指先で器用に回すキフィが不満そうにしていた。
「これが貴方の仕事でしょう」
「そうだけどさ…お前はいいじゃんか、可愛い彼女と旅行とか行って遊べてるんだから。その間、俺が何させられたと思ってんの?」
「基礎訓練ですね、貴方が普段からサボるからそのツケです」
「げっ! ひどーそんな事言うか?」
頬を膨らませるキフィに溜め息を吐く。
通常、軍に所属するどの地位のものでも行なわなくてはいけない基礎訓練、それをキフィはよくサボっていた。そのことについて作戦部隊の担当官には目をつけたれていたらしく、本当ならケノワと同じように休みだったはずのキフィは最初の一日以外は全部が訓練に引っ張り出されたようだ。
「あーあ。いいなぁ、俺もどっかに行ってしまいたい」
全く冗談に聞こえない言葉に書類に戻していた顔を上げる。
「それを実行した場合、地獄に送りますので」
「…そんな顔で言われたら、俺はお前に出会う前に死んだほうがマシなんじゃないかって思う」
こちらに引き攣った笑みを向けたキフィは、逸らしていた目線を戻すとまた口を開く。何かを思いついた顔だ。
「あ、今度俺をレイダちゃんに会わせろよ」
「何故ですか?」
「何でって、話をしたいからに決まってるだろう。お前の生態については一緒に暮らしてるレイダちゃんがいっぱい知ってるだろ。アゲハもなんかいつの間にか知り合ってるしさぁ。おまえらばっかりずるい」
何だか色々嫌な理由で会わせたくなくなる。
「これはキューピッドである俺にもっと敬意を払えというものだよ」
「遠慮したいんですが…そもそもキューピッドって…」
にこりと笑みを広げるとキフィは告げる。
「だってお前らって結婚とかするだろ?」
「は? 何を言い出すんですか…また何か勘違いサキヨミとかしてるんですか」
言い切りの言葉に呆れてキフィを見るが、首を振られる。
「いや、別にサキヨミとかしなくても同棲しておいて結婚考えてないってことはないだろ」
「結婚…ですか」
今まで恋愛ごとにさえ疎かったケノワには一切そういった現実を考えた事が無く、今そういうものなのかと思ったくらいだ。
そもそも、レイダを保護するために部屋を提供していたわけで、そのまま何故か恋愛に発展してしまったのだからなんとも言えない。彼の言う一般常識が通じるのかが分からない。
「なんだよ、考えてなかったのか。現実を見つめなおす為に、これこそやっぱレイダちゃんに直接会わなくては!」
「そのこじつけは必要無いです」
ちぇっと舌打ちしたキフィにケノワも思い付きを率直に訊ねる。
「…―キフィは、アゲハと結婚したいと思いますか?」
その途端、キフィのポーカーフェスの顔が一気に赤く染まる。これまでの付き合いで初めてのことかもしれない。
「俺とアゲハはそんなんじゃないし! 行きがかり上、知り合っただけだし!」
「そうなんですか…」
「本当だからなっ!」
「はぁ」
半分くらい嘘が含まれてる気がするが、そこら辺については未知の領域でわからない。
ケノワとしてはキフィとアゲハは付き合ってるのかも不確定なので引き下がるしかなかったのだが。