スズメたちのお茶会
「その真面目なお話もいいけど、私はレイダちゃんとリュウの関係の方が知りたい」
「か、関係?」
エレノアが出してきた話題にキョトンとしながら聞き返したレイダ。
「あ、そうだよね。一緒に泊まったんでしょう? 何かあったはずだよねぇ?」
恋愛については女の子の友人の多そうなアゲハがうわてのようでレイダに迫る。優雅に紅茶を啜りながらエレノアが告げる。
「甘いわね、アゲハちゃん。レイダちゃんとリュウは同棲してるのよ」
「えっ! そうなの? じゃあ大人な関係ってこと?」
「そこがねぇ、私が見る限りじゃあそこまでは無いような気がするのよね。それに相手があの何考えてるか分からないリュウだしね」
「うーん、推測が難しいですね!」
「難航中よ。レイダちゃん答えてくれないし…」
「手を繋ぐってことはしてますよ。この前会った時そうだったはず!」
「私もどうも口づけも怪しいと思うんだけど…でもリュウも二十歳過ぎた大人だしねぇ」
「そうですよぉ。同棲してるんならそれくらいは!」
本人を目の前に勝手にあれこれ推測して盛り上がる二人。
レイダが展開される推論に顔を赤くしながら呟く。
「大人の関係って…」
本当にかすれるくらい小さく漏らされた言葉だったにも関わらず、二人はレイダに注目する。
「それで本当のところはどうなの?」
「口づけくらいはしてる?」
期待の目に仕方なくコクンと頷くとアゲハが何故かガッツポーズをする。
「それで、旅行中はどうだったの? 同じ部屋だったんでしょ」
「同じ部屋でしたけど……」
あの日の早朝の失敗を思い出してうろたえる。
今思い出しても顔から火が出そうだ。口づけされただけでもドキドキするっていうのに、この二人はもっと進んだ関係を聞きたがっているようだった。
「それで? どうなの?」
「ここで口閉じるのはズルイと思う!」
二つの顔がきらきらした状態でずいっと自分に近づいてきて、レイダは体を後ろに引いた。
「そ、そんな事言われても…」
真っ赤になった顔で言葉を返すが二人は全く気にしていないようだ。
「あのねぇ、私とライフがどーんな思いでリュウにレイダちゃん預けてると思ってるのよ。それこそ断腸の思いってやつよ! これくらい教えてくれてもいいと思うわ」
なんだがハチャメチャな理由をもっともらしく告げるのは、エレノアだ。
「謎多きリュウ特別補佐官さんのことなんて恋人のレイダちゃんしか分からないんだから教えてくれてもいいと思う!」
にやにやしているエレノアの横で激しく同意していたアゲハも拳を握りよく分からない事をいう。
「でも…」
なんとか反論の言葉を捜すが見つけ出せない。
なんでこんな展開になったのか、途方にくれてレイダは手元のカップを見つめた。
「…何もないですよ…」
固唾をのんで答えを期待していた二人が一緒に肩を落とす。
「あーもう、リュウはレイダちゃんの事を大事にしてくれてるんだってことにしておこう」
「そうよね、これはもう男によるわ。こんな奥手なレイダちゃんからじゃ迫れない…」
「…そんな顔で二人とも私を見ないでください。それにきっと私がまだまだ子供だからだと思います」
あまり様子に少しいじけて言うと、アゲハが首を振る。
「子供だって恋愛するんだからそれは関係ない!」
「うっ…そうなんですか」
自分の考えとは違う新たな情報にただただ怯む。
「女の子だって戦う準備が必要よ、レイダちゃん! 進展する為の作戦会議が必要!」
「アゲハちゃん、いい事言った!」
またしても二人で勝手に盛り上がる姿をレイダは見守るしかなかった。
「…疲れた…」
とぼとぼと夕焼けに染まる通りを歩きながら呟く。
あのあと、アゲハが帰る時間まで二人はいかに自分とケノワが進展するべきかを熱く語り合い、大量の注文をつけていった。
どれもがレイダが真っ赤になるような内容で丁重に断ったが、アゲハと結託したエレノアがこれからどうでるのかが不安だ。
その中でも最低限これだけはしておけといわれた言葉…
「…あれは普通の女の子ならみんな言う事なのかな…やっぱり子供な私が悪いのかなぁ」
「何が?」
急に耳元で声が聞こえて振り返る。
そこには仕事帰りのため制服姿のケノワが立っていた。考え込んでいて彼が近づいてきていたことに気付いていなかった。
「ケ、ケノワ様…」
先ほどまで冷たくて憂鬱でいっぱいだった顔が一気に熱くなるのを感じた。
「どうした?」
レイダの様子の違いにケノワはすぐに気付いたらしくさらに訊ねてくる。
「なんでもないです! ケノワ様、今日は早いんですね!」
自分の様子に注意が向かないように元気に首を振る。
「ああ、今日は対した仕事があったわけじゃないからな」
「そうなんですね」
混雑のなかを歩きながらケノワは通りに出ている食料品の屋台を抜け目無く観察しているのが分かる。きっと今晩の食材を探しているのだろう。
そっとケノワの空いている左手を握った。
その手を握り返されてほっとしてついていく。そこで二人の言葉を思い出して強く手を握り締める。ちらりとケノワが目線を寄越してくれるが、なんでもないと平静を装って首を振った。
やっぱり恥ずかしくて言えない、もっと勇気を貯めてからにしよう。まだ自分たちは今のままで十分なんだ。そう言い訳すると心が軽くなった。
この判断が後にどういう結果を生むかなんて事をレイダは全く考えずに微笑んだ。
『いい、レイダちゃん。最低限のことだと思って聞くのよ、恋人同士なら一日一回でも抱きしめてもらって愛を確認すること! これってとっても大事なことだと思うのよ?』