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Wind flower   作者: swan
第二章
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秘密のお茶会

「さて、どうしたのもかな…」


 高尚な香りを放つ紅茶を啜りながら、ぽつんと呟かれた言葉が静まり返った部屋の中に霧散した。


 紅茶を入れたカップといわず、その部屋は一般家庭にはまずありえない豪華絢爛な家具調度でそろえられている。それらにはこの王都に住まう貴族にもなかなか手に入らないだろう価値があることが分かる。

 扉もこの国で最高の建材を使用しており、その奥に続くはずの部屋はもっと重厚さやきらびやかさを持っている。


「うーん、あいつも余計な話を持ってきたものだなぁ」


 言葉を紡いだ男はどこか陽気な雰囲気を持っている。

 年のころは中年と初老とどちらを選ぶべきかと悩む所だ。陽の光をたっぷり受けたような金髪には少しだけ白いものが混じり年齢を感じさせるが、綺麗に整った顔、特にそのブルーグレイの瞳に光る好奇の目は純粋な子供のよう見える。表情は柔和で優しげに微笑む形で固定された目元と最上級の安心を与える口元の笑み。


「父上…」


 呻くようにして彼を制したのは亜麻色の髪を持つ青年で若干顔が青白い。彼と同じ面差しをした息子が改まった形で自分を呼び、眉を顰める。


「なんだ、いつもの様に父さんと呼んでくれよ、気持ち悪いな」

「父上…ここをどこだと思っているんですか? 言葉を慎んでください」


 自分をたしなめる息子に彼は少し口を歪ませると隣りに座る彼に尋ねる。


「ふむ、家長の言う事は聞かなきゃいけないな」


 青年は凄く微妙な顔を作ると肯定するようにゆっくり頷いた。

 彼はこの一番上にあたる息子が成人し、自分の仕事を教え込んだ後すべて彼に権利を委譲した。爵位も何もかも。年若い息子だが十分な実力を持っていると思う。

 きっと領地の中を改善することばかりに手を尽くそうとしてしまう自分より善き働きをするだろう。


「待ち時間くらいは真面目に過ごしてください」

「おう」


 一旦は息子の言葉に同意したものの、どうしても聞きたい事がありそっと言葉にしてみる。


「ところで、うちの三男坊には恋人はおるのかね?」


 その瞬間、いつも息子の顔に浮かぶ笑みが深くなる。

 それなのに耳元に届いたその声は底冷えするような怒気を含んでいた。


「…今更、それを訊ねないでください父上様」


 その恐ろしさに何も言えずに彼はそっと息子から目線を逸らしたのだった。


「すまぬ、待たせたな!」


 その時、勢いよく奥の扉を開けて初老の男が現れた。


「おお、待っていたぞ!」


 遅れてやってきた人を元気に出迎えてやる。

 一瞬だけ現実には厄介ごとの元凶であるはずの男の登場を神の助けのように思ったのだった。


 もちろん直後に見えないテーブルの下で足を息子に思いっきり踏まれたのは言うまでも無い。




 ※ ※ ※



 穏やかな笑い声が花屋から漏れる。


 昼と夕方のちょうど間にあたる時間、小旅行から戻り早速仕事に復帰したレイダのところに先日出会ったばかりのアゲハが訊ねてきた。

 友人の少ないレイダにできた知り合いにエレノアが意気投合して、花屋の奥のテーブルを囲んで雑談をすることになったのだ。


「どうして今日私がいることわかったんですか?」

「キフィがリュウ特別補佐官さんが帰ってきたなら、レイダちゃんもいるはずだって」


 エレノアの入れた紅茶を飲みながらアゲハはにこりと笑う。


「あら、あのキフィくんとお友達なの」

「彼の事、知ってますか?」

「もちろん。会ったわよ、お家の旦那様とご一緒に仕事をサボってね」


 そのときのことを思い出したのかエレノアは苦笑する。


「ああ、やりそう。キフィは軍内でもよくサボってるもん」

「ケノワ様に聞いたら探すのが大変らしいですよ」


 皆が共通の人物を知っていることで和やかな雰囲気が漂う。

 このときまではレイダもそう思っていた。

 

 しかし、ちがったのだ。


「それで、レイダちゃんはケノワさんと旅行に行ってきたんだって? どうだったのか教えてよ」


 無邪気にアゲハが訊ねるとエレノアも頷く。


「そうそう、私もまだ聞いてないのよ。メーティアは楽しかった?」


 正面に座っていた二人に促されて答える。


「はい、とっても楽しかったです。汽車で旅行に行くなんて初めて何もかもが面白くて」

「汽車かぁ、いいなぁ私も行ってみたい。それで何を見てきたの?」

「洞窟に棲む土蛍を見てきました。まるで光の洪水の中に入ったみたいで、凄く幻想的だったんです。こう、白い光の玉みたいな…雪のような…」


 にこにこしながら親指と人さし指で丸を作り大きさを示して説明していたレイダにふと、顔に翳りが生まれる。


「あれ、どうしたの?」


 アゲハが不思議そうに首を傾げる。


「…洞窟ではもう一つお話があるんです。エレノアさんは知ってるかもしれないけれど、アゲハさんは知っていますか? 能力者がどうやって軍に行くのか?」


「え、あれでしょう? 小さい頃から受けてる検診で見つけるんでしょう?」

「そうです。けど、それが見つかったら親から無理矢理引き離して軍に連れ去ってしまう事は知っていましたか? それも弟のアーフィ君くらいのまた小さな赤ちゃんでもそうなるって」


 幼い弟をたとえに出されてアゲハの顔色が変わる。


「一歳にもならない子供を引き離してるの?」

「そうです。洞窟の案内人の方…バンさんって言うんですけど、娘さんが誘拐同然に連れて行かれてしまったって話を聞いて、私何も知らなかったなって思ったんです。

 ただ、軍に居る人たちはみんな自分から進んであの中へ入っているような錯覚をしていた自分が凄く恥ずかしかった。軍に守ってもらってる自分達が事実を知らないなんて…」


 レイダの言葉が途切れると短い沈黙が訪れる。

 その沈黙を破ったのはエレノアだった。


「…そうやって事実を知っている人が少しでも居ると、能力者たちは凄く勇気付けられると思うよ。アゲハちゃんも今の話を聞いて考える物があるでしょう?」

「はい。キフィもその能力者の一人だってことだし…アーフィみたいな小さな子が軍にいるって考えるとなんだか悲しい」

「それでいいんだよ。でも、私は能力者が軍にいることを全部反対はしないよ。だって、ライフがアマゴイでなかったら仕事で私の町まで来る事は無かった。そうなれば、私が彼を追いかけて王都まできて結婚したり、レイダちゃん達に会う事も無い。そんなのは寂しいことだと思う」


 頬杖をつきながらエレノアは言い。

 レイダとアゲハは静かに頷いた。

 そして、この時初めてアゲハはエレノアのご主人ライフがアマゴイである事実を知ったのだった。



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