やどかり
話の長さがまちまちになってます。
彼女を家の近くという繁華街脇の通りまで送り、キフィを軍の寮まで送り届けることにする。
キフィは無口なケノワの代わりにレイダと話をずっとしていた。
その横でケノワはやっと面倒が終わると思ったのに、次の言葉がこれだった。
「なー、今日ケノワの所に泊めてよ」
「ご遠慮願いましょう」
即答するとキフィが口を尖らせる。
「なんだよ、彼女の事怒ってんの?」
「そういうことではありません。私の部屋は軍とたいした距離がない所です。それでしたら、寮に戻られる事が先決です」
大体、キフィの部屋に比べたらたいした事がない部屋だ。
「泊まる。決めたからな」
「ですから」
「明日、お前の部下にばらすぞ」
「何をです?」
「ケノワには可愛い花売りの彼女がいて、毎日花を届けに来るって。その上、情報部の奴らにも流してやる。長官まで耳に入れるぞー」
痛くもなさそうな仕返しだが、人の噂とは尾ひれをつけていく物と言うのもよく知っている。
キフィとの関係も、部下たちの噂でどうやらケノワが完全にキフィを従えていると思っている人が多いようだ。多分、軍司令長官も。
実際のケノワは四つも下の上司に手を焼いているというのに。
「貴方という人は…。最初からこのつもりで来ましたね」
なんだか、キフィに引きずり回された一日で肩に疲れがのしかかる感じだ。
まだまだ続くのか。
仕方が無いので、軍前の大通りに平行して走る裏通りにある家に向かう。
「おお、本当に近いんだな」
街灯が少なく薄暗い通りには小さなアパートメントと店などが並ぶそれを興味深そうにキフィは見回す。
「勝手に路地に入るようなら、置いていきますから」
「なんだよ、良いじゃないかこのくらい」
身体の方向が路地に向きかけていたキフィは口を尖らせつつケノワの後ろにつく。
ケノワは、色あせたレンガでできた五階ほどの高さの建物に入った。
外観は建てられてからの年季が入っていて壊れそうに見えたが、階段や内装は小奇麗に整えられている。
階段を無言で上りきった最上階の部屋の前でケノワはキフィを振り返る。
「言い忘れていましたが、家の中にあるものは勝手に触らないようにしてください」
「分かってるって。ケノワがルールだろ」
物分り良さげにキフィが答えたが、ケノワはため息をつく。
「あと、この家のことを脅しに使われても、もう何もしませんから」
家に入れる前から、ケノワのテンションはとてつもなく低かった。
さすがのキフィも無言で勢いよくこくこくと頷く。
キフィが見守る中、ケノワが扉の鍵を開ける。
入ってすぐに広めの台所とリビングがあり、他に二つ他の部屋へつながる扉がある。
ケノワらしく、生活感のあると無しとの境界線みたいな。すっきりした家だ。
「なんだ、普通じゃん。士官の部屋としては良い方なんじゃないの。一人で住むには広いし」
二人分の上着を壁のフックに掛けながらケノワは、呟く。
「一人じゃありませんよ」
本当に小さな声だったが、キフィは地獄耳で振り返る。
「お前、恋人と住んでんの? それなら先に言えよなー。俺お邪魔虫じゃん」
「そんなんじゃありません。キフィの部屋はあそこになります。ここは本当に何も」
「触るな、だろ」
キフィが言うと頷いて、扉をケノワが開けた。
「おぉ…」
キフィはその言葉の後に続くものをしばらく考え、
「意外な趣味だな」
そう、続けた。
ケノワは絶望的な顔で、部屋を見回して首を振った。
その部屋は、几帳面な刺繍レエスとファンシーな家具調度でそろえられていた。