現実
「あーぁ、こいつ酒そんなに強くないくせに」
呆れた声を出してニックはバンの頭を突く。
バンの体はテーブルの上に乗っており少し幸せそうな顔で眠っている。
起きないバンを確認するとニックはケノワを見る。
「どうして、ケノワさんはバンに危険な軍へ勧める言葉を言ったんですか?」
「…バンが望んだ事だ」
「それでも貴方は最初、勧めないと…こいつはただ単に能力者と働きたいんじゃないんです…」
苦しそうにバンの頭に載せていた手を離す。
「バンの…娘がそこにいるからです。
一歳を三月ばかり過ぎた頃に軍の調査員に連れて行かれてもう三ヶ月経ちます。バンはその時から自分も軍に行くと言い続けてるんです。娘の近くに行く為に」
「一歳…」
連れて行かれるには小さすぎる子供の年齢にレイダはショックを受ける。軍はいくら国の為だからと親子を切り離すなんて信じられなかった。
レイダを横目にケノワは口を開く。
「そういう理由だろうと思っていた」
「それなら、どうして」
「軍の能力者付きの補佐官が何も感じて無いと思うか? 能力者の補佐官や後方支援には身内に能力者がいたものが多い。それはそれだけ彼と同じ環境の者が多いということだ。この思いを分かる者が能力者の近くにいた方がいい事もある」
能力者はこの国に沢山いる者ではない。
ほんの僅かな人口だ。
それでも、その能力者たちにも家族はいる。沢山の愛情を注がれて本来は育まれていくはずだった命は軍によって運命を定めれてしまうのだ。
「それでも…俺は言って欲しくなかった。こいつにはここにいて欲しいと思う。大事な義弟だから」
再び優しく撫でるようにニックはバンの髪を触る。
レイダも思いを巡らす。
いつも優しいライフや、ケノワの上司キフィもバンと同じように家族達に悲しい思いをされたのだろうか。
高い能力を持つ事は良い事ばかりではないのだと、改めて気付かされる。彼らのあの明るい性格や思いやりとは自らの経験を乗り越えた優しさなのだと。
バンを引きずるようにして抱えて家に帰ると言うニックを店の前で見送り、彼から教えてもらった順路で宿まで歩く。
少し前を歩くケノワにレイダはいつもの様に手を繋ごうとしなかった。
「どうした」
声をかけると少し思いつめた顔でレイダはケノワの隣りまで来る。
「みんな…そうなんでしょうか?」
何が、と訊ねなくても能力を持つ子供の扱いを指している事など表情を見れば分かる。
「レイダも、子供の頃に何度か検診を受けただろう…それが事実だ」
このマム=レム王国の子供ならば、1歳から10歳までの間に必ず2年おきに検診が行なわれる。
それは、能力者の館から派遣されてくる調査部の大人たちだった。
能力者のほとんどが物心つくころには能力の発現が確認され、遅くても10歳までに感知される。そうして見つけられた国家資源扱いの彼らは徴兵の名の下にレアムドザインに連れて行かれるのだ。
「なんだか、そんなのは悲しいです」
俯き加減に呟いたレイダは、ケノワが何か告げる前に勢いよく顔を上げる。
「それでも、現実にそういう子供達や能力者の人たちで成り立っているのならば、そんな辛いことがなくなるように頑張るしかないんですね。ケノワ様は凄いです。そんな人たちとお仕事をされて、ちゃんと分かっているんですから」
「あぁ」
真っ直ぐに見つめられてケノワは短く答えることしか出来なかった。
それでもレイダは続ける。
「何も出来なくても、現状を知らないというのは凄く恥ずかしい事でした。これからは何が自分達の生活を支えているのかというのをよく学ぼうと思います」
短い間にレイダが出した答えに、驚きながら頷く。
ヤサの中でも田舎に位置するルンデの町では、どんなに豊かになっても国の根幹がどうなっているかよりも明日どう生きるのかばかりを見てしまう。
そんな所にいたレイダにとって国として行なわれる能力者徴兵に真剣に考えたのだろう。
「そうだな、レイダにならば出来ると思う。よく考えたな」
自分の肩よりも低い所にある頭を撫でると、上目遣いに自分を見上げたレイダが頬を染めて微笑む。
レイダのてのひらを握り歩き始める。
「ふふっ、ケノワ様からこうやって手を握ってもらうと嬉しくなります」
少し跳ねる様にして歩きながら、上空に広がる星を見る。
「世界は大きい、難しくて悲しい事も沢山だけど、それでも私は今が幸せです。初めての旅行なのに難しい事考えちゃいました」
「あぁ、けれど悪いことじゃない」




