光源
飛び込んできた光景にアッという間に引き込まれる。
「幻想世界へようこそ」
意識の外でバンが小さく囁くのが聞こえた。
青白い光りの粒。
降り注ぐようなきらめき。
まるで星空が目前まで迫るような美しさ。
頭上、少し高めの位置にあるすぐ横のむき出しの岩の隙間で繰り返し呼応するように明かりを灯す、すぐ足元にまで迫っていたこの洞窟の宝石たちを抱く泉。
ただそこ輝くだけでなくそれはふわりと舞い上がり、水面をすーっと移動さえしていく。
泉は不思議な色に発光している。
自らの周りを優雅に照らし出す彼らに夢を見せるように、美しい青碧色の濃淡に染まる。
ピチョーン…
遠く上の方から水滴が泉へ落ちる。
幾重もの波紋を広げていったそれに反応をするように一斉に沢山の光たちが飛び立つ。
光の洪水。光、光、光。
見えていなかった高い泉の上が明らかになる。
首が痛くなるほど上を見ても天井に当たる部分は見えなかった。
呆然とその光景に魅入られていると、右手を強く握り締められ隣に立つ彼女に目線を向ける。
一心に目の前の光景を見つめるレイダは興奮した様子だった。
「綺麗…です」
レイダもケノワを見上げて微笑む。
「こんな素敵なものをケノワ様と見れて本当に幸せです」
「あぁ」
ケノワもゆっくりと微笑んだ。
薄っすらと泉の不思議な色が移りこんだ幻想的な微笑みにレイダの頬が一気に染まる。
飛んでいた光が再び戻ってくる。
その中の一つがレイダの肩の上に乗る。一つだけだと儚い光をなんとか感じさせるだけだ。
「…ど、どうしましょう?」
肩に乗ったそれに動揺して声を出すと、後ろから声が飛ぶ。
「そのままにしてあげてください。ここから僕達が去るときには勝手に飛び立ちますから」
バンが声を落としてアドバイスする。
レイダが振り返ってみるとバンが頷く。
「あの、この子たちは一体何なんでしょうか?」
レイダも光たちを刺激しないように訊ねる。
「あれ、ご存じないですか?」
「はい。メーティアの洞窟で凄く綺麗なものが見られるとだけ聞いてきました」
「そうですか……彼らは土蛍の一種です。
ただ、珍しい種類でこの泉のみでしか生息しません。まぁ泉は地下で繋がっていて他の洞窟にもいますが、結局はこの水があるところだけです」
「土蛍なのに水のある所に居るんですか?」
レイダは首を傾げる。
彼女が知る蛍の認識は広大な草原の土を生息地とするというものだ。実際レイダは蛍を見るのは初めてだったが。
「えぇ、それもこの蛍の特殊性ですね」
バンの説明を受けて更に目を凝らすようにして二人は蛍を見つめた。
「そろそろ、行きましょうか?」
「え、もうですか…?」
レイダが名残惜しそうにする。
「えぇ、すでにここに入って半刻は経ってますからね」
バンが簡単に答えた言葉にレイダはギョッとする。
「そんなに…まだ見たかったのに」
あまりにも夢中でまだ四半刻も経っていないつもりだった。
「また、いつか来れば良い」
隣りからケノワにそう言われて頷く。少し甘えて訊ねてみる。
「連れて来てくれますか?」
「あぁ」
すんなりケノワが頷いて嬉しくなる。
「わかりました。我慢します」
「では…失礼します」
バンが手元に持っていたランプにさっと擦ったマッチの火を入れると、一瞬にして先ほどまでの光の洪水は掻き消えてしまった。
「…消えてしまった…」
ぱたりと蛍たちは瞬くのを止めて息を殺すようにしている。
「彼らは光に敏感です。僕らが歩き去ればまた元に戻るんですよ」
バンが誘導しながら再び歩き始める。来た道を引き返すこと無くそのまま歩き始める。
「引き返さなくても大丈夫なんですか?」
「ええ。入り口から入ってくる他の人たちと擦れ違う事無くこちらから出られるようになってますから…」
レイダをちらりと振り返りながらバンは答えた。
しばらく険しくなった洞窟の道のりを淡々と歩き、やっと歩きやすさが出てきた頃バンが二人に訊ねる。
「あの…行きがけの時の話なんですけど…話しても?」
二人が頷くと声を落としてバンが話し始める。
洞窟の先は既に薄暗い程度で前方に出口がある事を示していた。
「お二人は、王都で何の職業をされてますか?」
二人は一瞬目を合わせてレイダが先に口を開いた。
「私は、花屋で働いてます。まだ仕入れとかは任されてませんけど…」
「花屋ですか…いいですね。ご実家の花屋なんですか?」
「いいえ、私はヤサから出て来たばかりですから」
「そうですか、王都で職に就くことができるって事ですね」
うんうんとバンはしきりに頷いて、ケノワの方を窺う。
「ケノワさんは―――…軍の方ですよね?」
レイダはぎょっとしてケノワを見上げたが、平然とした様子でケノワはバンを見返していた。
「…」
「その身のこなしや雰囲気は普通の仕事をしてる人ではないです…僕はこれでも沢山の人を案内して来ましたから職業なんてすぐ見分けられます」
洞窟の入り口まで辿りついたところで、バンは足を止めてケノワと向き合った。
「そうなんですよね?」
「…どうして、そんな事が知りたい?」
淡々と返されて、それでも否定の言葉ではないことを悟りバンの顔が輝く。
「僕、軍に入りたいんです」
早口にバンが告げた。
「軍人に…?」
レイダがケノワの手をしっかりと握り締めながら訊ねる。
「えぇ。それもこのメーティアの自治軍じゃなくて王都の本部に入りたいと思ってます」
「何故?」
「それは――…」
「バン!!」
大声でバンを呼ぶ声が聞こえて彼は口を噤んで振り返った。
「お前まだ言ってるのか、軍人になりたいなんて」
「いいだろ、僕が何になりたくても。ニックはこのメーティアで観光案内してればいい」
「何?!」
ニックといわれた男は先ほど入り口で会った男でバンより少し上に見えた。
バンを睨みつけたが、二人の目の前だという事を思い出したのか振り上げかけていた拳を広げた。
「…ここは暗いですから移動しませんか」




