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Wind flower   作者: swan
第二章
36/76

洞窟


 宿を出て歩き始めた方向は町の中心部ではなくそこから逸れていく郊外のほうだった。


 何度も自然に差し出されるケノワの手のひらは、無骨な手ではなく軍人のものとは思えない優しいものだ。

 いくら避暑地であるメーティアでも、乾季の今の時期ではきっと手を繋ぐのも暑苦しいはずなのにしっかりと自分を引っ張ってくれる。

 宿の裏に広がる森の中大きく散策する遊歩道があった。そこを歩くと森からの少しひんやりとした風が頬をくすぐる。

 淡々と森の中を歩く。

 ただそれだけでなんだかとても幸せな気持ちになっている自分にレイダは驚く。何にも悩まずただ今を噛み締められる幸せさ。ここ数年味わった事がなかった。


「もう少しで日が暮れるな」

「…はい」


 赤みを含んだ木漏れ日がキラキラと足元を揺らす。

 顔を上げて空を見上げると高い木々の枝の狭間から朱色に染まり始めていた空が見えた。

 立ち止まったレイダにあわせて歩みを止めたケノワも空を確認しながら今歩いてきた道を見返した。

 二人の横を同じように観光なのか、人々が二人の向かっていた方向へ歩み去っていく。


「疲れてないか?」


 レイダは目を瞬かせて頷く。


「大丈夫です」


 幸せそうに、にこりと微笑みレイダは答えを返す。


「これからがこの観光の本番ですから」


 レイダが再び歩き始め、ケノワも引かれるようにして足を動かす。二人が再び森を歩き始めて四半刻ほどたった所で立ち止まった。

 ちょうど完全に日が暮れたタイミングだった。

 宿の主人から借りてきていたランプへ火を入れるかどうか話していたところだった。

 目の前に洞窟が大きく暗闇の口を開けて出迎えている。

 物々しい雰囲気にレイダが怖じけて一歩後退さる。


「だい…」


 ケノワがレイダに声をかけようとしたタイミングで大きな声が響く。


「あっ、お客さんですかぁー? だいじょうぶですぅ?」


 振り返ると大きめのランプを持った若い男二人が洞窟の中から出てくる。彼の持ったランプは明るく、全員の顔を浮かび上がらせた。


「この洞窟の案内人のバンです。今日はお客さんが少ないですら、ゆっくり見れますよ」


 この地方の衣装なのか黒い大きな布を器用に巻きつけたかのようなゆったりしたズボンと頭から被る様な白いシャツをきてバンは快活に笑った。一緒に出てきた男は目礼すると洞窟の入り口にある事務所のような小屋に入っていった。そのことで明かりがともり洞窟前が少し明るくなる。


「この洞窟は初めての人が入ると危険ですから、メーティアの公認ガイドが案内してるんですよ。今回は僕が案内させていただいても?」


「あぁ、頼む」


 ケノワの返答に目を輝かせてバンは元気によろしくお願いしますっ!と頭を下げる。

 二人を連れて大きなランプの明かりを頼りにバンは歩き始めた。

 洞窟の入り口は整備されてるのか歩きやすかった。


「お二人はどこからいらっしゃったんですか?」


 バンは無邪気な調子で尋ねる。


「レアムドザインからです」


 レイダが答えると、バンが凄い勢いで振り返った。ランプが揺れてカランカランと音を立てる。


「王都?! 本当ですかっ、彼女さん! 王都からっ!?」


「そ、そうですけど…」


 バンの大きな声が反響するのでレイダはびくびくしながらケノワの陰に隠れるようにして返答する。

 あまりにレイダが怯えるので、ケノワも思わずレイダを背後へ隠して彼を見返す。


「何だ?」


 ケノワのキフィさえ凍らせる冷たい視線にバンは一瞬怯んで興奮していた体を落ち着かせる。因みにレイダは背後に居てこの顔を知らないままだ。


「…すみません。思わず…」


 バンはしどろもどろで答えてしゅんとしてしまう。


「あの、本当に何かあったんですか?」


 大人しくなったバンにやっとケノワの背後から出てきたレイダが訊ねる。しっかりとケノワの腕にしがみついてはいたが。


「…はい。あぁでも、帰りに歩きながらお話します。すみません本当に騒いじゃって」


 反省しながらランプを持ちなおしバンは歩き始めた。


「あ、お二人のお名前伺っても良いですか?」

「ケノワとレイダ」


 ケノワが短く答える。


「わかりました。

 …そこ、気をつけてください。これから少し地下に潜っていくので足元が険しくなります」


 的確にランプの明かりで照らして注意を促す。その顔は既にプロの顔だった。

 足元は少し湿り気を帯び始めている。

 洞窟の入り口はかなりの大きさがあったが奥に行くほどに天井が近づいて離れてを繰り返していく。バンやレイダは小柄でまったく影響なかったが少し平均より高いケノワはたまに頭を打ち付けそうになりながら歩いた。

 誰しもが無言で歩く音が反響していく。


「到着しました」


 唐突にバンが足を止めて二人を振り返る。


「え、着いたって…?」


 まだ二人には洞窟の途中にしか感じない。

 ランプのみが唯一の光となりほのかに三人の周りを照らすだけだ。


「ここからはランプの灯りは消します。そうしないと見れませんから。お二人とも目を閉じていてください」


 バンの言葉にレイダは躊躇いながら瞼を下ろした。

 カチャンというランプの灯りを落とす音が響く。それと一緒にピチョーンという水の落ちる音を聞いた気がする。


「どうぞ目をあけて見てみてください。」




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