頼んでもいいか?
二人が扉から出ると、扉の両脇にそれぞれ一般兵が立っていた。
ちらりと一瞥するとキフィが呟く。
「うざい」
ケノワもそう思っていた為、何も言わずに歩き始めた。
無言で扉から離れた二人がついてくる。
このサキヨミの案件を受けて始めた途端にキフィに対する逃亡策が強まったのだ。
つまりケノワだけではなく他の監視をつけられた。
特別にケノワは監視役としての自尊心があるわけではなかったが、こういった過剰な人員配置はキフィの神経を逆撫ですることが分かっていた為、直属のサキヨミを司る作戦部隊には取りやめを訴えていた。
しかし、彼らからの答えは監視続行だった。
最近、ケノワとキフィが親しくしている事が上層部から警戒されているのは分かっていた。元々、冷静沈着なケノワならばキフィの逃亡に情や感情に左右される事がないだろうという人事だ。
それがあろう事か二人は五年の内に信頼しあう(?)相棒になっていた。
それでも、二人がばらばらに配置されないのは我が儘の猛獣と化したキフィに首輪をして手綱を持ち続けられるのがケノワのみになってしまったからだ。
「ケノワ、昼飯どうなんの?」
自室からでて砕けた口調でキフィが訊ねる。
様子も少し荒んだ感じが消えた。彼なりに自室に居た部下たちを気遣っていたのだろうか? それともただ単に彼らがいる事が気に入らないのか。
「昼食は、自室か今から行かれる研究室でしょう」
「うげっ」
キフィは眉を顰める。
歩きながら後ろを気にするようにして顔を窺われてケノワはキフィの顔を何かと見つめる。
「なぁ、少しだけ抜けらんない?」
少しトーンを落として言われて彼が真剣に告げている事が知れる。
「しばらくは難しいかもしれません」
ケノワもトーンを落として言葉を返す。
後ろにいた二人がその様子に距離を近づけてくる。
この二人さえいなければ、ケノワとしては今までのように少しくらい見逃してやろうと思えるのだがどうにもできない。以前に比べて自分がキフィに甘くなっているのは分かっているが、特別それが悪いこととは思えなかった。
「そうか…」
キフィは納得いかない顔をしつつも頷く。
四人は能力向上・研究科学局の司令部棟から廊下を使いアングリード統括をはじめとする軍の能力者たちの研究棟へ入った。
一番立派な研究室を持つのはもちろんアングリード・アルファンで、嫌々ながらキフィはその扉をくぐる。
「遅かったな、早くそちらへ」
キフィとケノワを見とめるとアングリードはキフィがいつも座らされる一人掛けの腕掛けのついた椅子を指差す。
キフィは何も考えていないような顔に変わっていた。
いつも思うのだが、キフィはこのアングリードの前に来ると表情が無くなる。
そう、まるで自分のようだとケノワは思う。
普段の彼からすると驚く事だが感情を消し去る事をするようだった。こうやって研究室でサキヨミした反動が大きすぎて自室ではいろいろすごい事になるのだが。
プロジェクタが準備されてキフィの目の前にいくつかの南の戦地の情報が映し出される。
念写などの能力者が得てくる風景や環境などを見た上でキフィはサキヨミをしていくのだ。
それもキフィがどの資料を見た上でサキヨミしているのかなどの統計が取られ、研究材料とされていくのだ。
そのくせ、サキヨミした内容の詳しい報告や立証などの資料作成をするのは自分たちなのだからキフィが自室で言っていた『効率が悪い』というのは事実だった。
今回はサキヨミする内容が多く、それも折角サキヨミしたものが自身の告知で変わっていくことがあるのだ。
そうなればそこからまた変わった未来を読み直さなくてはいけない。
通常であれば十人以上のサキヨミを集めて交代に少しずつ読むものを一人でこなすキフィには負荷が大きすぎる。
きっと大見得を切ったキフィが根を上げるのを上層部は待っているのだろう。
しかし、ケノワの予測だがキフィは指示が出るまでやめないだろう。
そう思えてならない。
「リュウ補佐官」
キフィが一時的に取られた休憩でケノワを改まって呼ぶ。
サキヨミされた内容を聴取・筆記し資料を揃えていたケノワは手を止めてキフィの元へ行く。
「どうされました?」
「マジでここから出さない気だな」
呟かれた言葉とキフィの目線でアングリードのことを指していると分かる。
「そのようですね。残念です」
本心で答えると、キフィは研究員らに見えないように溜め息を漏らした。
「お前、今から俺の部屋に戻るんだろ?」
「そのつもりです」
既に普段なら一日分のサキヨミをしており、一度部下たちに渡すつもりだ。
さらに上層部へは訴えていつも部下たちが使う部屋に臨時で他のサキヨミから借りた補佐隊に指示を出す。それはほとんどパースに任せているが。
「じゃあさ、頼んでもいいか?」
「頼む?」
「しょうがないだろう、俺が行きたいけど行けないんだから」
キフィが不貞腐れてポケットに入れていたメモ帳の切れ端を差し出す。四つ折にたたまれた手紙のようだ。
一応、二人は休憩の為に部屋の隅にいるが、更に人が周りにいない事を何気ない素振りで確認する。
「これは、誰へ?」
「…一般兵の食堂に…アゲハっていう子がいる。その子に渡せばいい」
キフィの声はほとんど擦れるようにして耳に届く。
本当にキフィは他人に聞かれたくないようだ。
「分かりました。一つ訊ねても?」
「なんだ」
ほとんどあさっての方向を見ながらキフィは促した。
「恋人ですか?」
今までなら一切興味が無かったが、(本当のところ今もだが)少し干渉してみたくなったのだ。自分が彼から干渉され過ぎているからかもしれない。
「んあ? 聞こえない」
プイッと体を完全に反転させるとキフィは先ほどの質問を無視する。
感情を抑えたままの顔だった為表情が窺えない。執拗に確認する事項でもなかった為、そのまま後姿にかしこまりました、と答えた。
「早い内に届けろよ」
小さく呟くと入り口近くで昼食を配り始めた研究員にキフィは歩み寄って行った。
それを見送り、ケノワは集めていた資料をファイルに分けて研究室を出た。
全ての指示を終えたらまたこの場所に戻ってこなくてはいけない。それは早ければ早いほどいい。
キフィの一人で研究室に居る精神状態を考えると。