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Wind flower   作者: swan
第二章
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断固拒否


 雨季が終わった。

 それは、この国にとってあまりいいことではないのかもしれない。


 この国は他国と地続きになっており丸い大陸のちょうど下のほう南側にあるのがマム=レム王国だ。

 大きさはちょうど全体の10分の1ほど、大きな大陸のため小さい国とは言えない。

 この国の北側には大きな山岳と国境がどこあるのかさえもあやふやにさせる原生林がある。

 そちらからの侵略は現在ほとんど無く、今は南の戦地と呼ばれる隣国ラディス・デュ・パスドとの国境が紛争地域だ。ラディスは科学発展が著しく新しい兵器のほとんどがこの国から出来ているほどだ。

 そんな戦力と真っ向から対抗できているのは他でもない国庫管理している能力者がいるからだ。


 雨季がこの国のアマゴイの力を助け優勢になるのに対し、乾季は火器を得意とするラディスを助けるのだった。





 

 ケノワは不機嫌に椅子に深々と体を預けているこの部屋の主にちらりと視線を向ける。


 先日、臨時の作戦部隊管轄の特別上級能力士官会議によって新たに南の戦地へのサキヨミ士官の派遣が決まった。

 3ヶ月間、従事していたサキヨミとの入れ替わりだ。

 そこで、一番に指名されたキフィは猛然と遠戦行きを拒否したのだ。

 そのことで作戦部隊の指揮官と決裂した。


 もちろん彼の監督不行き届きとして指揮官にネチネチとケノワも叱責されたのだが、そんな事はケノワにとってはどうでもいいことだった。

 それよりも、キフィがある程度はふらふらしつつも仕事をこなしてきたが、今回ばかりは戦地に行く事を断固拒否を示している事が問題だ。


 会議中、指揮官とやりあった中で大胆にも自分が行かない代わりに他の能力士官が行なうサキヨミを自分がほとんど受け持つと大見得を切ったのだ。

 そのとき複数の作戦部隊の幹部たちから失笑を買ったがキフィがこういったことを言い切るときは本気だと五年目の付き合いのケノワは知っている。


「本当によろしいのですか?」


 確認のために分かっている事を聞いた。

 派遣を任命された士官たちは既に部下たちと共に遠戦への準備を始めている。


「ん? いいんだよ」


 仏頂面で答えるとキフィは頭を乱暴に掻いた。


「俺は、南の戦地には行かない。これはもう決めた事だ。行かなくてもいいのなら俺はここでなんだってするさ」


 皮肉に吊り上げられた唇はやはりどこか苛立っているようだった。


「…村の事が心配なんですか?」


 前回の遠戦時には故郷の村が自軍から襲われることを察知して、遠戦先から逃亡し村に帰るという能力士官の中では前代未聞の事をやってのけた。(彼としてはちょっとお出かけ)

 しかし事実、彼はほとんど村を守るための人質のように軍に来ているのだからあの時の怒りは分からなくも無い。


「それもある。けどさー俺にだって色々あるっての」


 なるだけ穏やかに言葉を返していたが、だんだん指揮官とのやり取りと思い出してきたらしく顔が曇る。


「しかし…くそっ、だからってあいつマジでこんなに仕事振ってくるか普通っ!?」


 あえて二人して目を背けていたが、キフィの目の前にはこれでもかというほどサキヨミ予定案件が積まれていた。

 ケノワもぼんやりとその山を眺めながら、これは自分の隊5人では決して捌けないなと思っていた。



 キフィが司令官への呪詛を吐きながら行なわれたサキヨミは今回派遣される、サキヨミ士官が到着するまでの戦場経過と今後の大まかな予測ガイドラインを作るための目安サキヨミだった。


 結局キフィとしては遠戦などせずにもこの基地内で当面のサキヨミをさせられているのである。

 彼の能力の高さが今ここで彼を苦しめている所だ。

 そして彼の部下たる特殊補佐隊の暗黒時代になったのだ。

 ケノワがこの仕事を告げた時の彼らの顔は今にも死にそうだった。


 現在は臨時で彼らがキフィの仕事場に机を置く事を許されている為いつもよりも部屋が狭く感じる。

 窓側の中央奥にキフィの机が添えられ、その両脇にそれぞれ机を並べる。

 一番近いところにはケノワと反対側にパースが控える形だ。重厚な配列だなと思う一方で、それと比例して空気も数倍重い状態だ。


「そろそろ時間です」


 キフィの机の前に立ち告げた。

 キフィが机に頬をつけながら青白い顔で吐き捨てた。


「せめてこの場でサキヨミさせろ」


 普段の仕事にプラスして徹底的に予測される戦況は、自室ではなく彼が苦手なアングリード統括の研究室で行なわれている。


「あの場所にいるほうが効率悪いっての」

「事実ですが、決まりです」


 この場に居る全員が思っている事だがもうしょうがないのだ。


「何が決まりだよ…今、絶対俺らは労働基準法から外れた過剰従事だっての。あのクソじじいふざけんなよ、いつかあのぶよぶよの腹に蹴りを入れてやる」


 キフィの毒舌をはっきりとここで聞いてきたのはこれまでケノワのみだった。

 しかし、今は部下たちが激しい言葉に顔が硬直している。


 今更ここでどう発言しようが上層部からはなんのお咎めもなくなっているが、初めて晒される彼らからしたら落ち着いていられるものではない。

 パースの顔が青を通り過ぎている。手にしている資料が力なく机に落ちていくのを視界の端に捕らえた。


「クレイ殿、いい加減にしてください。あまりごねてると…」


 一旦区切るとキフィが面倒くさそうに顔を上げる。


「なんだよ?」

「力ずくで連れて行きます」


 一瞬、部下たちが首を捻る。この破天荒なキフィという上官がこんな言葉でどうにかなるのかと。

 しかし、予想を裏切りキフィが体を起こして立ち上がる。


「い、いけばいいんだろ…」


 嫌そうな表情をしつつも支度を始めたキフィにケノワは、まるで飼い主のようにゆっくり頷いた。


「よい心がけですね」


 黒い能力士官用の上着を羽織ながらキフィが頬を引き攣らせる。


「お前の力ずくは俺を殺しかねないんだよ」


 部下たちがそっと後姿を晒すケノワを窺った。


「そうでしたか? 忘れました。貴方にも記憶能力があるのですね」


 あっさりと返された言葉に理解する。

 このクレイ特別上級能力士官がここまで軍の為に(彼の性格からして)真面目に働く理由がこれなのか、と。


「そーかよ」


 キフィは頭を乱暴に掻くと上着のポケットに手を突っ込みすたすたと扉に向かう。

 その後ろについて資料の入ったファイルを手にしたケノワが続く。ちょうど二人が扉の前に立った時キフィが振り返る。ちょっと恨みがましい顔だ。


「お前らさぼんなよ?」

「わかってます」


 パースが慌てて敬礼しながら答える。


「せいぜい働け」


 ぱっと手を振ってキフィは出て行った。



お読みいただきありがとうございます。

評価などいただけるとなお嬉しいです。


恋愛色しばらく薄れて、主人公ケノワとキフィのお話が続きます。

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