最悪です
軍内にある能力向上・研究科学局(通称・能力者の館)の司令部建物の一室に、押し殺した声が響く。
「最悪です。貴方は何を考えているんです?」
何度目か分からない私ケノワ・リュウの呟きに、上官キフィ・クレイはやっと口を開いた。手の中に在った焼き芋を胃の中に収めたからだ。
「だからさ、追いかけなきゃいいじゃん。俺言ったよーちゃんと招集鐘四回目の会議には戻るって」
「貴方の言葉が信じられますか! この雨の中走り回って私は風邪を引きそうです」
今日の午後に予定されていた、特別上級能力士官の定期会議(鐘四つから)を一刻半前にして彼は、焼き芋食べたいなぁ、そう呟いてあろう事か街に焼き芋を買いに出てしまったのである。
一緒に会議内容を確認していたケノワを置いて。
「男らしくないなぁ。まぁ、ご苦労様。俺を無事見つけられなかったのは残念だけど」
そうなのだ。彼はどう他の士官に言い訳するか考えながら帰った私を見て、どこ行ってたの? と平然と会議の席に就いていた。
「補佐官がいないと俺不評みたいでさぁ。ケノワ・リュウはどこだって皆聞くんだもん。やっぱお前いないとダメだわ」
彼なりのフォローだろうか。
全く心に響かない。無表情と言われる口元が引き攣るのを感じながらケノワは切り返す。
「それは貴方が他の意見にちょっかいを出し過ぎるからです」
金色にも見える薄い褐色の瞳は、にんまりする。
「これでも食べて元気だしなさい。無表情に拍車がかかってるよ」
彼が押し付けたのは大量の焼き芋だった。
「こんなに要りませんよ。他の部下たちに与えたらどうです?」
彼は極端に部下にこだわるので、今のところ彼の部屋に机を置く事が出来るのは私だけだ。
「ヤダね。あいつらはお前の部下で俺は認めていない。それにわざわざ別棟の一般兵まで届けに行きたくない」
首を振るとキフィの金色のくせっ毛の髪がふわりと舞う。
見た目だけは、端整でまともそうに見えるのだが…。心の中でため息をつく。
「気に入らない? わざわざお前の為に買ってきたのに」
「そんな訳ではありません。…限度を知る事です」
心の中を読まれたようで、慌てて切り返す。
「それより、今日さ晩飯一緒に食べない?」
妙に真剣に彼はそう口にする。
「何故ですか? わざわざ外で食べるという事ですよね」
キフィは軍の、国の貴重な能力者なので、基本的に軍敷地の外には住めない事になっている。なので、能力者は外出制限があり軍内からあまり出られずに夜間は寮に籠もっている。
「だって、南の戦地から帰ってきたのに自由に飯も食べに出られないなんて最悪だろ」
「しかし、もしそれがばれたら危険です。ましてや貴方は、謹慎中です」
キフィは口を尖らせると人差し指を振った。
「わかってないなぁ。だから、優秀な補佐官との先の前線からの無事を祝っての夕食にするんだ」
「つまり、私が口実ですか?」
私が苦い顔を作ると、彼は口元に笑みを作る。
「今日は奢るよ。どうせ金無いんだろう。芋食って寝るよりマシだと思うけど」
「…サキヨミしましたね?」
私の睨みを受けて目線をそらす。
「たまたま昨日なぁ…今日一日の事だけだ。もうリュウを利用なんてしないって」
この人の能力は厄介だ。未来読みの能力者で、先月彼の能力で大変な厄介ごとに巻き込まれたばかりだ。
「私の未来を勝手に読まないで下さい。…外食は今回だけですからね」
事実、無一文に近くなった私はきっと焼き芋でも食べて寝てしまっていただろう。
「了解。」
彼は勝った、と目を輝かせて腰を下ろしていたソファから立ち上がり、上着を脱ぎ外に出る準備を始める。
「何食べる? 寮の食堂近頃不味くなったらしくてさぁ」
仕方なしに私も勤務終了のサインを勤務表に二人分書き込む。
「しかしですね、寮の料理が不味くなるはずありません。貴方の舌が肥え過ぎているのです。」
現に彼らの食事は最高のシェフに最高の食材で作られると聞いた。
軍の門を警備する一般兵に、私の責任の下彼を管理する事を提示して、外に出る。
「リュウさぁ、そうやって皆と話せればいいんだけどね」
彼は何気なく言い、私は口を噤む。彼が破天荒で他の一般兵と馴染めないように、私は人付き合いが苦手であるようだ。馴染めないと口数が減ってしまう。
「…まぁ、俺はリュウと普通に話せるからどうでもいいと言えばいい。」
「貴方はどうし…」
「あ、やめよう。その貴方ってのを。別に軍内でそう呼ばれるのは構わないけど、外じゃただの人なんだから。キフィって呼んで」
遮るようにウインクしながら言って彼は先を歩く。
「では、キフィ殿でよろしいですか?」
「違う。キフィのままで、俺もケノワって呼ぶからさぁー」
間延びした口調がいつもの調子と違う。どうやら照れているらしい。
「今日は肉食おうかなぁ~、ケノワは何がいいんだ」
「私に決める権利は無いですよ」
そう返すと、うーむと腕を組みながら真剣に考え始めた。
軍の正門を抜けて歩き出すと、大通りの薄暗い路地から人が飛び出てきた。
思わず腰にかけていたナイフで構える。
「おいおい。怖がるからそんなに警戒するなよ」
キフィが暢気に後ろから言う。
「ですが…」
相手が少し前に進み暗がりで見えなかった相手の顔が街灯にさらされて見える。
「あなたは」
「あ、あの…」
顔を強張らせて、立っているのは昼にスカートを汚してしまった少女だった。
「おーい、その手の物仕舞ったらどうだ?」
「ああ、はい」
彼女に向けて構えていたナイフを腰に戻す。
「ここは軍本部の門の前、危険です。早く帰りなさい」
キフィが、後ろで「素っ気なー」と呟くのが聞こえたが無視する。
本当に軍本部の周囲の大通りは危険が絶えず、その上人間的にも危険なのが気性の荒い一般兵だったりするのが悲しいところである。こんな少女が来るところではない。
しかし、彼女は首を振る。
「あの、違うんです。私、貴方に会いに来ました」
「は? 私に…」
「そうか! こいつに!? ここはほんとに危険だから、一緒に話しながら飯でも食おうじゃないか!」
またも面白がるキフィに遮られ、押し切られそうになる。
「お待ちください! 何故そうなるんです? 彼女の素性も分からないのに」
「うるさいな、いいんだよ。俺が金出すんだから。えーと、女の子も連れて行ける飯屋は~」
慌てて訂正を試みても、もうキフィは乗り気だ。
ルンルンで歩き出したキフィの背中を見てため息をついて、少女を振り返る。
「家に、帰らなくて大丈夫なのか?」
突然の成り行きに呆然としていた少女は、困ったように頷く。
「あのでも、本当にいいのでしょうか?」
「あの人は、いつもああなんです。危険な所には行かせませんし、ただ飯食える事は確かですが、その他の保障はありません。変な人間に自ら巻き込まれるべきじゃない。断るなら、今です」
ケノワは大真面目に言った。
そう少女が逃げるなら今しかないのだ。