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Wind flower   作者: swan
第一章
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籠の中



 ケノワが立ち去ってからしばらくすると恋人のライフが店へ走りこんできた。


「エレノア!」


 彼女の無事を確認するとライフは力いっぱい抱きしめた。


「ちょっ、どうしたの?」


 ぎゅうぎゅうとライフの胸板に頬を押し付けられながらエレノアは訊ねる。

 それに彼の後ろには見たことがない能力士官の制服を着た少年が立っているのだ。


「…ライフ、そんなん後でいいから確認させろ」


 綺麗な金色の髪を持つ彼は冷たく言い放つ。


「そんなんってなぁ! 心配させておきながらっ」


「いいから! エレノアよりも今はレイダちゃんなんだ!」


 ライフの言葉を遮るとキフィは言い放つ。

 一瞬ライフは彼の持つ気迫に圧倒され、渋々とエレノアを解放する。


「悪い…」


 いつもお調子者のキフィと雰囲気が変わっていた。


「レイダってあのレイダちゃん?!」


 エレノアがキフィへ聞き返すと彼も幾分表情を崩して頷く。


「さっきまでレイダちゃんが貴方の所に来てただろう?」


「えぇ、どうして知ってるの?」


 今日はこうやって彼女のことで尋ねてくる人ばかりだ。それも教えても居ないのに彼は来た事を知っている。


「それは、彼がキフィ・クレイだからだよ」


 後ろからライフが教えてくれる。

 彼があのキフィ…噂よりも士官らしい態度に驚く。そしてこの展開になんとなく納得する。


「サキヨミなのね」


「そうだ、何かレイダちゃんにいけない事起こるんだ。どこに行ったかわからないか?」


「そんな事…リュウに聞いたけど彼はレイダちゃんのところに行くとしか」


 キフィが眉を上げる。


「レイダちゃんのところに行く? 何を話した?」


「…レイダちゃんを見送っていたら彼女が消えちゃったって話をして…」


「そうか…」


 エレノアの話を聞いたうえでキフィは瞳を閉じた。


 彼の周りの空気が変わる。

 きっと彼は能力を使っているのだろう、ライフとエレノアは目配せをして静かに見守るしかなかった。





「よし」


 ゆっくりと瞼を上げるとキフィはつぶやいた。


「視えたのか?」


「…まぁね。俺様にできない事はない。ただ…ちょっと強すぎるんだよね」


 言ってみたものの二人が理解できることではなかった。

 精度がよすぎる事で時間軸が近すぎると鮮明すぎて良く分からない部分出てくるのだ。出来れば一定の距離をおきたい。

 しかし、今は近い所を見ないと間に合わない気がするのだ。

 最初に見た映像では彼女が乱暴に殴り倒される鮮明すぎる断片だったのだから。きっとあの時見たものは起こってしまったに違いない。

 自分が手を伸ばして助け出すことができないのがもどかしい。


「とりあえず俺はケノワとレイダちゃんが居る所に行ってみる」


「じゃあ、行くか」


「え、行くのか?」


 相当意外そうな顔で見ていたのだろうライフが少し乱暴に言った。


「ここまで付き合って、はい、さよならなんてしないっての」


 エレノアもにっこり笑う。


「そうそう、ライフがそんな奴なら私彼の事好きにならないし」


 ライフは、キフィの背中を押す。


「ほら、早く行くぞ。急ぐんだろ」


「あぁ、もちろん」


 二人が通りに出た途端に大きな声が響く。


「あーっ! 見つけましたよっ! お二人ともご自身の職務に戻ってくださいっ!」


「お、やべ。パースの奴追いついてきやがった」


「可哀想に」


 ライフは全くそう思ってない声で言った。

 後ろから全力疾走で駆けて来るパースをまくように二人は走り始めた。


「お待ちください~!」


 息を切らしたパースの言葉にエレノアがこっそり笑ったのは秘密だ。







 レイダは、自分に着せられた、レイスのついたドレスの端をつまみ大きく息を吐いた。

 露出の多いドレスは、大きく背中が開いていてまるで、自分に似合っていない。

 男を喜ばせる為だけの布きれだ。


 慌しく、自分の身なりを整えていった女たちは今、いない。


 独り残された部屋は、今まで自分が入れられていたところよりも何倍も豪華な調度品が並んでいた。部屋の中央には、大きなベッドがこれ見よがしに据えつけてある。


 格子の入った窓の側に置かれた台に置かれた花瓶は、ケノワの家にあるように魅力的な色を持っていなかった。とても高い花なのに色あせて見える。


 椅子に座るレイダは、諦めの色を濃く浮かべた瞳を、ゆっくり閉じた。

 全て望んだ事ではなかったが、自分で、選んだ事だ。


 窓の外は、日が暮れ始めていた。

 手はぎこちないくらい固く握りしめられている。

 洗面器一杯の水でも人は死ねるのだ。

 それならば、ここで・・・


 この冷たく凍ってしまったレイダの思考は、いつの間にか過去に飛ぶ。

 あの頃に戻りたい。

 祖父がいて父も母も生まれたばかりの妹も病気などしていない、あの頃に―…

 あのお屋敷で祖父が育てた花たちの中で、もう一度あの人に会うのだ。幼いあの時の様に、彼は笑ってくれるだろうか。自分に向けて優しく本を読んでくれるだろうか…


「ケノワ様…」


 レイダの閉じられた睫のすきまから、涙が零れ落ちた。



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