出来る限り誤魔化しておけ
自分の前に立つアングリードのおっさんを見て、今日は我慢をしようと思ったんだ。
ケノワとの約束も自分なりに守ろうとした。
けれど、コレは不可抗力だと思うぞ。大目に見ろよ?
「いいからっ、ライフを出せって言ってんだよ!」
「ですから、いくら貴方様でも出来かねてしまいます!」
「お前なんかに話しても通じねぇんだよ! ライフを呼べ!」
大声で怒鳴りあっている状態でキフィは目の前にいる幼い顔をした女の胸ぐらを掴んだ。
「クレイ殿!」
後から必死に両腕を抑える形でパースが声をかけるが完全にキフィの目はイってしまっていて歯止めが利かない状態だった。
「…ちょっと通してください」
おどおどとする女性補佐官を押しよけて太陽のように明るい色の髪をした男が顔を出す。柔らかい微笑をいつも浮かべている彼が今日はちょっと迷惑そうにキフィを見つめる。
「今日はどうしたんだ、キフィ?」
パースの羽交い絞めから解放されて今度はライフへと詰め寄る。
「どこにいるんだ?」
「はい?」
意図がつかめずにライフは首を傾げる。
キフィはつまらなそうにライフの顔を見つめて口を開く。
「お前のかの―…んぐっ!」
がばっとライフはキフィの口を塞ぐ。キフィよりも体格がいいライフの手の平は彼の鼻共々塞ぎキフィを引きずるようにして廊下の端まで引きずっていく。
苦しそうにもがくキフィを補佐官とパースは見つめた後顔を見合わせる。
ライフはアマゴイの能力者の中でも特に強い力を持ちアマゴイの部門のリーダーをこなす男だ。22歳の若さで周りからの信頼も厚い。
その彼と正反対のキフィが押しかけた上にいつも動揺を見せないライフの焦りはいつも彼を見ている補佐官でも見たことが無かった。
「殺すつもりかよ」
やっと解放してもらい肩で息をしながらライフを見る。
「何しに来たんだ? 全く、俺はちゃんとエレノアには手配したんだ。これ以上絡まれる覚えなんてない。彼女のことで脅そうと思うなよ」
同じ寮に住んでいるのでお互いの事は知っているがキフィは、先日急に個室を訪ねてきたかと思えば街で花屋をしている彼女の秘密をばらすと脅してきたのだ。
能力者の中でも戦闘系ではないアマゴイなどの能力者は軍の了承が得ることが出来れば軍の周辺に住むことが出来る。
やっとの思いで最愛の彼女と暮らす申請が審査を通り受理されたところに謀ったように奴はやってきたのだ。
階級も不本意だがキフィのほうが上、命令のように彼女の花屋で人を雇うように言われたのだ。
「…脅しじゃない。今回はお前の彼女だって危ないかもしれないんだぞ? わざわざ教えに来てやったのにこの仕打ち?」
「危ないってどういうことだ!?」
またキフィの胸元を掴もうとしたがかわされる。
「俺をそのエレノアの元に案内してくれ。移動しながら話す。時間がもったいないんだよ」
キフィは踵を返すと廊下を走り出した。ライフは後を追うように足を出した。
「あ、あの! ライフ殿、仕事は!」
補佐官の声にライフは少しだけ後を向いてこたえる。
「君に頼む! 仕事なんて二の次なんだよ!」
「そんなぁ!」
ライフの補佐官は途方にくれた顔で彼の背中を見る。
「ニライ、俺が二人を追う。お前は出来る限り誤魔化しておけ!」
パースは死にそうな顔で補佐官仲間のニライの背中を叩くと二人の消えた先に向かって走り出した。
エレノアの店に今日は来客が多かった。
「ここに来ていた?」
雨の中現れた彼は不機嫌に言葉を呟いた。いつもは軍服、それも将校制服をきっちり着込んでいる彼にしては珍しく私服だった。それでも普段着と言うよりも正装を着崩した格好だ。
「えぇ、さっきまで居たんだけど…でも、帰る姿が途中で消えちゃったのよねぇ…なんでかな」
「消えた?」
エレノアはケノワの顔が剣呑になったのを見て顔を曇らす。
「何かいけない事あったの?」
「…レイダは…追われてるんだ…」
思わぬ言葉にエレノアは目を見開く。
「追われている? じゃあ、消えたのって…」
ケノワは頷くとエレノアの前から立ち去ろうとする。慌ててエレノアはケノワの腕を引いた。
「リュウ! ちょっと、どこに行くのよ!」
ゆっくりと振り返った彼は驚くほど冷たい顔で告げた。
「レイダの所に決まってる」
ケノワはエレノアの手を振り払うと小雨の中、店の外に飛び出していった。
「決まってるって…一体どこなのよ?」