囚われ
エレノアが純粋に発した言葉にレイダは鉛のように気分を重くさせる。
『リュウと知り合いなのよね?』なんて、二人のしたしさを表しているようだ。
職も貰う事ができなかった。なかなか世の中は上手くいかないものだ。
今日はもう部屋に帰って家事を終わらせたほうがいいのも知れない。
エレノアの店から離れて雑踏に紛れた。
目の前に割り込むように男が入ってきた。
避けようと身体の向きを変えた瞬間、背中を引かれるようにして脇道へ押し込まれる。
「えっ」
何が起きているのだ?
男達の顔を見ようとした途端に腹部に強い衝撃を受けて意識が途切れた。
「うっ…」
沈み込んでいた意識が、身体の痛みで急速に戻ってくる。腹部に鈍痛を感じた。
自分がどこにいるのか分からない。でも今しがた自分はどこかに投げ落とされたのは確かだ。
恐るおそる瞼を上げたレイダは絶句した。
ここは…ここは…自分が一番来てはいけない所。
体中の血が一気にどこかへ引いていく。自分に与えられた腹部への衝撃もこの場所にいる事を考えると頷ける。
でも、冷静に物事を考えられない。ぎゅっと固く瞼を閉じる。
どうしよう。
「起きな」
不意に背中側から声をかけられる。強張った身体のまま動けないでいると乱暴に腕を捻り上げれる。
「きゃっ」
無理矢理引き起こされて見上げた顔は、ほんのちょっと前まで顔なじみだったもの。
レイダを覗き込んでいた妙齢の女は赤い唇を吊り上げる。
大きく胸元が開いた赤いドレス、それは彼女の象徴。
「あんたみたいな田舎者、買ってやっただけでもありがたく思ってもらわなきゃいけないのに、何逃げ出してんだい」
勢い良くレイダの身体を壁に放り投げる。背中から強く打ち付けて息が出来ない。
「マリンダ、商品だ。余計な傷付けんな」
横から声をかけれられて娼館の女主人・マリンダは鼻で笑いタバコに火をつけた。
恐怖に口を開けないレイダにゆっくりと歩み寄ると、前髪を鷲掴みする。ぎりっと強く力を入れられて顔をゆがめる。
「ここを舐めちゃいけないよ。こっちだって商売だ、お前は所有物なんだよ」
レイダの目に涙が浮かぶ。悔しいのと情けないのがごちゃ混ぜになる。
「ふん、お前みたいなのにもありがたい事に客がいるんだよ。田舎くさい処女が大好きだそうだ。そんな奇特な人はいないよ」
大きくタバコを口に含むとレイダに吹きかけるようにして吐き出す。前髪からはずされた手は妖艶な動きでレイダの頬を撫でていく。
「今日、いらっしゃるんだ。前回はお前が逃げたからね。この日のためにお前を探し出したんだ。準備をしてもらわなくてはねぇ」
衝撃的な事を言われて大きく目を見開いたレイダに満足そうに頷く。
「後は頼んだわよ」
呆然としているレイダの前から踵を返すと、後ろに控えていた女たちに指示をして部屋からでていく。
娼婦たちに与えられる独房の様な部屋を。
指示を受けた女たちがレイダを引き立てると着ていた服に手を伸ばす。
「嫌っ! やめてっ!」
必死にはがされそうになる服を握り締めていると、後ろから心底呆れたような声が響く。
「あんた何が考えてるの? お金で買われておきながら逃げ出すなんて、卑怯すぎるでしょう」
声の主を振り返るとそこに立っているのはレイダとたいして変わらない位の少女。
「ここに来る事を了承しているからこそ、マリンダ様はあんたを買ったんだから」
彼女の言葉にレイダは言葉を失う。
“来る事を了承する”そうだ、自分はこの娼館で働く事を了承し、両親にお金が入ることを選んだはずだ。
この少女も同じようにここで働いている。
それは、彼女も同じような境遇があるから。だからこそ彼女の言葉は重い。自分勝手に嫌だからという事だけで、殴られてでも逃げ出した。
――――卑怯者。
凍りついたように動かなくなったレイダに女たちは手を掛ける。
綺麗に身支度をしなくてはいけない。
今晩は彼女の初仕事になるのだから。